3
山岳地帯の荒い街道を、今度は2体の真っ黒な運竜が荷を引き進んでいる。
この運竜は、
彼らは今、レジスタンスの数あるアジトの一つへと向かっていた。
シャーリーは荷の入口で、座りながら運竜の様子を見ている。
荷の中にはシャーリーを除いた5人が座り、彼らは改めて簡単な自己紹介をしていた。
最後にリックが外で見張るシャーリーについての紹介を終えると、アッシュが神妙そうに口を開いた。
「――よし。ではまずお前達には、やってもらうことがある」
「え?」
アッシュの言葉を聞き、リックは麻袋から、3つの小さな紫の石を取り出した。
「……これは契約の竜石、まあ特殊な石だ。今からこれを3人に、飲んでもらう」
「へえー……なんだか飴玉みたいです。これを食べるんですか?」
サキは興味深げにその竜石を眺める。それから1つを摘まんだと思うと――サキは躊躇なくそれを口にほうった。
それを見たリックは慌てて契約の竜石についての説明を始める。
「えっとこれは一応用心のために飲んでもらうんすけど、これを飲んで契約に反すること――つまり僕達にとって裏切り行為みたいなことをすると、その人に罰が起こるんす」
「ば、罰って?」
恐る恐る尋ねるアンナに、アッシュが低い声で答える。
「体内で……爆発する」
「うげえー……」とサキが吐き出した。
「ちょっとちょっとサキちゃん! 爆発なんてよっぽどのことがないとしないっすから!」
再びリックが慌てて説明する。アッシュとアンナは眉をひそめてサキを見る。
「ではなく……これ、ゲロマズなんですよぉ」
苦悶の表情で呻くサキの横で、
「た、確かに、これは不味いですね……」
いつの間に食したのか、トレートルも口をもごつかせながら苦々しい声を出す。
「うええ!? トレートルさん飲み込めたんですか、これ!?」
「う、うん……なんとかね」
その後躊躇しながらも、サキとアンナも、何とか契約の竜石を食すことができた。
「――あのあの、そもそも竜石って何なんですか?」
まだ苦々しい顔をしたサキが、リックに尋ねる。その言葉にアンナも頭を頷かせる。
「竜石についてっすか……まあ2人も知っておいた方が良いっすよね」
そう言ってリックは、2人に簡単な竜石の講義を始めた。
竜石とは、竜が生まれつきその体に持つ、超自然的な力が込められた石のことである。
竜石の力により、竜達は竜力という固有の能力を引き出すことができるのだ。
基本的に1体の竜につき1つの竜石を持つが、稀に2つ以上の竜石を持つ個体も存在した。
因みに、竜の角と竜石とには密接な関係があり、竜石と同じ数だけ角も生えている。
「そして竜石の数が3つ以上になると、それらの竜は上位種と呼ばれるっす。奴らは人語を話せる上に、人型の竜人状態になれる個体も存在します」
その強大な力を持つ竜に、だがレジスタンス達はその竜石を利用して戦っていた。
竜から得た竜石を、剣の刃や杖の先端に、特殊な技法で埋め込む――竜石の武器。竜力発動のコツさえつかめば、誰でも使用が可能な武器である。
だが欠点として、その使用方法では、本来持つ竜力の力を全て引き出すことはできなかった。
「でも一つだけ、竜力を完全に引き出す方法があるんです」
そう言ってリックは左掌を、アッシュも袖をめくり左腕を見せる。
リックには紫の竜石が1つ、アッシュには黒の竜石が3つ埋め込まれていた。
「体内に竜石を埋め込んだ場合は、全ての力を引き出せます。因みに僕の竜力は
次いでアッシュも、自らの竜力について簡潔に話した。
彼の持つ竜力は
闇影術とは、相手の竜力、
更に一度模倣すればその力をいつでも繰り出せる、非常に強力な竜力だった。
「へえ~! 竜石ってすごいんですねえ!」
キラキラとした眼差しを送るサキに、しかしリックは言う。
