46:道を阻む者

「ここを行けば、泉まで一直線なのです」


 ユクトの案内により、一行は迷わずここまで辿り着くことができた。

 長い橋があり、奥は岩肌が見え隠れする。森の中とは違う、何か神秘的な雰囲気が漂っていた。


「よし! 早く泉に行って先輩を救おう!」


 マオの声が、静寂を破って響き渡る。

 しかし、その時エナは背後に何者かの気配を感じ取った。

 敵を見極めるため、彼女は歩くマオたちを呼び止める。


「……マオさん。ちょっと待って下さる?」


「どしたの? エナっち?」


 エナが後ろを振り向き、即座に銃を発砲する。

 肩を撃ち抜かれた一人の男性が、意思もなく茂みの中に倒れていった。

 深緑色のチュニックに黒い革のパンツ。いかにも冒険者風の出で立ちだ。


「え?もしかして、つけられてた?」


 マオが驚く。

 だが、ユクトはその説を否定する。


「そんなことないのです。時々敵意を探ってましたが、そんなの……」


「なら、最初からここにいたってことかな?」


 とレイレイが言う。

 ユクトが首を傾げるのも無理はない。

 この場所は寝泊まりするには環境が悪く、かと言って偶然鉢合わせるには目的がなさすぎる。


 倒れた男性をまじまじと見るマオ。

 男の顔色は明らかに悪く、まるでヴァリアが死にかけだった時の青色とそっくりだった。


「……ここから先には行かせん」


 そして、茂みから現れた鎧。

 それはヴァリアに重傷を負わせた人物、デサイスだった。


「あなた、先輩を殺そうとしたやつ!」


 マオは敵意を剥き出しにして睨みつける。


「だったら敵確定ですわね」


 呼応し、エナも銃の照準をデサイスに向ける。


「余はデサイス。ヴァリーを抹殺するため、泉に行くことは許されない」


「嫌だね。私たちは先輩を救うんだから!」


 マオはデサイスに向かっていく。

 ただ、ヴァリアが敗れたほどの相手だ。慎重に剣を振るう。

 マオの聖剣をデサイスが受け止め、鍔迫り合いとなる。


「この鎧は私が倒す! だから、みんなは先に泉へ!」


 今の状況を冷静に判断するユクト。

 彼はマオの意思を汲み取り、強く頷いた。


「……分かったのです。レイレイ殿、エナ殿、行きますですよ!」


「うん!マオちゃん!無事でいてね!」


「もちろん!」


 ユクトとレイレイ、エナは橋を走る。

 不安定なその吊り橋は、小さな衝撃でも大袈裟に揺れ動く。


 その時、伝統的な装いをまとった女性が現れた。

 砂で汚れた白のブラウスに黒のプリーツスカート。

 部分的に破れたスカートから、傷ついた太ももが痛々しく覗く。

 右の胸囲に刺繍された紋章は、赤黒く染まり威厳を失っていた。


「ご主人様の邪魔はさせない!」


 力強い声とは対象的に、彼女の目は黒く濁り虚ろだ。


「リラセシア!」


 女性が風魔法を唱える。

 手のひらから放たれる小さな刃が、次々と橋のロープを切断していく。

 橋は大きく揺れ始め、崩壊は時間の問題だろう。


「みんな!」


 三人が谷へと落ちてしまう。

 マオは思わず心配の声を上げる。

 それがデサイスの攻めるチャンスとなるにも関わらず。


「自分の心配はいいのか?」


「ぐっ!」


 強い力に押し負け、マオは吹き飛ばされる。


 三人を奈落へと誘導していく橋。

 レイレイは再び祈る。

 精霊の力を借りるために。


「……風さん、お願い。また私に力を貸して」


『この呪文を唱えてごらん』


 と精霊が囁く。


「――風よ、我に天の翼を授けよ! イヴリューグデン!」


 レイレイの周囲に風が発生する。


「ヒンメルフェル!」


 続けて唱えた呪文により、その風はレイレイたちを対岸へと運ぶ『足』となった。


「凄いのです。ボクたち、風に乗ってるです!」


 舞い上がった三人は、そのまま滑空して岩肌の見える場所へ向かう。


(――マオさんをこのまま放っておくわけには!)


