34:謎の女性、影に潜む企み
マオ、レイレイ、エナの三人は、城下町の賑やかな通りを歩いていた。
石畳の道の両脇には、色とりどりの商店が軒を連ねている。
パン屋、肉屋、青果店、魔法道具を売る店。
それぞれの店先からは、活気ある声と、誘惑的な匂いが漂ってくる。
「わぁ、すごい人だね!」
レイレイが目を輝かせる。
彼女にとって、この活気ある町は新鮮な体験だった。
いつもは静かな学園生活を送っているだけに、この喧騒ぶりに圧倒されている。
「うんうん! いろんなお店があって、見てるだけでワクワクだよ!」
マオも同感だ。
普段味わえない特別な雰囲気に、胸が高鳴る。
「まったく……。あなたたち、初めて町に来た子供みたいですわね」
クスクスと笑うエナ。
しかし、彼女の瞳にも好奇心の輝きが隠れている。
彼女だって、こんな賑やかな町は久しぶりなのだ。
「だってエナちゃん。私は学園に来る前は、ずっと小さな村で暮らしてたんだもん。こんな場所、初めてなんだから……!」
「もちろん分かってますわ。そう言う私だって、そう頻繁に町に出るわけじゃありませんもの」
「ねぇ! どこから見ていこうかな!?」
先に進むマオ。
彼女はせわしなく視線を左右に動かしている。
どこを見ても興味をそそられ、彼女のテンションは上がる一方だった。
一行は、人込みをぬうように歩きながら、次々と店に入っていく。
魔法の杖を売る店では、レイレイがキラキラとした目で品定めをしていた。
「ねぇマオちゃん! これを使ったら、私も強い魔法が使えるようになるかな……?」
「うん、レイレイならきっとすっごく強い魔法使いになれると思う!」
「でも、その前にまずは魔法の制御方法をしっかり学ぶことが大切だと思いますわ」
エナが現実的なアドバイスをする。
レイレイは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「えへへ……そうだよね。焦らず、一歩一歩やっていかないとね」
防具を売る店では、マオが鎧を手に取り、興味深そうに眺めている。
「この鎧、軽くて動きやすそう! 冒険にぴったりだね!」
「すごいね! ギルドの人たちって、こういうのを着てモンスターと戦ってるんだよね」
「こちらの鎧なんて、一際高級そうじゃありませんこと」
エナが指差すのは、かつての勇者が装備していたと言われる鎧だった。
衝撃を和らげる効果のある希少な鉱石を、ふんだんに使用している。
さらに、魔力を跳ね返す加工も施されているようだ。
エナは鎧の近くにある説明文を、じっくりと読み解く。
「この鎧は、伝説の勇者が魔王城に挑んだ時に着用していたものを再現したと書いてありますわ。重厚感がありますけど、勇者はやはり並外れた力の持ち主だったのでしょうね……」
マオだけは、勇者と魔王の真の戦いの顛末を知っている。
だがそれをわざわざここで明かす必要はない。
今となってはそれも遠い過去の出来事。
真実を公表しても、人々を混乱させるだけだ。
「いいなぁ……私もあんな装備で戦ってみたいかも……」
改変された歴史に思いを馳せつつ、マオは鎧を見つめる。
歴史が捏造されたとはいえ、目の前にある鎧が様々な敵に対応できる優れた一品であることに違いはない。
「……まっ、今はお金もないし夢のまた夢、ってとこですわね」
肩をすくめながら、エナがつぶやく。
苦笑いを浮かべるレイレイとマオ。
遠い目標だと分かっていても、つい憧れてしまうものだ。
「でもさ、いつかはきっと私たちも……!」
「そうだね! 夢を持つのは、とっても大切なことだもんね!」
「ええ。いつか叶えられるよう、地道に頑張りましょう」
三人は互いに目を合わせ、力強く頷く。
遠大な夢を胸に、これからも前を向いて進んでいこうと誓い合う。
街角では、大道芸人が曲芸を披露している。
マオたちは、その華麗な技に釘付けになっていた。
「すごい! あんな風に体を動かせるなんて!」
「ひょっとして、魔法の力を使ってるのかな?」
「いいえ、あれはあの人の身体能力の賜物ですわ。日々の鍛錬の成果を、ああやって披露しているんです。その芸に魅了されるから、みんな足を止めて見入ってしまうんですのよ」
「なるほどね。魔法に頼るんじゃなくて、自分の力でやりきるからこそ感動的なのかー」
「エナちゃん、意外と物知りだね」
「ふふん、ちゃんと学習してますもの。私だって負けてられませんわ」
誇らしげに胸を張るエナ。
マオとレイレイは、そんな彼女を見て微笑み合う。
一行は探索を続けながら、情報収集も怠らない。
この町に立ち寄るのは今回限り。
だからこそ、できる限り手がかりを掴んでおきたい。
宿屋の主人、酒場の店員、冒険者ギルドの受付嬢……。
三人は聖樹村についての情報を、観光のついでとばかりに集めていく。
「聖樹村? ……ああ、確かに昔そんな村の名前を聞いたことがあるが……」
「どこにあるのかまでは分からんなぁ。前に探しに来た連中もいたが、結局場所が分からずに諦めていったよ」
「村の外れの深い森で、不思議な光を目撃したって話は聞いたことがあるわね。まるで、何かが私たちを呼んでいるかのような……」
断片的な情報を集めながらも、決定的な手がかりは見つからない。
古文書に記された村だけに、その存在があやふやなのは仕方のないこと。
それでも、諦めるわけにはいかない。
三人の様子を、一人の女性が興味深そうに眺めていた。
深紅のチュニックに身を包んだ、謎めいた雰囲気の女性だ。
(聖樹村? あの娘たちが……探してるのかの?)