「でも竜石を埋め込める人間はごく一部っす。適正のない者が埋め込むと拒絶反応を起こして、死んでしまいます」
「……そして残念ながら、お前達に適正はない。適正者は、契約の竜石に味を感じない」
アッシュのその言葉に、サキは露骨にガッカリとした顔をする。見るとアンナまでしょんぼりとしていた。見かねたトレートルが、話題を変えようと声を出す。
「あ、あの。そもそも竜石は、どうやって手に入れるのです? 倒した竜からですか?」
「あっと、それもありますが、仲間の竜から譲り受けることもありますね」
それを聞いたアンナは、少し怯えたような表情になる。
「仲間の、竜って?」
「ああえっと、僕らには味方をしてくれる竜もいて、皆気の良い奴らなんすけど。どこから説明すれば……。そうだな……皆、竜大戦は知ってますよね?」
「……?」
サキとアンナは同時に首を傾げる。
「……OK。まずはそこから説明するっす」
人と竜が生きる世界、ドラゴニュウム。この世界はこれまで、6体の竜の王によって守護されていた。
しかし、今から30年前。
四竜王――獄蓮竜、氷零竜、紫雷竜、嵐双竜が、突如人間を滅ぼさんと、配下の竜達と共に人類へと攻撃を始める。
残りの二竜王――光竜と闇竜は、人類を守るため、人間達に手を差し伸べた。この竜と人類の戦いを、『竜大戦』と呼んだ。
その戦乱は15年にも及んだが……ついに竜大戦は、四竜王を破った人類側の勝利で終結した――はずだった。
「でも今は……光竜、様が、王様なんだよね? もう片方の、闇竜さんは、どうしたの?」
アンナがおずおずと尋ねる。その問いに、トレートルが答えた。
「その大戦の1年後、闇竜ザラームが疲弊した人類を裏切ろうとしたところを、光竜オーレオール様が討伐した、と。聞いております。故に光竜様が、人類に称えられていると」
しかしその話に、リックはかぶりを振りながら口を開く。
「いいや。逆っすよ、逆。裏切ったのは、光竜の方」
「え? しかし、闇竜が裏切ったという証拠はいくつも上がっていると、」
「光の竜力を持つ光族の竜は、洗脳術、幻術に長けている。その王とも言える光竜が……偽の証拠をでっち上げるなんて、訳ないだろうよ」
アッシュが下を向いたまま、冷たい声で淡々と語る。トレートルは思わず身震いした。
「あなた達は、一体……?」
「僕達は竜大戦で、特に闇竜派の竜達と一緒に戦った人間っす。その時はまだまだ子供でしたけど、光竜達の非道はこの目でしっかりと見ています」
「俺は……光竜に妻を殺された。故に必ず光竜を、殺さねばならない」
顔を上げたアッシュの目は、深い悲しみを帯びているように見えた。
「よし、全ての竜をぶっ飛ばしましょう!」
興奮しフンスッと息づくサキに、リックが苦笑しながら言う。
「いやだからサキちゃん、全ての竜が悪い奴らって訳じゃないんすよ。仲間もいます。少なくても闇竜派だった竜達は、僕達同様レジスタンスとして活動してるんです」
「あ、そうでした。じゃあじゃあ! これからその竜の皆さんに会えるんですね!」
増々興奮した様子のサキに、リックは申し訳なさそうに首を振る。
「いえ、今向かってるアジトにはいないんすよね、竜達。本部にはわんさかいるんすけど」
サキが残念そうに肩を落とす。その傍らで、2人の話をじっと思案顔で聞いていたトレートルが、おもむろに口を開いた。
「あの……もしよろしければ、そのアジトの場所を今のうちに教えてくださいませんか? いえ万が一、竜の襲撃に遭い散り散りになった場合に、皆がたどり着けるよう……」
サキとアンナを心配そうに見つめるトレートルに、リックは「OK」と頷き、麻袋から羊皮紙の地図を取り出した。
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