41:強い力なんか要らない。みんなの役に立ちたいだけ

 立ち上がったユクト。エナの攻撃を受けたにも関わらず、彼は口角を上げ、喜びを隠そうとしない。

 特徴的な大きな耳をピクピクと動かし、尻尾を振って全身で興奮を表現している。


「腹部に傷一つないだなんて……流石に落ち込みますわね」


 ピンピンしているユクトの様子に、エナは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 拳銃の威力が、この森の影響で弱まっているのは明らかだ。


「ふふんっ。そんな『こっとーひん』でボクを倒せると思ったら大間違いなのです!」


 ユクトは得意げに胸を張る。

 その自信に満ちた態度に、エナの眉がピクリと動く。


「エナちゃん。多分、この森のせいだと思う」


 レイレイが静かに言う。

 エナも同意見だった。


「……ええ。魔力を吸収する木々のせいで、銃の威力が落ちているのでしょう」


「だから、私が頑張らなきゃだね」


 そう言って前に出るレイレイ。

 精霊魔法の素質を持つ彼女こそが、この戦いでのカギを握る存在だった。


「レイレイ殿! どんな魔法を使って来るですか?とっても楽しみなのです!」


 ユクトの瞳が興奮に輝く。

 レイレイへの特別な感情が、そこには表れている。


「ちょっと待ちなさいワルギツネ。さっきからレイレイさんを特別扱いしてますけど……」


「むっ! ボクには立派な名前があるのです! ユクトと呼ぶのです!」


 エナの追及に、ユクトが頬を膨らませる。

 まるで子供のような反応だ。


「ではユクトさん。あなたの目的は何ですの?」


「もちろん、レイレイ殿の素質を見極めるためです! ししょーから命じられているのです!」


「素質、ですって?」


 エナが眉をひそめる。

 ユクトの言葉に、不吉な予感がよぎる。


「ししょーが気にかけてるなら、きっとレイレイ殿は凄い魔法使いに違いないのです! さあ、ボクのことなんか気にせず、存分に魔法を使うのです!」


 ユクトは勢いよく告げる。

 その言葉は、レイレイへの期待に満ちている。


「ユクト君! それなら、見せてあげる!」


 レイレイの瞳に、決意の炎が宿る。

 彼女は両手を大きく広げ、炎の魔法を放とうとする。


「……レイグニス!」


 レイレイの周りに、炎の幕が発生する。


(本当だ……! この魔法は今『使える』!!)


 手応えを感じるレイレイ。続けて呪文を唱える。


「プロクスジョン!」


 炎の幕が集まり、一つの玉へと変化していく。


「フィルー!!」


 レイレイが作り出した魔法の玉。それが今、ユクトに向かって放たれる。


「いっけぇぇぇ!!」


 しかし、炎は木々に吸収され、ユクトに届くころには小さな火の玉になっていた。

 そして、ユクトの体に当たった瞬間、跡形もなく消えてしまう。


「ん? 今のがレイレイ殿の全力なのですか?」


 ユクトが首を傾げる。

 まるで、拍子抜けしたかのような反応だ。


「そんな……!」


 レイレイが困惑の表情を浮かべる。

 エナと同じく、魔法が弱体化してしまっている。


「ふっふっふ、残念でしたね、レイレイ殿! その程度の魔法では、ボクには通用しないのです!」


 ユクトが高笑いをする。

 まるで、これが予想通りの展開だと告げているように。


「どうやら、レイレイさんの魔法も、この森の影響を受けているようですわね……。でも、精霊魔法があれでは……!」


 エナが苦々しく呟く。

 魔力を吸収する木々は、レイレイの魔法をも弱めてしまったのだ。


(精霊魔法……まだ使えないの?)


 確かに、レイレイには精霊魔法の素質がある。

 レイレイの魔法が不安定だったのも、その素質が原因だった。

 だが、彼女はまだ覚醒していない。


 それが分かっていたドラシアは、敢えて魔力の安定しないこの森へレイレイを誘い、戦いの中でどこまで開花するかを試そうとしていたのだ。


「うーん……期待外れです。ししょーへの報告は残念ですけど……代わりにボクの力を見るです!」


 そう告げると、ユクトが二人の視界から消える。

 だが、エナはすぐにユクトの姿を目で追った。


「くっ!」


 銃をユクトに向けるエナ。

 正確な照準だが、ユクトはそれ以上に素早く動く。

 まるで、風に乗るかのように。


「ボクの速度についてくるとは、侮れないです!」


 ユクトが笑う。

 その口調には、エナを認めた響きがある。


「お褒めの言葉、光栄ですわね!」


 エナも負けじと言い返す。

 だが、心の中では焦りが募っている。


(狙いをつけてもすぐに動かれたら…!)


