42:記憶の代償

 ドラシアとマオの戦いは白熱していた。

 ドラシアの炎魔法をエクスカリバーで必死に防ぐマオ。

 だが、ドラシアの体術は巧みで、容赦なくマオを攻撃する。

 何度も地面に叩きつけられ、マオの体は傷だらけになっていく。


「ほれほれ! その程度かの!」


 ドラシアが挑発する。


「ま……まだまだ!」


 立ち上がるマオ。

 仲間への想いと、エクスカリバーを守る決意が、彼女を突き動かしていた。

 しかし、想いや決意だけでは、ドラシアには勝てない。


(……もう、使うしかない!)


『このままだと、ドラシアに負ける……か』


「エクスカリバーさん、私……魔王の記憶を使う!」


 覚悟を決め、マオは叫んだ。


「――なんじゃと?」


 ドラシアが驚愕する中、マオは魔王の記憶を呼び出し、龍族との戦い方を引き出していく。


(――っ!!)


 瞬時に脳裏に浮かぶのは、龍族の弱点である背中の鱗。

 そこを狙えば、勝機はあるはずだ。

 だが同時に、マオはドラシアに対して不思議な感情を抱いていた。

 まるで、昔からの知り合いのような、親しみと敵意が入り混じった複雑な感覚。

 思わず、マオはドラシアの顔を見て口角を上げてしまう。


「――随分老けたね? ドラシア」


「……マオ?」


「そんな老いた体で、私に勝てるとでも思ってるわけ?」


 先ほどの様子と異なったマオの顔つきに戸惑うドラシア。

 目つきも鋭く、ニヤリと笑うその表情も全てドラシアの印象とかけ離れている。

 別人と会話している気分に、ドラシアは気味の悪さを感じた。


「何を言ってるのじゃ? 魔王の記憶が関係しているのかの?」


「当たり前でしょ? 今、私はあなたの全てが分かってるんだから。後悔するといいよ。私を怒らせたこと」


『マオ。大丈夫か』


「――っ!? わ、私……今、何を言って……!?」


 エクスカリバーの言葉により、マオは我に返る。

 マオの心臓がバクバクと音を立てる。

 自分が、別の人間に操られたような感覚。


「マオとやら。本当にその力、使いこなしているのかの?」


「でも、こうでもしなきゃ、あなたに勝てないから……!」


 真剣な表情を取り戻したマオ。

 彼女は剣を構え、ドラシアが来るのを待つ。


 魔王の記憶だけで、マオはドラシアに勝つことが可能なのか。

 ドラシアには圧倒的なスピードと体術、そして長年の経験がある。

 弱点の鱗をどう攻略するか、それが課題となるだろう。


 ドラシアのスピードに対抗するには、マオの体では力不足だった。


(ちっ! 融通の利かない体だな……!)


 心の中で舌打ちをするマオ。

 彼女が初めてした舌打ちだった。


「行くぞマオ!」


 その言葉が火蓋となり、ドラシアはマオへと接近する。

 風を切るような速さで迫るドラシア。

 洗練された体術は、わずか三歩でマオの眼前に立ちはだかった。


 ドラシアの蹴りを剣で防ぐマオ。

 だが、これも何度も繰り返されたことだった。


「同じことじゃぞ!」


 この時、ドラシアは油断していた。

 魔王の記憶を持ったからといって、簡単に弱点など分かるはずもない。

 だから、彼女はマオに対して回し蹴りをした。

 ドラシアの蹴りがマオの腹部にめり込む。

 吐き気を覚えるマオだったが、彼女はドラシアの背中を見る。


(――あった! ウロコ!)


