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竜との戦闘が終わり、横転した大きな荷の中から、ボロボロのローブを纏った人々がゆっくりと出てくる。
7人全員が出そろったところで、大柄な黒髪の男が頭を下げた。
「手荒くなったことはすまない。だが……こうするしかなかった」
その大柄な男に、おさげの少女が大きな声を上げる。
「ご、強盗ですか!?」
「は?」
少女は倒れている蜥蜴竜に近寄り声を漏らす。
「ひ、酷いです……! こんなになるまで」
おさげの少女はキッと大柄な男を睨みつける。見かねた茶短髪の男が、口を開いた。
「いやいやキミ、このまま竜車に乗っていたら奴隷になるところだったんすよ?」
「……え? そうだったんですか!?」
素っ頓狂な声をあげる少女に、後ろにいる赤髪の少女が、思わず口を開く。
「サ、サキさん……知らずに、ずっと乗ってたの……?」
「いやあ……タダで乗れてラッキーと思ったんですが。世の中そんなに甘くないはですねえ、アンナちゃん」
えへへと照れ臭そうに笑うおさげの少女――サキのそのマイペースさに、アンナと呼ばれた赤髪の少女は、少々唖然としてしまう。
アンナは実の父親に売られ、あの竜車に乗っていた。
竜車で知り合ったサキという少女も同じような境遇だとアンナは思っていたが、サキの様子を見ると何やら違うようである。
「まあ何にせよ。これで奴隷からは逃れられたんだから。感謝してよね、お嬢ちゃん」
薄い金髪をサイドテールにした長身の女が、サキの肩に軽く手を置いて言った。
「か、感謝なんかするものか!」
しかし突然、中年の男の1人が喚き声を上げる。
「なんてことしてくれたんだあんたら!」
「はあ?」
それを口火に、残りの中年男達も口々に嘆き始めた。
「運竜が死んじまった……!」
「俺達も同罪とみなされちまう……!」
そんな男達を前に、長身の女が呆れ顔になる。
「……あんた達、本気で言ってるの? 竜の奴隷にされるところだったのよ?」
「ど、奴隷なんて大げさな……少しばかり大変な仕事をするだけだろ?」
「そいつの言う通りだ。それにまさか一生ってこともあるまい。いつかは解放されるさ」
どこまでも悠長な物言いの男達を見て、女の顔は増々ウンザリとした表情になる。
(これが今の人間の現状なの……? 牙を抜かれ、竜どもに家畜のように扱われていても、それに何の疑問も抱かない。奴らの本性を知らないから、そんな呑気なことが言えるのよ)
女が苛立ちを募らせる傍らで、1人の中年男が大柄の男を見て、訝しげに声を漏らす。
「おいちょっと待て……その男、アッシュ・ルヴァンじゃないか?」
その声に、他の中年男達も一斉に大柄の男へと目を向ける。
「た、確かにそうだ。……あんた、指名手配されてる
反竜組織とは、竜社会に反旗を翻そうと活動する過激派集団――と言われている。
故に竜に懐柔される人間達にとって、彼ら反竜組織という存在は非難の対象でしかなかった。
「お前らのせいでいつまでも人間は竜達に邪険に扱われるんだ! 迷惑なんだよ!」
「よ、よし、竜達にこいつらのことを報告しよう! そうすれば俺達も許してもらえるさ」
「そうだそうだ! そうしよう! 俺達はエリアルに戻るぞ!」
自分勝手にまくし立てる男達を見やり、長身の女の顔に、冷たい微笑が浮かぶ。
「アッシュ……背中の斧、貸して」
大柄な男――アッシュへゆらりと近付く女。それを茶短髪の男が慌てて止めに入る。
「ちょちょちょちょっと、シャーリーさん、それはいけないっすよ……!」
アッシュも小さなため息をつき、その言葉に続く。
「……リックの言う通りだ。そいつらの自由にさせてやれ」
彼の背中の斧を強く握りしめる女――シャーリーは、しぶしぶといった様子でその手を離し、凍えるような笑顔を中年男達に向け、囁くように言った。
「は・や・く、消えなさい」
ヒィっと小さな悲鳴を上げながら、男4人はその場から走り去っていった。
シャーリーはそれを見ながら、はあっと小さくため息をつく。
「こんな竜車放っておけばよかったのよ。こっちは任務終わりでヘトヘトだってのに」
「まあまあシャーリーさん。……それで、他の皆さんはどうしますか?」
茶短髪の男――リックは、残った2人の少女と、痩せ気味で目の細い青年に問いかける。
「よろしければ……私はあなた達について行きたいです」
青年はそう言ってボロボロのローブを脱いだ。中から、神父のような服装が現れる。
「その恰好は……あなた、竜教の?」
「はい。ローブ着用は乗車のルールなので纏っていましたが、私は移動のために竜車を利用していただけです。しかし……私は常々、竜達の行動には疑問を持っておりました」
青年の名はトレートルと言い、彼は簡潔に自分のことを話した。
彼は竜との共存を望み、この世界を統治する光竜を崇める竜教の神父となったのだが、人間に対する竜のその横暴さに疑問を持ち、段々と竜への反発心が大きくなっていったという。
「ここであなた達に出会ったのも、神の、無論竜の神ではなく、人の神の思し召し。私はあなた達レジスタンスについて行きたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「はいはいはーい! 私もついて行きたいです!」
そこにトレートルだけでなく、サキも元気よく手を上げ入ってくる。
アッシュは2人の顔をじっと見つめ、そして一言、「分かった」と答えた。
残る1人――その様子をもじもじと見つめていたアンナに、リックは優しい声で尋ねる。
「キミは、どうします?」
「わたし、は……」
尚も俯きがちにもじもじとするアンナに、サキは下から覗き込むように顔を向けた。
アンナは小さく、ひゃっと声を漏らした。サキはアンナに甘えるような声で言う。
「アンナちゃんも、私と一緒に行きましょうよう~」
その言葉に、アンナは戸惑いながらもコクリと頷いた。サキの顔がぱあっと明るくなる。
「話がついたなら……もう出よう。長居するのは、危険だ」
アッシュが重々しい口調で言った。リックもそれに同意する。
「っすね。ついでにこの竜車の荷、もらってきましょう」
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