1章 竜のいる世界

 ゴオッと激しい風が吹き、街道の上を砂埃が舞う。

 緑の乏しいこの大陸の名は、トゥルエノ。

 その北部の山岳地帯に伸びる街道を、ゴトゴトと揺らしながら進むのは1台の馬車――ではなく、竜車。

 長い尻尾を生やし、緑色の鱗を身に纏った2体の大型の獣――竜が、屋根付きの大きな荷を引いている。

 その竜の種族名は運竜ポーター。発達した2本の足を持ち、姿形はダチョウのような竜である。頭には1本の角が生え、額には煌めく石――竜石・・が浮かんでいる。

 荷の入口には番人、もとい番竜、赤の鱗を生やした二足歩行の竜、蜥蜴竜リザードマンが2体、座っていた。どちらも胸に赤色の竜石が浮かぶ。足元には鉄製の剣と盾。

 荷の中には人間が7人、少女が2人と青年が1人、中年の男が4人いた。

 皆、ボロボロのローブを身に纏い、沈んだ面持ちで座っている。

 しかし1人の少女――黒髪を2つのおさげにした、前髪が大きな目にかかりそうな15歳程の少女だけは、何やら興奮した様子で荷内をキョロキョロと見回していた。


「あ、あの。サキさんって言ったっけ……? あんまりキョロキョロしない方が……」


 薄い赤髪を首まで伸ばしたもう1人の少女がオロオロと、おさげの少女に声をかける。


 ここは――竜と人が共存する世界――ドラゴニュウム。


 いや……共存というのは、あくまでも表面上の話。その実態は――


「ギャギャギャ!」


 1体の蜥蜴竜が、落ち着きの無いおさげの少女へ怒声を上げた。

 それを口火にもう1体の蜥蜴竜も声を荒げる。

 人語でないため、何を言っているかは分からないが、竜達はゴミを見るような目で、その少女を見ている。

 人より遥かに高い身体能力と、特殊な力を秘める竜石を持つ竜にとって、人間とは下等な種族だと考えている竜が、ほとんどだった。

 蜥蜴竜達がおさげの少女に罵声を浴びせているその端で、中年の男2人もぼそぼそと覇気の無い声を出している。


「竜達も気が立ってるみたいだな……。聞いたか? 北部の町エリアル近くの、荒野での話」

「ああ聞いたよ……。マカウェル様のとこの竜達が全員、倒されてたって」

「やっぱりあれか……反竜組織レジスタンスの連中が――」


 ――その時。

 

 ドガンッ! という激しい衝撃と共に、荷が大きく傾いた。


「「!?」」


 竜車の車輪の1つが突如爆散し、竜車が横転したのだ。

 横転した荷から、盾と剣を握った蜥蜴竜2体が勢いよく飛び出した。

 運竜2体も、グルルル……と警戒心を露わにした声を上げている。

 蜥蜴竜は素早く周囲を見渡した。草木がほとんど無いこの山岳地帯で、隠れられる場所は限られる。

 蜥蜴竜は数メートル先にある大岩に、目を向けた。

 蜥蜴竜2体は低く唸ったと思うと、胸の竜石が輝き、体全体も赤銅色に光り始めた。それと同時に、筋肉も盛り上がる。

 身体能力が強化された蜥蜴竜達は、悠然と前方の大岩に近づこうとした――次の瞬間。

 彼らは「ギャッ!?」と驚きの声を上げた。

 自分達の間に、いつの間にか人間の男が立っていたからである。先程まで人間の気配など、まるでなかったはず。

 驚き動揺する蜥蜴竜達をよそに、その男――見た目は二十代後半程の茶短髪の男――は右手と左手を、片方ずつ彼らの脇腹に置く。


「竜術――事象反転オポジット!」


 茶短髪の男の右手甲に埋め込まれている・・・・・・・・紫の竜石が輝き、蜥蜴竜達の体から赤銅色の光が消え失せた。盛り上がった筋肉も、元に戻ってしまう。

 そのタイミングを見計らったように――数メートル先の大岩から2人の人間が飛び出す。

 大柄な男――見た目は三十代後半程の黒髪の男――と、薄い金髪をサイドテールにした、見た目は三十代前後の長身の女。

 女は勢いよく両腕を前に出す。


「竜術・事象召喚アンヴォカシオン――ゼクス!」


 女の右掌に埋め込まれた紫の竜石が輝き、女の周りに大きな杖が6本、円を描くように現れる。

 その杖1本1本の先端には、赤、青、黄と様々な色の竜石が煌めく。

 女が1本の杖を握ると、杖の先端で煌めく赤の竜石から炎の弾が飛び出し、蜥蜴竜に直撃した。

 更に女は、間髪入れずに次々と他の杖を握り続ける。

 握られた杖から氷弾、風弾、雷弾が次々と飛び出し、2体の蜥蜴竜は逃げる間もなくその弾を次々と浴び続けた。

 一方――大柄の男は、荒ぶる2体の運竜と対峙していた。

 男は左袖を第一関節まで勢いよくめくり、左腕に埋まる3つの黒の竜石を露わにする。


「竜術……身体能力強化ムスケル・ライズ


 黒の竜石が1つだけ輝き、男の体が赤銅色に光り始める。

 それと同時に、背中に背負った2本の斧を左右の手に持ち、交差させて振り抜くと――片方の運竜の首が飛んでいた。

 残ったもう1体の運竜が、即座に男から距離をとる。次いで、大きく唸った。

 すると運竜の額の竜石が輝き、大きく開けた口に、緑色の刃が形造られていく。

 竜術・愚直な刃カマイタチ――運竜の形成した風の刃が、勢いよく男に放たれた――その刹那。


闇影あんえい――カマイタチ」


 男は左腕に埋まる2つの竜石を輝かせながら、右腕に持つ斧を振るった。

 すると男の斧からも、運竜が放ったものとまったく同じ形の刃が飛ぶ。

 しかしその色は緑ではなく、黒の、刃であった。風の刃と闇の刃が交差し、どちらの刃もはじけ飛ぶ。

 眼前の出来事に狼狽える運竜だったが、数瞬後には、自身の首も、飛んでいた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る