47:シャドウスレイブ

「デサイス様をお守りするぞ!」


 ギルドのメンバーが思い思いに声を上げ、鼓舞する。

 マオとエナは、この場所では孤独となっている。

 だが、二人にはお互いがいればいい。

 この戦いで必要なのは数ではなく、意思の強さだった。


「死体なら、容赦は無用ですわね」


 エナの声は冷静だが、その瞳には決意の炎が燃えている。


「うん! みんなを救ってあげよう!」


 マオの答えは力強い。


 周りの操られた人間たちを救う方法を、彼女たちは考える。

 死体が無理やり生かされているなら、もう一度倒すしかない。

 だが、それは後ろ向きの理由ではない。

 救うための方法だった。


 マオと背中合わせになるエナ。

 突破口を開くため、エナは男性へ発砲する。

 類まれなる正確さにより、一人の男性の額に穴が開く。

 男性は再度命を失ったことで後ろへ倒れる。

 その間に生まれた隙間に向かって、エナは走り抜ける。


 マオの方も負けていない。

 剣や槍の猛攻を聖剣でいなし、切り捨てていく。

 彼女の動きは、以前よりも速く、正確になっていた。


(私……前より動きやすくなってる?)


 マオは自分の力が上がっていることに気がついた。

 それは魔王の記憶の影響かもしれない。


 ドラシアと戦った時には気付けなかった。

 それは、ドラシアの方が技量も高く、戦闘慣れしており、経験による勘という、長年の生きた証でマオを追い詰めていたからだ。


 今のギルドの人間は、動きが硬かった。

 生前ではまだ立ち回りが上手かったかもしれないが、今はデサイスに操られた死体に成り下がっている。

 脳内が濁った感覚で体を動かせば、その動きが鈍くなるのは明白だった。


 取り囲んだギルドの人間たちも、マオとエナの攻撃により次第に数を減らしていく。

 思考が低下した人間では、二人の相手にならない。


「ですけど、キリがありませんわ!」


「――そうだ!」


 マオは閃いた。

 かつて、闇に囚われたヴァリアを救ったのは、聖剣の力だった。

 聖剣の光によってヴァリアは自分を取り戻すことができた。


「…エクスカリバーさん、先輩に出したあの技、効くかな?」


『彼らが闇の力によって操られているならば、可能性はある』


「分かった! やってみる!」


 エクスカリバーから言われた可能性。否定されない。

 それだけで試す価値はあった。


 聖剣に力を込める。

 マオの純粋な想いに応えて、光り輝く聖剣。

 マオはその輝いた聖剣を男たちへ薙ぎ払った。


「せぇぇぇぇい!!」


 光に包まれる男性たち。

 うめき声を上げて抵抗するが、聖剣の力は強大で、彼らの抵抗も無意味だった。

 闇の力で生かされていた男性たちは、糸が切れたように次々と地面に倒れていった。


「やりましたわ!」


 喜びに顔がほころぶエナ。

 敵が減っただけではない。

 闇の力が浄化され、男たちが安らかに眠ることが出来た喜びもあった。


「やはり、魔の力だけではこの程度か」


 デサイスが冷ややかに言う。


「お姉さん! あなたも解放するよ!」


 マオは同じく光り輝く聖剣で、デサイスの姉――ティネス――を浄化しようとする。

 しかし、彼女は意識を失うことなく、気の狂った声を上げていた。


「ひゃははは! 私はご主人様に自ら命を捧げているのよ! 生前での過ちを『思い出した』私は、闇の力なぞ不要!」


 その『思い出した』記憶も、デサイスによって作られた偽りの記憶である。

 それに気づくことの出来ないほど、判断力は失われている。

 それは、彼女が死体である所以だった。


「ティネスは特別だ。余の力によって正しい認識を持って生まれ変わったのだ」


 デサイスが誇らしげに言う。


「正しい認識? 自分勝手な理屈を無理やり押し付けて、反吐が出ますわね!」


 エナが怒りを露わにする。


「エナっち! だったらデサイスを浄化させる!」


 もしかしたら、デサイスも心を歪ませられたのかもしれない。

 ならば、ヴァリアと同じく救いがあるはずだ。

 マオは再度聖剣に力を込め、その光をデサイスへと薙ぎ払った。


 光に包まれるデサイス。

 だが、彼は苦しむことも、浄化されることもなかった。


「――え?」