 ユクトの動きは不規則だ。

 予測不能な動きに、エナは翻弄される。

 それでも、必死に照準を合わせ続ける。


 彼女を褒めたユクトだったが、次の行動を取れないのであれば、ただの煽りとなる。


 その時、ユクトが一瞬だけ立ち止まった。

 チャンスと見たエナは、ニヤリと笑みを浮かべる。


「今ですわ!」


 引き金を引こうとするエナ。

 しかし、その瞬間、予想外の光景が広がる。


「待って!」


「なっ!?」


 ユクトが止まった場所。そこはレイレイの目の前だった。

 レイレイも魔法を放つために構えていた。

 だが、ユクトの超人的なスピードに、狙いすらつけられない。


 レイレイは攻撃できない。

 その隙を突いたユクトは、瞬時に作戦を立てて実行に移していた。

 それが、今、功を奏したのだ。


「隙ありなのです!」


 硬直したエナに、ユクトが襲いかかる。

 剣のように鋭い蹴りが、彼女に迫る。


「くっ……!」


 とっさに身をひるがえすエナ。

 だが、ユクトの蹴りが彼女の手首に当たる。

 その衝撃で、エナは手から拳銃を落としてしまう。


「しまっ――!」


 落ちた銃に目を向けるエナ。

 その一瞬の隙を、ユクトは見逃さない。


 鋭い拳がエナの腹部にめり込む。

 吹き飛ばされたエナは、背後の大木に体を打ち付けた。


「ぐはっ!」


 激痛に、エナの意識が朦朧とする。


「エナちゃん!」


 レイレイが悲鳴を上げる。

 だが、次の瞬間、ユクトがレイレイの目の前に現れた。


「次はレイレイ殿の番です!」


 咄嗟に魔法を使おうとするレイレイ。

 しかし、エナと違い、レイレイの動体視力ではユクトを捉えられない。

 一瞬でレイレイの背後に回り込むユクト。

 彼の放った回し蹴りが、レイレイを宙に叩き飛ばす。


「きゃあっ!」


 きりもみしながら、レイレイは地面に叩きつけられた。

 酔ったような奇妙な感覚に、彼女は吐き気を催す。

 それでも、地面を這いつくばりながら、レイレイは眼前の敵を見据える。


「レイレイ殿。これが本当の戦いなのです!」


「分かってる……けど……!」


(私じゃ、役に立てないの……!?)


 自分の非力さを思い知らされ、レイレイは拳を握りしめる。

 このままでは、エナを助けることもできない。


(精霊魔法……どうすれば使えるようになるの……!?)


 レイレイは必死に考える。

 だが、彼女の脳裏に浮かぶのは、霞がかった景色ばかりだ。


「ししょーはどうしてレイレイ殿を気にかけてたのか、最期まで謎なのです……」


 腕を組んで考えているユクト。

 彼はすでに勝負が決まったとして、戦意を見せていない。


 レイレイの心に浮かぶのは、マオたちの姿だった。

 魔法が使えるようになったことを祝福してくれたクラスメート。

 自分を信じて送り出してくれた先生。

 クラスで浮かないよう、積極的に自分と仲良くしてくれたマオ。

 そして、自分の不甲斐なさでボロボロになっている目の前のエナ。


(お願い! 強い力なんか要らない!みんなの役に立ちたいだけ……!)


 レイレイは目を閉じ、何かに懇願する。

 その祈りは、彼女の心の奥底から湧き上がってくる。


(だから今だけ……この場だけでいい! 力を……貸してください……!)


 その時、レイレイの耳元で何かのささやき声が聞こえた。

 まるで、精霊の声のように。


『力、貸そうか?』


(えっ?)


