40:悲劇的な再会
森を駆けるヴァリア。
一刻も早くマオの元に向かわなければ。
駆り立てる思いと共に、彼女は大木の枝を見上げながら走る。
ヴァリアの予測以上の速度で、ドラシアがマオを連れ去ったのは事実。
通常では追いつくことすら不可能だろう。
だが、微かな手がかりはあった。
僅かに葉の数が少ない枝。
つまり、それがドラシアが足場にした太い枝である可能性が高い。
どんなにドラシアが軽くとも、多少の衝撃は枝に伝わっている。
となれば、負荷のかかっていない枝よりも、葉の数が少なくなっているはず。
(闇雲に探すよりは……マシか!)
きっと、この先にマオたちがいるはず。
ヴァリアはそう信じて地面を走る。
しかし、そんな彼女を止める人物が一つ現れる。
「待て」
「――っ!」
姿を見て、ヴァリアは思わず立ち止まる。
その人物は全身を漆黒の鎧に身を纏っていた。
歩くたびに鈍い音を立てて揺れ動く鎧は重厚さを物語っている。
「貴様、一体何者だ? ――ん? あの紋章は……」
鎧に刻まれた紋章。それはあるギルドの紋章だが、そのギルドとは、ヴァリアの家族が設立したギルドだった。
しかも、設立者はヴァリアの兄。彼女が家族の中で唯一敬意している兄が作ったギルドのものだった。
紋章には剣先で削ったのか、バツ印が記されている。それはギルドを否定したことと同じ。最大限の侮辱だった。
「その紋章。兄様のギルドのものだろう! 貴様!! 兄様の顔に泥を塗ったのか!?」
「余はデサイス。魔咏師団の命により貴公を殺害する」
「魔咏師団だと?」
聞きなれない単語。だが、ヴァリアの中で一つの推測が浮かび上がる。
マオによって倒されたベルカナン。彼女は魔王復活を願い、そして暗躍していた。
だが、ベルカナン以外にも魔王復活を望むものはいるはずだとヴァリアは怪しんでいた。
目の前のデサイスが、ベルカナンと同じ組織――魔咏師団――の者だと仮定すれば、ヴァリアの推測は合致する。
(なら、ドラシアとキツネ獣人も……? いや、あれは違う……)
デサイスやベルカナンに感じられる負の感情。ドラシアたちにはそれが感じられない。
結論を出すのは早いが、別の勢力がそれぞれ自分たちに接触しているのだと、ヴァリアは感じた。
「所属はベルカナンと一緒か……!」
「左様。余はベルカナンとも繋がりがある」
「だったら都合がいい……! マオの助けになり、兄様の立場を汚した貴様を私の手で始末できるならな!」
「貴公には不可能だ」
「やってみなければ!!」
剣を引き抜き、デサイスへ走るヴァリア。
「兄様が行方不明なのも、貴様の行いが影響だな!?」
「……左様」
「優しい兄様は貴様の行いにも心を痛めてるはずだ! それに対して貴様はなんだ! ギルドの紋章にそんな辱めを与えて!!」
「ギルドは余が潰した。全て、亡き者にした」
「――っ!?」
小さい頃に見た、兄の顔が浮かぶ。
兄に自分の成果を報告する。その成果は親からすれば小さく下らないものだった。
だが、兄はそんな彼女を褒めていた。
彼女には大きく頼もしい手のひらで、兄は彼女の頭を撫でて優しい言葉をかけてくれるのだ。
親とは違う兄の暖かい背中。彼のようになりたいとヴァリアは思った。
だが、兄の戦い方や技術に近づくことはできない。長年の修行の賜物だった。
修行はする。だが、兄に成るには時間がかかる。
だから、彼女は別のところで兄を追いかけることにした。
兄のように、優しく逞しくなりたいと願い、兄の言葉や口調を真似た。
まさか、兄はデサイスによって殺されたのか。
その考えが浮かんだ瞬間、ヴァリアの中で怒りという感情が爆発する。
「兄様のギルドは小さかった。でも、これからだったの! いつかは私だって……私だって兄様の役に立ちたいって思って……思ってたのに!!」
「残念だったな」
あくまで冷酷に任務を遂行せんと行動するデサイス。
そんな彼に、ヴァリアの怒りや悲しみは無価値なもの。
ヴァリアの激昂でも、デサイスの剣に迷いはない。
「そんなちゃちな言葉でかたずけるなぁ!!」
怒りに任せて、ヴァリアは剣を振るう。
乱暴に振り回す彼女の剣。しかし、彼女の悲しみは粒の一つもデサイスには伝わらない。
デサイスが持つ漆黒の刀身から滲み出す邪悪な魔力。
周囲の大気を歪ませ、ヴァリアの力をいとも簡単にはじき返す。
彼女が繰り出す攻撃の間隔の一瞬をつき、デサイスは剣を振るう。
「っ!!」
怒りが彼女を支配していても、命の危険を知らせる予感は無くしていない。
ヴァリアは向かって来る剣先を避ける。
致命傷は避けられた。しかし、彼女の右脇腹に切り込みが入る。滴る血液。
意識はしない。した瞬間、激痛が彼女の脳内を支配するからだ。
「次は外さん」
デサイスによる、無駄のない剣捌き。
攻撃を最小限の動きで受け流し、隙を見逃さず反撃する。
鮮やかな剣筋は、目にもとまらぬ速さを秘めていた。
デサイスは動かない。佇まいは静謐さを湛えている。
長年の鍛錬によって培われた技術と、揺るぎない精神性の表しているかのようだ。
ギルドの人間を殺したとは思えないほどの冷静さ。
しかし、ヴァリアはその姿に兄を重ねていた。
兄も目の前の敵と同じ剣技だった。
守りを重視しつつ、必要な時に容赦なき攻撃を繰り出す、実践的な戦い方。
「兄様の剣技を真似るとは……! そんなに兄様を愚弄したいのか貴様は!」
打ち合う剣と剣。
ヴァリアの猛攻を軽くいなすデサイス。
(何故どの攻撃も防いでくる!? 私の全てを知っているのか……!?)
どんな攻撃であっても、デサイスは怯むことなく捌いてくる。
意識しなくとも蝕んでいく痛みによって、頭が冷えてきたヴァリア。
さすがの彼女もこの違和感を無視できない。
デサイスの剣技は兄を真似ている。だが、それだけでここまで正確に防がれるのか。
嫌な結論。
脳裏に過るヴァリアは、その答えを否定する。
しかし、剣を打ち合うほど、その答えは現実味を帯びてくる。
「兄……と言ったな?」
「今さら何を!!」
「その親も始末した。勇者の家系はこの世の中に不要。魔王の障害となる」
「貴様……!」
「残りは貴公だけなのだ」
「やっぱり……やっぱり兄様を殺したのかお前はぁ!!」
「――怒りを制御できない。だから貴公は弱いのだ。ヴァリー」
自分を呼ぶときの愛称。それをデサイスが発した。
『ヴァリア』であれば、ただ怒りのままデサイスと戦い続けるだけだった。
しかし、兄との暖かな記憶と紐づいた言葉を、血塗られた目の前の敵が発した。
「…………え?」
沈黙。
「う、嘘……。にい……さま……なの?」
歪む視界。思考が混乱する。
目の前の人物はギルドを潰したと言った。
じゃあ、兄は? それが目の前の人物だという事実に、ヴァリアは自分の立っているこの地面すら信じられなくなっていく。
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