 マオは目を見開く。


「余の力に闇はある。しかし、余は闇の力によって貶されたのではない。この世界に絶望し、自らの意思でこの場所へ下ったのだ」


 デサイスの声は冷たく、しかし力強い。


「まったく……迷惑な方ですわね」


 エナが舌打ちする。


「あぁぁぁぁ! 申し訳ございません! 私のせいでご主人様の精神が疲弊してしまっていたとは!!」


 ティネスが土下座をしながら叫ぶ。


「気にするなティネス。余は今の貴公を好いている」


「私には勿体ないほどの有難きお言葉!」


 二人のやり取りを見て、マオとエナは言葉を失った。

 デサイスとティネスの狂気は、聖剣の力をもってしても打ち砕くことができないようだ。


 ティネスは自分の力を主人に見せるために、エナに襲いかかる。

 エナは銃でティネスを撃つが、傷など無意味だと言わんばかりに、なりふり構わず襲いかかってくる。

 攻撃にまったく怯まず接近してくる相手は、銃で戦うエナにとっては不利な相手となっていた。


 ティネスと戦うエナを心配しながらも、もう一人の敵を見据えるマオ。

 彼女はデサイスを憐れみの表情で見つめた。


「――マオ。なぜ余にそのような目を向ける」


「だって、ヴァリア先輩のお兄さんなんでしょう? だったら救いたいよ……」


「……余は魔咏師団の一員だ」


「魔咏……師団?」


 マオは聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「魔咏師団はベルカナンも所属している。そして、ベルカナンは生きている」


「……え!?」


 驚愕の事実に、マオの瞳が大きく見開かれる。

 確かに、あの時倒したはずだ。

 仲間の意思を集めた聖剣の光を浴びて、絶命したはずだ。


(私たちの力は……ベルカナンには無力……なの……?)


 マオの心が揺れる。絶望が彼女の心を覆い始める。


「マオさん! 避けて!」


「――っ!」


 ティネスと争いながらも、マオの様子を気にかけていたエナ。

 そんな彼女の声で我に返るマオ。

 デサイスが動いた。

 マオが想定し得なかった事実にショックを受けた彼女を仕留めるため。

 間一髪で自分を取り戻したマオは、聖剣でデサイスの魔剣を受け止めた。


(う……嘘だ! デサイスは私を動揺させて隙を作っただけ!)


 人間が蘇るはずがない。

 そう思うにも、目の前の現実が反論する。

 デサイスの能力により、偽の記憶を植え付けられて蘇る人間を目の当たりにする。

 つまり、ベルカナンも蘇っている可能性はゼロではない証拠となる。


「貴様では無力だ。魔王の記憶を取り戻し、その記憶で戦うのだ」


 デサイスの冷たい声が、マオの耳に突き刺さる。


「そんな……ことは……しない……!!」


 マオは必死に聖剣を握りしめ、デサイスを睨みつける。


「ただの娘に何ができる? 精霊魔法も使えず、銃の扱いにも長けない。獣人という希少種でもない。魔王の記憶がなければ、貴様は一番弱い小娘でしかない」


「な……何言って……!!」


 デサイスの言葉は、マオの心に深く突き刺さる。

 自分の無力さを思い知らされ、マオの心が揺れる。

 だが、その時だった。


『貴様は一人ではない。仲間がおる。そして、マオ自身の強さもある』


 聖剣の声が、マオの心に響く。


「エクスカリバーさん……」


『信じるのだ。マオ自身の力を』


「……うん!」


 聖剣の言葉に勇気づけられ、マオは再び聖剣を構える。

 彼女の瞳には、揺るぎない決意の光が宿っている。


「私は一人じゃない! みんなと一緒にここまで来たんだ!」


 マオの声は力強く、デサイスに向けられる。


「そして、私にはみんなを守る力がある! 魔王の力じゃない、私自身の力で!」


 マオは聖剣を高く掲げる。

 聖剣が眩い光を放ち、周囲を照らし出す。


「ふん。愚かな……」


 デサイスは魔剣を構え、マオに向かって突進する。


「私は……負けない!」


 マオもまた、聖剣を握りしめ、デサイスに立ち向かう。


 二人の剣が激しくぶつかり合う。

 火花が散る。

 凄まじい剣撃の応酬が始まるのだった。

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