かつて存在した村を探す三人の少女。
それだけであれば、女性は気にも留めなかっただろう。
しかし、三人がそれぞれ女性の興味を引いていた。
(あれはまた……懐かしいオーラじゃの)
快活な少女――マオ――の雰囲気。
元気な彼女に呼応して赤いツインテールが飛び跳ねている。
その外見、一見はただの少女のように見える。
しかしその実、纏っているオーラが黒く歪んでいるのだ。
それは、女性もかつて目にしたことのある、魔王のオーラとそっくりだった。
(彼女もまた、負けず劣らず面白い娘じゃのう)
次に、ボブカットの真面目で利発そうな少女――エナ――。
彼女は逆にオーラが無かった。
まるで、無を体現するかのような、人間でない何かのような。
人間のそれとは、明らかに違う。
少女の様子から予想もつかないほどの不思議を秘めている。
(最後は……ほう。精霊魔法の素質があるではないか。しかし、開花はしていない……まだまだじゃな)
そして、ウェーブがかかった黄色の髪が揺れる優しそうな雰囲気の少女――レイレイ――は特別だった。
現在では扱える人間が少ない、ほぼ失われた魔法……精霊魔法。
それを扱う素質のある少女だったのだ。
今は眠っているが、目覚めれば計り知れない力を発揮するだろう。
常人には見えないそのオーラが、女性の燃えるような瞳には映っていた。
(あの三人。少しばかり付き合ってみるのも面白そうじゃな……)
女性はフードを深く被り直す。
上着である黒のベストに隠された頭巾で、素性を隠しながら一行の後をつけていく。
歩き疲れたマオたちは、噴水広場のベンチにて一休みすることにした。
ベンチに座ったマオは大きく足を伸ばし、筋肉を休めていた。
「ふぇー! 久しぶりだよ! こんなに歩いたの!」
「そうだね。ねえ、マオちゃん……」
俯きながら、恥ずかしそうにマオに話しかけるレイレイ。
マオは彼女の悩みなぞいざ知らず、首を傾げている。
「どしたの?」
「私……お腹空いちゃった……」
「――ふふっ」
レイレイの告白に、思わず笑うマオ。
彼女はすぐにレイレイの気持ちに同意する。
「私もだよレイレイ! ねぇエナっち、どっか食べに行こうよ!」
「私も異論ありませんけど……ヴァリアさんは待ちませんの?」
「――あ、そうだった」
「で、でもでも! 観光するならちょっとした買い食いくらいはしてもいいよね?」
「まあ……何も食べず飲まずはちょっと寂しいですものね」
「よし! それじゃレイレイにエナっち、どこかへ食べに行こう!」
「うん! 何か食べ物探しに行こうって思ったら、歩く元気出てきた気がするよ!」
ベンチから立つ三人。
今度の行き先は食べ物探し。
情報収集は一旦中断し、彼女らは自分たちの欲望のために歩き出す。
(――チャンスじゃな)
その様子をずっと伺っていた女性。
ローブの中に隠された彼女の表情はにやりとしている。
歩いた三人の後ろにササっと追尾する。
良く見えないようにしながら、そこでレイレイのポケットから学生証を抜き取るのだった。
そして、わざとらしくマオたちに呼びかけるのだ。
「おぬしたち、少し待つのじゃ」
「はぇ……?」
マオが怪訝そうに振り返る。
旅の疲れもあってか、その反応は鈍い。
今の彼女は、敵が襲い掛かって来た場合も同じ返事をするだろう。
女性はレイレイをじっと見つめ、手に持った学生証を差し出した。
「これ、おぬしたちのだろう? ベンチの下に落ちておったぞ」
「え!? あ、私の学生証……!」
レイレイは驚いて自分のポケットを探る。
案の定、学生証はそこにはない。
「あの、本当にありがとうございます! 大事なものなので助かりました!」
「危なかったねぇ、レイレイ! 私からもお礼言わせて下さい! ありがとうございます!」
二人は口々に女性にお礼を告げる。
だがエナは、一つの疑問を抱いていた。
(マオさんならともかく……レイレイさんが、大事な物を落とすなんて……?)
『おぬしたち』。女性はそう発言したにもかかわらず、最初の視線は確実にレイレイへと向けられていた。
マオが先に反応したにもかかわらず、だ。
まるで、学生証の持ち主が予め分かっていたかのように。
なお、エナたちの通う学園では、学生証だけでは名前は分かっても顔は分からない。
(ベルカナンのこともありますし……この人、要注意ですわね)
マオたちに遅れて頭を下げるエナ。
その目は、すでに女性を警戒するように細められていた。
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