33:歪な愛嬌

 穏やかな昼下がり、学園の一角に一人の少女が佇んでいた。

 ふいに、その少女に声をかける人物がいる。

 見慣れた黒いローブに身を包んだ、例の女性――ベルカナンだった。

 ベルカナンの瞳には、黒い炎が揺らめいていた。


「こんにちは。ハーピーの洞窟以来ですね。お元気そうで何よりです」


 ベルカナンの言葉に、少女は潤んだ瞳で上目遣いに彼女を見つめる。

 そして、甘えるような声音で返した。


「あっ! ベルカナンお姉ちゃん、こんにちは!」


 甘えるような口調でベルカナンへと近づく。

 歩く仕草一つとっても、少女からは愛嬌が溢れ出ている。

 洞窟で出会った時とは、まるで別人のようだ。


「ベルカナンお姉ちゃん、今日はどうしたの? アイミーに会いたくなっちゃった?」


 少女は自らの名をアイミーと名乗り、小さな手でベルカナンのローブを引っ張る。

 その仕草は実に自然で、本物の妹のようにも見える。


 だが、ベルカナンにはその行動が不自然に映った。

 洞窟であの少女と出会った時の印象が、あまりにも違いすぎる。


(これが、彼女の学習結果の一つなのでしょうね……)


「んー? 私に何かついてる?」


 アイミーはベルカナンに寄り添い、そのまま抱きついた。

 しかし、ベルカナンの表情に変化がないことから、困ったように眉を下げる。


「うーん……どうしたのかな? アイミーのこと、嫌いになっちゃった?」


「いつまでその演技を続けるつもりですか? アイミー」


 ベルカナンがため息をつくと、アイミーの表情が一変した。

 愛らしい仮面が剥がれ落ち、そこには洞窟で見せたような冷酷な素顔があった。


「演技じゃないよ」


 アイミーの瞳は無機質に輝き、まるで人形のようだった。


「これは成果。私に懐いていた愛らしい妹を、徹底的に学習した結果」


「……その妹を、あなたは殺した」


「うん。もう得るものは無いし、邪魔だったから。報酬として服は貰ったけどね」


 その言葉には、殺した少女への罪悪感など微塵も感じられない。


「その制服は?」


「ん~これ? そこら辺の冒険者を殺して、手に入れたお金で買ったの」


 涼しい顔で答えるアイミー。

 非道な行いを、まるで当たり前のように言う。


「学園に入る前に余計な騒動は起こさない。最低限の常識は兼ね備えているのですね」


「学園の情報は『姉』から盗み見したから。先生ってのが騒ぐんでしょ? 厄介だから全員殺したいんだけどね」


「それにしても、姉、ですか」


 ふふっと笑うベルカナン。


「当の本人に、全くその気が無くとも?」


「それは『学習』してないだけ。この欠片で妹が居ることを『学習』する。可愛らしいアイミーって妹をねっ!」


 アイミーは手に持った小さな石の結晶片をベルカナンに見せる。

 淡く、くすんだ空色の輝きを放つそれは、何か特別な力を秘めているようだ。


「なるほど。その欠片が新たな技術ですか」


「狙いが難しかったから廃れたこの拳銃も、この欠片で学習すれば容易に操れるんだよっ!」


 拳銃を取り出すアイミー。

 いたずら心が芽生えたのか、彼女はベルカナンに向かって銃口を向けた。


「でも、そんな欠片を使っても、拳銃の弱点は変わらないでしょう?」


 すかさず、ベルカナンが炎魔法を拳銃に放つ。

 拳銃は内部で火花を散らし、アイミーの目の前で生涯を終えた。


 アイミーがくすりと笑う。

 その笑みには、どこか不気味な雰囲気が漂っている。


「拳銃はあくまでアピール。私たちはこんなに凄いことができるよってね。でもねベルカナン――」


 銃を捨てながら得意げに言うアイミー。

 だがふと、彼女は寂しげな表情を見せた。


「マオも『お姉ちゃん』も、誰もいなかったんだよ……!」


 大げさに泣きまねをするアイミー。

 まるで芝居のようだが、それすらも学習の成果なのだろう。


 ベルカナンは複雑な思いを抱きながら、アイミーを見つめている。

 彼女の存在には、奇妙な違和感があった。


 まるで、人間というよりも、何かの人形のようだ。


「だから、楽しみなの。お姉ちゃんとマオに会えるのが」


 泣き顔から一転、アイミーの瞳に狂気の色が宿る。


「――どうやってマオを殺すか……色々考えられるから」


 愛着が湧いてくる表情から放たれる暴力の言葉。

 歪な本性を隠し切れないほど、今の少女は邪に染まっている。


「ねぇ、マオが死んでも構わないの?」


「ええ。構いませんとも」


「でも、ベルカナンの目的って魔王の復活でしょ? マオが死んだら達成できないよ?」


 挑発的に問うアイミー。

 しかしベルカナンは、飄々とした態度で切り返す。


「マオには魔王の力を存分に使って欲しいのです。そのためにはマオを、死の淵まで追い込まなければなりません」


 ベルカナンの脳裏に、過去の記憶がよぎる。

 マオを窮地に追い込むため、看板に細工を施してフォレストゴーレムと戦わせた。

 マオの憧れるヴァリアをたぶらかし、彼女と殺し合いをさせた。


(ですが、魔王の力より友情を信じるのは予想外でしたね。ですから……)


「友情を信じるマオの心を壊す。そのために、あなたの力が必要なのですよ」


 冷酷に告げるベルカナン。

 その言葉に、アイミーの瞳が妖しく輝く。


「ふふっ、私に任せて。マオの心も体も、めちゃくちゃにしてあげる」


 狂気に歪んだ笑みを浮かべるアイミー。

 彼女なりの、歪んだ愛情表現なのだろう。


「それに、万が一マオが死んでも大丈夫だもんね。ベルカナンは、また数百年後まで待てばいいだけだもん」


「そう。時間はいくらでもあります。焦る必要はないのです」


 二人の会話からは、非情な冷酷さが滲み出ている。

 彼女たちにとって、人の命など無価値なのだ。


「いやぁ、不老不死ってホント考え方が違うんだね!」


 アイミーは大げさに驚いた素振りを見せる。

 だが、その目には一片の感動も宿っていない。


「お褒めの言葉として、受け取っておきます」


 皮肉を込めて答えるベルカナン。

 そして、もう会話を続ける気力も失せたのか、アイミーに背を向けた。


「バイバイするんだね!」


「ええ、さようなら」


 ベルカナンはそう言い残し、その場を立ち去る。

 残されたアイミーは、不敵な笑みを浮かべている。


(ふふっ、これからが楽しみだね。マオ、お姉ちゃん)


 アイミーの脳裏に、歪んだ欲望が渦巻いていた。

 それは、彼女の暴走を止められるものは何もないと告げているようだ。


 ベルカナンもまた、新たな企みを巡らせていく。


(学園はアイミーがいる。では、外は新人の『彼』に役立ってもらいましょうか……)


 白昼堂々と悪事を企む、ベルカナンの唇が意地悪く歪む。


 こうして学園には、狂気の種が蒔かれた。

 純真な少女を装うアイミーという存在が、暗躍を始める。


 マオたちの平穏は、いつまで続くのだろうか。

 彼女たちの運命は、再び暗く歪められようとしていた。

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