大次元斬

紅茶ゆき

0章 プロローグ

 湿った空気が流れ、枯れ木が密生している薄暗い沼地。

 ぬめった地面の周りには、底の見えない大小様々な沼が点在している。

 その中のひと際大きな沼に、ドボンッと、大きな音を立て何かが落ちた。

 苔の生えた岩の塊――いや、岩でできた、人型の怪物が吹き飛んできたのだ。

 見ると大きな沼の前方に広がる地面に、体長2メートル程の岩の怪物が4体、ずらりと立ち並んでいる。

 その怪物達と対峙するように立つのは、紺のセーラー服を着た1人の少女だった。

 艶のある黒髪を2つのおさげにし、前髪が大きな目にかかりそうな、15歳程の少女。腰のベルトには、真っ白な鞘の刀を差している。

 おさげの少女はギロリと、岩の怪物達に目を向けた。――次の瞬間。


「ひゃひゃひゃひゃ!」


 少女は高笑いを上げながら、右端に立つ岩の怪物へと突っ込んでいく。

 怪物の顔部の、瞳のような丸い窪みが赤く光った。それと同時に、怪物は少女へ右腕を大きく振るう。

 少女は動きを止めずに、迫る岩腕を、右足を斜め前に踏み出し体を捻ることで避けた。

 次いで左足を踏み込みながら、左拳を怪物の腹部に向けて鋭く突く。

 鈍い衝撃音と共に岩の怪物は数メートル吹き飛び、沼の中へと落ちていった。


「ひっひっひ……次は、どいつだ?」


 少女がニヤリと口角を上げた。

 それを合図に、残りの3体の怪物が、一斉に少女へと襲いかかる。

 少女へと降り注ぐ、激しい岩腕の雨――。

 しかし少女は紙一重でその岩腕を避け続け――ふいに横へと飛び、流れるように1体の怪物の横腹に、鋭い回し蹴りを浴びせた。

 大きな沼へと吹き飛ぶ岩の怪物。更に少女は息つく間もなく、右隣の怪物に中段蹴り、左隣の怪物には右正拳突きを叩き込む。

 吹き飛んだ怪物がドボンッと沼に落ちる音が、2つ聞こえた。

 おさげの少女は満足げにニンマリと笑うと、くるりと、大きな沼に背を向けた。

 だが、その時。

 沼が赤く光った、と、思った瞬間、沼の中からザバアッと巨大な岩の怪物――先ほどの怪物よりも一回りも二回りも大きな岩の魔人ゴーレム――が飛び出てきた。

 その体長は、優に3メートルは超えている。


「おいおい、沼ん中で合体でもしたか?」


 岩の魔人の顔部にある丸い窪みは5つになっている。岩の魔人は瞳のような5つの窪みをギラリと赤く光らせた。

 それから大きな岩でできた右腕を背中に移動させ、自身の身の丈程もある巨大な岩の剣を、背中から勢いよく引き抜いた。

 岩の魔人は威圧感を放ちながら、巨岩剣の切っ先をおさげの少女へと向ける。


「おもしれえ」


 少女の目が大きく開き、再び口角が上がった。


「そんじゃあそろそろいくか? サキ」


 おさげの少女は、腰に差さった刀の柄に右手を添える。


『うん!』


 すると刀から・・・、機械音声がかった、女の声が聞こえた。


『いこう、お兄ちゃん!』


「ゴオアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 巨体の岩の魔人が雄叫びを上げ――ゴオッと激しく風を斬り裂きながら――少女めがけて、巨大な岩剣を振るう――。


 

「『大 次 元 斬!」』



 少女が真っ白な鞘から透明に輝く刀身を抜き放つと、少女の眼前にまで迫っていた巨大な岩剣は、いともたやすく真っ二つに斬り裂かれた。

 更には、岩の魔人の巨体までもが、真っ二つになっている。

 二つに斬り裂かれた岩の魔人の体は、塵のようにサラサラと消え去っていく。

 それを見ながら、少女は透明に輝く刀身を、鞘へと納めた。

 それから少女は、先ほどまで岩の魔人の立っていた場所に目を向ける。

 するとそこには、大きな次元の裂け目・・・・・・ができていた。

 少女の放った超斬撃によって、空間さえもが・・・・・・ぱっくりと斬り裂かれたのだ。

 宙に大きく割れた次元の裂け目からは、歪んだ空間、次元の狭間がゴウゴウと、濁流のように流れているのが見える。

 少女はおもむろに、その次元の裂け目めがけて駆け出し、地面を蹴った。

 おさげの少女の体が、次元の裂け目へと吸い込まれるように消えていく。


『次は……人がたくさんいるところが良いなあ』


 少女の腰に差す刀から、ぼそりと声が聞こえた。

 薄暗い沼地に、ビュウっと湿った風が吹き抜ける。

 気が付くと宙にあった次元の裂け目は、もう閉じていた。

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