32:城下町に到着!
マオたちの旅は数日間続いた。
ヴァリアの指導のもと、彼女たちの野宿も次第に上達してきていた。
「よし、ここからは馬車を降りて、城下町へ向かうぞ」
ヴァリアの言葉に、一行はようやく目的地が近づいたことを実感する。
目の前に広がるのは、城下町のすぐ手前に位置する馬小屋が連なる施設だった。
「ここで馬車を預けるんですね」
レイレイが不思議そうに尋ねる。
彼女にとって、こういった光景は初めて目にするものだった。
ヴァリアは頷きながら、御者台から身軽に飛び降りた。
「そうだ。城下町では馬車の乗り入れが制限されている。多くの商人や町人が行き交う町中で、大型の馬車が縦横無尽に動き回ったら大変だからな」
「だから城下町の入り口にこういった施設があるんですね」
レイレイが合点がいったように呟く。
「でも、あの馬車は中に入っていくよ?」
マオが指差す先には、マオたちが乗っていたものよりも格段に豪華な装飾が施された馬車が、堂々と町の中へと進んでいく。
「マオさん。多分、あれは王室の人たちですわね」
エナが説明する。
彼女の言葉には、確信が滲んでいた。
「王室……」
マオは感心したように呟く。
王室の人々が馬車で街を移動する光景は、マオにとって新鮮なものだった。
「ええ。王様やお姫様が街中を歩くわけにはいきませんもの」
「エナの言う通りだ。襲撃者に対する一種の防衛策とでも言える。そして、あの馬車が街中にいる。中には王室の方が乗ってる。善良な市民はそれだけで、周囲を警戒してくれるおまけ付きだ」
「なるほどー……」
マオは納得した様子で頷く。
「それにしても――」
エナが気になることを口にする。
彼女の視線は、マオに向けられている。
「何? エナっち?」
「マオさんって、意外と疎い部分があるんですわよね」
「んー……エナっち、それ私が無知だって言ってる?」
マオが不満げに尋ねる。
彼女は少し頬を膨らませ、エナを睨みつけている。
「いいえ。何も知らないマオさんが可愛いって言ってますの」
エナは冗談めかして言う。
その口元には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。
「もー、エナっちったら意地悪! ……でも、可愛いって言ってくれたんだから許してあげる!」
マオは上機嫌だ。
彼女はエナの言葉に、すっかり御機嫌になっている。
「ちょろいですわね」
「え? 今なんて?」
「なんでもありませんわ。ほら、もう城下町の入り口が見えてきましたわよ」
マオとエナのやり取りに、レイレイとヴァリアは顔を見合わせて苦笑する。
「あの二人、いつもああやって仲良くじゃれ合ってるんです」
「ああ、見ていて微笑ましいな」
四人は城下町へ向けて、石畳の道を歩いていく。
目に飛び込んでくるのは、堂々たる城壁の佇まい。
見上げるような高さの石壁は威圧感に満ちており、物見櫓から兵士たちが町を見下ろしている。
「わぁ……すごい……! こんな大きなお城、初めて見たよ……!」
マオは思わず声を上げる。
彼女の瞳には、畏敬の念が宿っている。
レイレイもマオと同じく、その雄大な光景に圧倒されている様子だった。
彼女は息を飲み、言葉を失っているようだ。
「初めて見る光景か?」
ヴァリアが三人に問いかける。
彼女は三人の反応を見て、嬉しそうに微笑んでいる。
こくりと頷くのはレイレイ。
「は……はい。私、田舎の小さな村出身なので」
「私はそんなに。こういう城は記憶にありますもの」
エナは淡々と答える。
彼女にとって、城の光景は珍しいものではないようだ。
「そうか。……マオは?」
ヴァリアの問いかけに、マオは反応しない。
彼女は城の厳格さに目を奪われ、三人の会話が耳に入っていないようだ。
「ふふっ。ほら、そろそろ行くぞ」
ヴァリアがマオの背中をポンと叩く。
彼女の手には、優しさが込められている。
「へっ!? あ、う、うん!」
我に返るマオ。
彼女は慌てて、ヴァリアに返事をする。
三人が出身地の話に盛り上がっているのを聞きながら、マオも自分の故郷を思い出す。
しかし、彼女の脳内に広がる光景はない。彼女にあるはずの過去が、真っ白に塗りつぶされている。
(私、学園に来る前はどこで何をしてたんだっけ……?)
