31:聖剣を持つ資格

 動物たちも静まり返るほどの夜中。

 ヴァリアは一人起きて、見張りを行っていた。


 今日一日で、マオたちに基本を叩き込むことができた。

 明日からは準備時間は睡眠に費やし、夜の見張りが行える。


「……あの時の経験も生きるものだな」


 ヴァリアは過去を思い出す。


 自分の力不足を嘆き、過酷な状況に身を置くことで強くなれると思ったあの日。

 人生初の野宿の時、暗がりの中で泣きながら歩き回り、結局木の上で寝ることになったこと。


 食料が無く、一か八かで野草を食べて死にそうになったこと。

 恐ろしいモンスターや盗賊と遭遇し、力不足を痛感したこと。


 油断して寝てしまったことで、有り金を盗られたこと。

 様々な経験が確実に糧になっていることを、ヴァリアは今日悟った。


 そのおかげで、彼女はマオたちを選んだことへの確信を強めた。


(やっぱり、あの親よりもマオたちと生きる方が、私の性に合ってるんだ……)


「先輩?」


 ふいに、背後から声がする。


「ん? マオか?」


 振り返ると、そこにはテントから抜け出したマオの姿があった。

 彼女の瞳からは眠気が感じられない。


「何か眠れなくて……」


 マオはヴァリアの隣に腰を下ろし、夜空を見上げた。


 漆黒の夜空に輝く無数の星。

 神々が散りばめた宝石のような星々は、様々な色や明るさで瞬いていた。


 星空に照らされて、暗がりの地上にかすかな光がささやく。

 夜の静けさの中、神秘的な星空は存在感を放っていた。


 微風が髪をなびかせる。マオは気にも留めない。


「先輩、これ」


 マオは剣を取り出す。

 その剣は、マオを認め、ヴァリアを救った聖剣エクスカリバーだった。


「マオ……」


 剣を見つめるヴァリア。その瞳に、複雑な感情が浮かぶ。


「やっぱり、聖剣は勇者が持つべきかなって! 私はほら……魔王の生まれ変わりだし!」


 自虐的に笑うマオ。


「マオ、それは……」


 しかし、マオはヴァリアの言葉を遮る。


「先輩こそ、この剣を持つべきだと思うんだ。私なんかよりも、ずっと……」


 マオの声は震えている。自分が魔王の生まれ変わりだという事実。それが、彼女の心に重くのしかかっているのだ。


 しかし、ヴァリアはその剣を受け取らない。


「それは君が持つべきだ。マオ」


「そうかな?」


「私はまだ、その剣を持つ資格がない」


『その通りだ。末裔だろうと、我はまだ貴様を認めていない』


 聖剣の言葉に、マオは頬を膨らませる。


「あっ! エクスカリバー! 二人きりのいいところなんだから喋らないでよー」


 微笑しつつも、聖剣の評価をヴァリアは真摯に受け止めている。


「あの、さ……もし、もしもの話なんだけど」


「何かな?」


「私が……本当の意味で魔王になっちゃったら――」


 今までヴァリアの目を見て話していたマオ。

 そんな彼女がヴァリアから目を逸らして会話を続ける。


「――ヴァリア先輩が殺して」


「マオ……」


 ギュッと自分の身体を抱きしめるマオ。

 身体を包む指には、微かな震えが見て取れる。

 その様子に、ヴァリアの心が痛む。


 だから、ヴァリアは肩を寄せてマオを抱き寄せた。


「そんなことはさせない。マオは殺させない。私が助ける」


「先輩……」


 フッと笑いかけるヴァリア。


「――君が私を助けてくれたように、ね」


「……うん」


 マオは安堵の表情を浮かべる。

 ヴァリアの温もりに包まれ、彼女の不安は少しずつ溶けていく。


 夜中。この時間帯でしか語り合えないことがある。

 マオはヴァリアの胸の中で、暖かな気持ちでいっぱいになっていた。


「先輩……本当のお姉ちゃんみたい……」


「こんな私で良かったら、いつでも」


「……ん」


 いつしか、すやすやと寝息を立てるマオ。

 その無邪気な寝顔を見つめながら、ヴァリアは微笑む。


 過去の野宿では味わえなかった、心の繋がりを感じる瞬間だった。

 ヴァリアにとって、かけがえのない仲間との絆。

 それが、彼女の人生に新たな意味を与えてくれている。


 星空の下、二人の絆は静かに深まっていく。

 新たな一日が訪れるまで、ヴァリアは見守り続けていた。


 朝日が昇り、キャンプ地に光が差し込む。

 マオの目がゆっくりと開かれる。


「……ん……あれ? 私、いつの間に……」


 自分がヴァリアに抱かれて眠っていたことに気づき、マオは頬を赤らめる。


「よく眠れたかな?」


 ヴァリアが優しく微笑む。


「う、うん……ありがとう、先輩」


 照れくさそうに答えるマオ。

 彼女の心には、ヴァリアへの信頼と尊敬の念がいっぱいだ。


 テントから出てくるレイレイとエナ。


「おはようございます!」


「……あら? 二人ともどうしたんですの?」


 エナが不思議そうに尋ねる。


「別に何もないよ! ねえ、先輩!」


「ああ、そうだな」


 マオとヴァリアは顔を見合わせ、笑う。

 夜の出来事は、二人だけの秘密だ。


「???」


 首を傾げるエナとレイレイ。

 だが、マオとヴァリアの笑顔を見て、それ以上は追及しないことにした。


「さあ、朝食を済ませたら出発だ」


 ヴァリアが言う。


「はーい!」


 マオが元気よく返事をする。

 新たな一日が始まる。


 四人は手早く朝食をとり、荷物をまとめる。

 馬車に乗り込み、再び旅路についた。


 広大な景色が窓の外に広がっていく。

 果てしなく続く草原。時折見える、奇岩が連なる山脈。

 大空を悠然と飛翔する鳥たち。


 見るもの全てが新鮮で、マオたちの好奇心を刺激する。


 四人の会話が弾む中、馬車は順調に進んでいく。

 天候にも恵まれ、旅日和が続いている。


 ヴァリアの的確な判断と、仲間たちの協力があれば、この旅もきっと成功するだろう。

 聖樹村を目指して、マオたちの冒険は続く。


 青空の下、風に吹かれて草原を駆ける馬車。

 その中で語らう四人の姿は、まるで絵本の一コマのように眩しかった。


 新たな出会いと発見を求めて、少女たちは未知なる世界へと歩みを進める。

 強い絆を胸に、それぞれの思いを乗せて。


 今日も、彼女たちの旅は続いていく。

 大地を踏みしめる馬の蹄の音が、冒険の高揚感を奏でているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る