 エナはマオを助けるため、ユクトへ提案する。


「ユクトさん! あなた、力持ちですわよね!?」


「へっ!?」


「私をマオさんの方にぶん投げて! 急いで!」


 ユクトはエナの意図を瞬時に理解する。


「わ、分かったです!」


 彼はエナの手を掴み、力任せに振り回した。


「いっけぇぇぇ!!」


 ユクトの力で空高く舞い上がるエナ。

 落下時に攻撃されないよう、彼女は銃を構えて発砲し続ける。

 狙いはデタラメでも、女性に魔法を使わせない、集中力を乱すのが目的だ。

 結果、エナは地面を転がりながらも着地に成功した。


「エナっち!」


「マオさん一人じゃ荷が重いでしょう?」


 驚きながらも、マオはエナの行動力に感謝する。


「……うん!とっても助かるよ!」


 エナの侵入を許した女性は、突然発狂する。


「あああ……も、申し訳ございませんご主人様! 愚かな私をお許しください!」


「許そう。小娘一人増えたところで、余の勝利は揺るがない」


「ありがとうございますありがとうございます! でもこの失態は私の指を折ることでケジメとさせていただきます!」


 丁寧に自ら指を折る女性。

 その光景はマオたちには異様に映った。


「バカな私バカな私! このっ! このっ! 兄の言いつけを守れないのはこの指か!」


 エナは彼女の言葉に、唯一素性を探れる単語を聞いた。


「兄……? あなた、自分の家族に何をしているか、自覚してますの?」


 デサイスに問いかけるエナ。


「彼女は我が力により生まれ変わった。シャドウスレイブの力によって」


「シャドウスレイブ?」


 殺した相手を魔剣に宿る闇の力で蘇生させ、都合の良い記憶に置き換え使役する能力。

 これは、裏切られたデサイスの『裏切らない仲間』を欲した結果生まれた力だった。


「本来であれば、妹のヴァリーも仲間に引き入れる予定だったのだがな」


「もしかして……あなた方は、ヴァリアさんのご家族なんですの?」


「なら、どうしてこんなことを!? おかしいよ!」


「おかしいのはこの世界だ。長女のティネスは余を貶めていた。それが間違いだと、理解したのだ」


 指を折りきり、涙を浮かべながら安堵の表情を見せるティネス。

 デサイスはそんな彼女を冷たい眼差しで見つめていた。


「そうです! 生きていた時の私をお許しになったご主人様! 寛大なご主人様! だから私は永遠に仕えるのです!」


 どす黒く濁ったティネスの眼差しは、架空の勇者を見ているようだった。


「ああ素晴らしいご主人様! どうして私は生きている内にご主人様の魅力に気が付かなかったのでしょう!! どうして私はご主人様に冷たい仕打ちを!? そう! 私が愚かだったから!!」


 ティネスは一人芝居を始める。

 誰かに聞いてほしいがために言葉を紡ぐのではない。

 壊れた彼女は、自分の生きている証を訴えるかのように叫んでいるのだ。


「――ねぇ、エナっち。あの人の『生きている』って……」


「ええ。多分、今の彼女は『死んでいる』状態ですわね」


 見解が一致し、マオは彼女がより一層不憫に感じられた。

 同時に、死者を操り『遊んでいる』デサイスへの怒りが募っていく。


「……ねぇ、デサイス。家族を殺して、しかも、好き勝手に操って……本当にそれで良かったの?」


「ご主人様に口答えをするなぁあぁぁぁ!」


 と、ティネスが怒鳴る。


「これでティネスは永遠に余を『裏切らない』存在に昇華したのだ」


 デサイスは言う。

 だが、マオは頭を横に振る。


「違うよ。今の彼女は『退化』だよ。生前、どんな人だったのか分からない。けど、これは間違ってるって、私でも分かる」


「それこそ『間違い』だと分かるだろう」


 デサイスの言葉を合図に、ガサッという音が周囲から聞こえてくる。

 いつしか、マオとエナを取り囲んでいるのは、ティネスと同じ濁った瞳をした人間たちだった。

 彼らの衣服や鎧に、共通の紋章が刻まれている。エナはそれをギルドの紋章だと推察する。


「この人たち……ギルドの方たちですわね」


 エナの言葉に反応し、マオはデサイスの鎧に刻まれた紋章に気づく。

 剣でバツ印が刻まれたその紋章。

 一体、ギルドでどんな絶望を見せられたのか。

 だが、マオは同情しない。

 目の前の敵は、ヴァリアをも引き入れようとしているからだ。


「エナっち。でも、私たちなら倒せるよ。きっとね」


 マオの言葉に、エナはニヤリと笑う。

 それは、自分を鼓舞するための言葉でもあった。


「――当たり前ですわ。だって、私とマオさんですもの」


 瞳に力強い決意を宿し、二人は敵に立ち向かう。

 風に吹かれ、マオの赤いツインテールと、エナの深い紫の髪が揺れる。

 今、彼女たちの心は一つになっていた。

 強い絆で結ばれた仲間を信じ、二人は戦いに身を投じるのだった。

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