だがその疑問も、活気に満ちた街の喧騒に紛れて消えていった。
城下町に足を踏み入れた一行の目に飛び込んできたのは、活気に満ちた賑やかな光景だった。
石畳の道の両脇には商店や露店が所狭しと並び、往来する人々の喧騒が絶えない。
「わぁ、何だかすごいにぎやか!」
マオが目を輝かせる。
「これが城下町の日常なんだ。村とは全然違う……!」
レイレイも感嘆の息を漏らす。
「本当に活気がありますわね。こんなに賑わってるなんて」
エナの口調にも、嬉しそうな響きが込められている。
そして、どこかから漂う香ばしい匂いがマオの鼻をくすぐる。
「……これ、焼き立てパンの匂いだ!」
「匂いで分かるなんて、さすがはマオさんですわね」
エナが感心したように言う。
彼女の声には、からかうような響きが混じっている。
「エナっち、それ私が食いしん坊だって言ってる?」
マオは疑わしげだ。
彼女はエナを睨みつけ、不満げに尋ねる。
「いいえ。鼻をクンクンするマオさん、とっても可愛いって言ってますの」
エナは微笑む。
その笑顔には、愛らしさが滲んでいる。
「と、とっても可愛い? しゃーない、許しちゃおう!」
マオは照れくさそうに言う。
彼女の頬は、ほんのり紅潮している。
「……やっぱりちょろいですわね」
エナは小さく呟く。
彼女の口元には、楽しげな笑みが浮かんでいる。
マオとエナのユーモアを交えた掛け合いに、レイレイとヴァリアは優しい眼差しを向ける。
彼女たちのやり取りは見ていて飽きない。それが二人の絆の強さの証なのだ。
通りを歩く人々の会話も賑やかであり、マオたちにとっては新鮮だった。
商人同士が値段を競り合う掛け声、町で暮らす人々の噂話、冒険者たちの武勇伝。
まるでシンフォニーのようだとマオは感じた。
「さて……」
ヴァリアは立ち止まる。
この国に来た目的を確認するため、依頼書を懐から取り出す。
依頼内容は、この町の鍛冶屋からドラゴンハートという特殊な鉱石を受け取ること。
鍛冶屋の名前を見て、ヴァリアは喜びに顔をほころばせる。
「懐かしいな。数奇な巡り合わせとでも言うべきか……」
「どしたのヴァリア先輩?」
マオが尋ねる。
彼女の声には、好奇心が溢れている。
「ああ。仕事の内容を確認してたんだ」
「仕事!? 私、手伝うよ!」
手を挙げるマオ。
少しでも憧れの先輩の力になりたい。その想いは本物だ。
しかし、ヴァリアはマオの提案を遠慮していた。
「大丈夫だ。簡単な仕事だからね」
「簡単?」
「鍛冶屋に行き、ある鉱石を貰い受けるだけだよ」
「へー、それじゃ、ヴァリアさんの仕事って、本当にレイレイさんの用事の『ついで』って感じなんですわね」
「だから、三人は観光気分でこの町を回ってみるといい」
「観光ですか。いいのかな?」
レイレイは少し戸惑いを見せる。
彼女は自分の目的を思い出し、罪悪感を覚えているようだ。
精霊魔法の制御方法や手がかりを探すために、多くの人が手助けしてくれた。
その事実を認識しているレイレイは、いささか『遊ぶ』ことに抵抗を感じているのだ。
だが、ヴァリアはそんな彼女に言葉を紡ぐ。
「知らないものを見て、知見を広めるのも勉強の内だ。だから、気兼ねなく見て回ってくれ」
「学ぶことは悪いことではありませんわ、レイレイさん」
エナも同意する。
彼女の言葉には、レイレイを励ますような優しさが込められている。
「エナちゃん……。うん、分かった。色々見て、勉強するよ」
レイレイは微笑む。
彼女の表情には、決意の色が浮かんでいる。
「その意気だよレイレイ! じゃあ先輩……私たち、色んなところ見に行くよ」
マオが元気よく言う。
彼女の声には、期待に満ちた高揚感が滲んでいる。
「ああ。――っと、忘れるところだった」
ヴァリアが何かを思い出したように言う。
彼女の表情には、真剣さが宿っている。
「ん? どうしたの?」
「マオの持つ聖剣なんだが、少しだけ貸してもらえないか?」
「いいよ!」
何の疑問なく、マオはヴァリアに聖剣を手渡す。
彼女の行動には、ヴァリアへの強い信頼が表れている。
今の聖剣は放っていた輝きは鳴りを潜め、一見すると装飾品が豪華な普通の剣にしか見えない。
だが、その中には計り知れない力が秘められているはずだ。
「ヴァリアさん。一応聞かせてもらいますけど、目的はありますの?」
エナが尋ねる。
彼女の声には、不安が滲んでいる。
「この聖剣……廃墟で見つかったんだろう?」
「うん。そうだよ!」
「見た目は問題なさそうだが、鍛冶屋にも寄るし、念のため見てもらおうと思ってね」
ヴァリアは真摯に答える。
その言葉には、マオたちを気遣う優しさが込められている。
「信頼できる鍛冶屋ですの?」
エナは少し心配そうだ。
彼女の瞳には、疑念の色が浮かんでいる。
過去に魔王を討伐した聖剣。何故廃墟に放置されていたのかが疑問に残るが、そんな伝説を残した剣を見れば、どんな人間だって魅了されるはずだ。
そして、それが鍛冶屋や商人ならなおさら。上手く言いくるめられて盗まれるかもしれない。
エナの穿った見方に対して、ヴァリアは真摯に頷く。
「――知り合いなんだ。その鍛冶屋は」
その力強さに、エナも納得をする。
「なら、大丈夫そうですわね」
「ねねっ! あっちの方に行ってみようよ! 面白そうだよ!」
マオが興奮気味に言う。
洋服や宝飾品を扱う店が立ち並ぶ通り。
見たこともないような珍しい商品が並ぶ露店。
見世物小屋から漏れ聞こえる怪しげな音楽。
どれもこれも、マオの好奇心をくすぐる。
レイレイとエナも、マオの提案に乗り気だ。
「うん! 行ってみたいな」
「わたくしも興味ありますわ」
三人は意気揚々と、探索の旅に出発した。
ヴァリアは微笑みながら、彼女たちの後ろ姿を見送る。
(いい経験になるだろうな)
そう思いながら、ヴァリアは鍛冶屋への道を歩き始めた。
懐かしい人との再会を心待ちにしながら。
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