『スレイン、自然を感じて。ほら、目の前のキツネさんは動くとき、気持ちよく風を切ってるよ』


(風……?)


『キツネさんが蹴ってる地面。痛そうだよね。スレインが彼らを動かして助けたら、すっごく喜ぶと思うよ?』


(土……)


「さてと、ししょーの元へと急ぐのです。レイレイ殿は精霊魔法を使えなかった。残念な報告です……」


 ユクトが背を向ける。

 だが、その時だった。


「――ま、だ! ……まだだよユクト君!」


「……レイレイ殿?」


 よろめきながら立ち上がるレイレイ。

 その瞳には、先ほどとは違う希望の光が宿っていた。


「……面白いのです。何か掴んだですか?」


「今度こそ、あなたに一矢報うよ」


「――結果は変わらないと思うのです!」


 またしても、瞬時に移動するユクト。

 何者かに言われた通り、風を感じるレイレイ。

 風はレイレイに懐いているようで、ユクトの行く先を脳内に教える。


(――ここだっ!)


 振り向くレイレイ。

 眼前にいるのは、驚いた表情のユクトだ。


「なっ! どうしてボクの来る位置が分かったです!?」


 すぐにレイレイの目の前から消え去るユクト。

 だが、風の行く末を感じ取ったレイレイは、ユクトが来る地点に目を合わせていく。


 彼を最初から目で追っているわけではない。

 ユクトが動いた結果の、風の道に目を合わせているのだ。


(ありがとう。風さん。次は土さんだね)


 レイレイの体が、淡い光に包まれ始める。

 大地の精霊が、彼女に力を貸そうとしているのだ。


『この言葉を唱えてみて』


 声に導かれて、レイレイは呪文を唱える。


「砂よ土よ、敵の動きを奪え! グリンビューネ!!」


 大地が唸りを上げる。

 まるで、レイレイの意思に呼応するかのように。


「なっ……!?」


 驚愕の表情を浮かべるユクト。

 大地が盛り上がり、彼の足を捕らえようとしている。

 意思を持っているかの如く、地面がうねり、ユクトの足に絡みつく。


 土は硬化し、完全にユクトを捕らえる。

 もがくユクトだが、彼の足は動かない。


「う、嘘なのです!」


『キツネさんに止めだ』


(分かった……! ありがとう!)


 レイレイを応援する声。彼女はその声が唱える呪文を声に出した。


「風よ、刃となりて敵を斬れ! シュテュルメリング!」


 レイレイの手のひらからではなく、空中からいきなり出現する風の刃。

 その刃は、空気の密度が高く、目視で確認できるほどだった。


「マ、マズいのです!」


「風さん、行って!」


 レイレイの掛け声により、刃は一目散にユクトに襲い掛かる。

 鋭利な刃。もし、ユクトの体に触れてしまえば、いとも簡単に切断されてしまうだろう。


 さすがに焦るユクト。

 だが、その時、ユクトの腰に下げられた装飾品が光を放つ。

 装飾品から外れた小さな水晶玉が、ユクトの前に浮かぶ。

 そして、ユクトを包むように透明な壁が現れた。

 精霊魔法に覚醒した場合、ユクトでは無事で済まない。

 それを考慮していたドラシアの配慮だった。


 刃は次々と壁に接触し、壁を切断しようとする。

 結果として、刃と壁は対消滅していった。


「くっ! ならもう一度!」


「ま、待つのです!! 降参! 降参なのです!!」


「本当?」


 身振り手振りで降伏を示すユクト。

 レイレイはその様子を見て、ようやく手を下げた。


「か、勝ったんだ……」


 レイレイがホッと息をつく。

 自分の力で、敵を倒すことができたのだ。


「レイレイ……さん」


 意識を取り戻したエナが、レイレイを呼ぶ。

 レイレイはすぐにエナの元へ駆け寄る。


「エナちゃん、大丈夫?」


「ええ。ちょっと痛みますけど。それより、見事でしたわね。レイレイさん、精霊魔法を使えるようになりましたのよ」


 エナが喜びの声を上げる。

 レイレイの力が、彼女たちを救ったのだ。


「……うんっ!」


 レイレイの瞳に、喜びの涙が浮かぶ。

 自分の力で誰かを助けたい。その願いが、ついに叶った瞬間だった。

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