 わずかに見える鱗を捉えたマオ。

 代わりに、ドラシアの蹴りによって、マオの体が吹き飛ぶ。

 だが、マオは空中で体勢を立て直し、地面に着地した。


「……ほう。少しは戦い方もこなれてきたようじゃな」


「私だって、やられてばかりじゃないからね」


 マオには得意な魔法があった。

 それは、魔力を武器に使うことで軽量化させること。

 原則、軽量化の魔法は武器にしか使用できず、人間や魔物には無効だった。

 だが、一つだけ例外がある。術者が自分自身にかける場合だ。

 ただ、リスクはある。

 本来は武器にかける魔法を人間に適用して、どんな影響があるのか。

 魔王の記憶はそこまでの知識を引き出せなかったが、マオは使用を決意する。


「――ウェディアート」


 ただ、勝利するため。想いの形であるエクスカリバーを守るため。


「ルフトレグ!」


 いつも武器にかけている軽量化の魔法を、自分自身に適用する。

 淡い光に包まれるマオ。

 もちろん、ドラシアはその魔法の意味を理解している。

 そして、そのかけ方が禁じ手であることも。


「おぬし……どうしてそれを?」


「これも私の記憶で『分かった』んだよ、ドラシア」


「おぬしの記憶? 魔王の記憶ではないのか?」


(――っ! ダメっ!! 意識が、持っていかれる!)


 頭をブンブンと振りながら、自我を保つ。

 思い出したことが多すぎた影響なのか、今のマオは自我が二つあるような奇妙な感覚に苛まれている。


「だが、そろそろ終わりじゃ。余興も過ぎた」


「こっちだって同じ! これで決めてみせるからっ!」


 二人が同時に動く。いや、マオの方が一瞬早かった。


(――早いっ!)


 全速力で駆け抜けるマオ。即座にドラシアの背後に回り込み、聖剣を振り下ろす。


「いっけぇぇぇぇぇ!!」


「ガッ!!」


 ある意味で、軽量化の魔法が二倍にかかった状態の聖剣。

 その速度で放たれる剣撃はドラシアの鱗をいとも簡単に傷つけた。


 ドラシアの背中から鮮血が溢れ出す。鱗を貫く衝撃に、ドラシアの意識が一瞬消え去る。


 続けざまに、マオは炎の矢を放つ。


「アロウファメル!」


 手のひらで覆えるほど小さな炎の矢が、マオの手から繰り出される。

 初級用の呪文だったが、今のドラシアには十分すぎるほどの攻撃だった。

 振り返る暇もなく、ドラシアは背中に炎の矢を受け、地面へと倒れ込んでいく。


「アッハハ……勝った……! 勝ったよ……!」


 勝利に酔いしれるマオ。だがその時、彼女の脳裏に去来したのは、ベルカナンの言葉だった。


『ほら、あなたの力じゃ足りないでしょう? 魔王の記憶を使わなければ、なーんにも出来ないお荷物』


(――違うっ! 私は自分の力……で……)


 激痛がマオの頭を襲う。一気に広がる、脳内に広がる感じたことのない痛み。

 強制的に死を引き出されるが、決して死なない。ただ苦痛のみが脳から全身へ転移して、『痛い』という感覚だけを強いられる。


 死ぬような苦しみの中で、マオはうずくまり、ただ耐えるしかない。

 頭を抱えながら、マオは声にならない声を上げていた。


「愚かな……。それが禁じ手を使った『代償』じゃ。魔王の記憶には無かったのかの?」


 だが、ここでマオが倒れれば、エクスカリバーが手に入る。

 背中のダメージはエクスカリバーを手に入れた後でゆっくり療養すれば問題ない。

 倒れ伏すマオ。ドラシアにとって、これはチャンスだった。


 だがその時、ドラシアは違和感を覚える。


「――なんじゃ?」


 レイレイたちの方角へ気を読み取ったドラシア。

 彼女はその方角から、一つの暗い影の気を読み取った。


「……悪しき気配がするの」


「え……?」


 苦痛に悶えながら、マオは聴覚を全力で使用してドラシアの言葉を聞く。


「マオ。戦いは一時中断じゃ」


 そう告げると、ドラシアはマオを抱えあげる。

 そして、彼女は悪しき気配の方へと走り出すのだった。

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