39:愛憎
太い枝を飛び伝い、ドラシアは森を駆け抜ける。
その速度は速く、追跡しているヴァリアでは追いつくことは難しいだろう。
森の中で開けた草原に出たドラシア。彼女はマオを叩き起こす目的で、乱暴に草原へ叩きつける。
「ほら、目覚めるのじゃ」
「――グッ!?」
背中を打ち付けたマオは激しく咳をしながら突然の起床となった。
呼吸を繰り返しながら、マオはあたりを見渡す。
レイレイたちといた場所とは異なる空間。
森に囲まれたひらけた草原。
マオはドラシアを見る。
今までのイメージと異なるドラシアの印象。
今の彼女はマオを見下ろし、冷酷な視線を向けていた。
その瞳には、嫉妬と不信感が渦巻いている。
「ドラシアさん……? どうしてこんなことを!?」
「おぬしを試す。それ以外に理由は無かろう?」
「試す?」
「おぬし……魔王じゃな? それなのに、どうしてイク……エクスカリバーはおぬしを認めるのじゃ?」
ドラシアの言葉には、マオへの敵意だけでなく、エクスカリバーへの複雑な感情も含まれていた。
魔王。その言葉を聞いたマオ。
かつてのローブを纏った女からも言われた事実。
やはり、自分はその運命から逃れられないのか。
胸に込み上げる悲しみと戸惑い。それでも、マオは否定する。
「……私は魔王じゃない。マオです」
「その言葉が本当かどうか、力比べといこうかの?」
片手の骨を鳴らすドラシア。それが戦いのスタートだった。
マオに向かって拳を叩きつけるドラシア。
その拳は炎を纏い、灼熱の熱を放っている。
マオは即座に回避し、炎の魔法で対抗する。
抉れる地面。巻き上がる土と草。双方に襲い掛かる業火の嵐。
聖剣を手に持つマオ。
震える手で剣を握りしめながらも、その表情は真剣そのものだった。
エクスカリバーを信じ、自分の意志を貫く決意が、瞳に宿っている。
聖剣は言葉が分かる。そして話せるはず。
ドラシアはそれを知っている。だから、彼女は聖剣に向けて念を送っていた。
(イクス……どうしておぬし、あの小娘を……)
しかし、聖剣の反応がない。
聖剣は意思を持たなくなったのか。
それはない。
「魔王が聖剣を持つ時代とはのう。じゃが、聖剣の中身とは話をしたのかの?」
「したよ! 認めてもらったけど、まだまだ頑張るんだ!」
(あの堅物が魔王を認めるとはのう)
今となっては古の時代となってしまった過去を回想するドラシア。
聖剣と話すことが多かった彼女だが、その様子と今の状況にいささかの違和感を覚えている。
(こやつ、ワシをわざと無視してるな?)
口喧嘩の多かった日々。
あやつはまだ、自分との腐れ縁を憎んでいるのか。
痺れを切らしたドラシアは、聖剣へ向けて声を荒げた。
「おいイクス! いつまで黙ってるのじゃ!」
「イクス? 聖剣のこと?」
『その名で我を呼ぶとは……やはり貴様、あのドラシアか』
ドラシアの声に応じて、聖剣――エクスカリバー――は声を出した。
脳内で響く聖剣の声。
久しく聞かなかった声に、懐かしさと苦々しさが入り混じる。
「寂しいのお。戦友の言葉を無視するなどとは……」
『貴様と言葉を尽くしても無意味なのでな』
「はっ、そう来るか。幾年経っても、おぬしは変わらんのう」
『変わらないのはそちらだろう。いつまでも……あの時の事を……』
「ワシがあの時、おぬしに告げた想い。それを、おぬしは踏みにじった。忘れたとは言わせんぞ」
ドラシアの声は怒りに震え、同時に悲しみも滲ませている。
「せ、戦友? ドラシアさんって、かなり昔から生きてたの?」
ローブを上げるドラシア。そこで初めてドラシアの頭を間近で見ることになるマオ。
赤みがかった艶やかな髪。そこに生えている漆黒の角。鋭く輝く竜の瞳。
それらはドラシアが人間ではないことを物語っていた。
「龍族。まさか、本当にいたなんて……」
「人間一強の世の中では生きづらくての。人の世を忍んで生活しているのじゃ」
優美な佇まいとは裏腹に、その言葉は皮肉を含んでいる。
「しかし、イクスも老いたの。そこの小娘は魔王だと分からんのか?」
『老いたのは貴様だ。我がマオを許している。この事実だけでマオが信用に足る存在だということが理解できない。老いた以外、どの言葉が適当だと言うのだ』
「……ほう?」
ぴきぴきと額に怒りを刻むドラシア。あの時と変わらぬ、エクスカリバーの強情さに業を煮やしている。
「あ、あのエクスカリバーさん?」
聖剣とドラシアの相性は最悪なのか。
それを肌で感じるマオだった。
「……時が巡っても、おぬしはずっと『あの事』を根に思っているのかの?」
ドラシアの問いに、エクスカリバーは沈黙で答える。
一方マオは、二人の会話から垣間見える"あの事"に想いを巡らせる。
昔の時代、ドラシアとエクスカリバーの間に一体何があったのか。
そのことを考えるのは目の前のドラシアを倒してからになる。
マオは剣を握りなおして、ドラシアと対峙する。
「いいの? エクスカリバーさん。ドラシアさんとはその……」
『構わぬ。今の我は聖剣。あやつと縁があろうとも、無関係だ』
「――そういうところがっ!」
飛び上がるドラシア。
彼女の手のひらから放たれる業火。まっすぐにマオへ向かっていく。
愛と憎しみが入り混じった炎だった。
「昔から気に入らないのじゃ!!」
炎を切断する聖剣。その炎を掻っ切って、ドラシアが襲い掛かる。
ドラシアの肘がマオを襲う。
剣で受け止めるマオだが、ドラシアの追撃は止まらない。
勢いそのままに後ろ回し蹴りで、マオの腕をへし折るのだ。
「グッ!!」
風を斬りながら吹き飛ばされるマオの体。
地面に打ち付ける衝撃もさながら、マオの腕に激痛が走る。
しかし、聖剣を手放すことはしない。
「マオとやら」
「……何?」
ドラシアは敵だ。敬語を捨てて、マオは彼女と会話する。
「その聖剣を置くのじゃ。ならば命の保証は約束するぞ」
「――嫌」
「……何故じゃ?」
「魔王の力じゃないから。この聖剣は……私の、私たちの想いの力だからっ!!」
涙目になりながらも、腕を回復魔法で治すマオ。
諦めない意思を感じ取るドラシア。
その聖剣にまつわる過去をマオも持っているのだろう。
だが、ドラシアも負けていない。
想いだけなら、年数はドラシアの方が上だ。
「だったら、死を覚悟することじゃ。小娘に手加減できるほど、ワシは優しくない」
「全力で来なよ……ドラシア。どんな想いがあるのか知らないけど、受け止めてみせるから!」
輝く聖剣。体の周りに炎を纏うドラシア。
聖剣を賭けた二人の戦いが今、始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます