30:初めての野宿!

 四人を乗せた馬車は一定のスピードで道を進む。

 御者台に乗っているヴァリアの手綱さばきにもよるが、馬自体も魔法によって強化されており、学園からはあっという間に遠ざかっていた。


 太陽が西に傾き始め、柔らかな夕陽が地平線を染め始める頃、ヴァリアは平坦な場所へ馬を誘導させ、馬車を止めた。


「今日はここまでだな」


 ヴァリアの力強い声が、一行の耳に届く。


 まだ夕暮れとなるには少し時間があるが、彼女の判断で旅の一時中断が決定された。

 当然、マオやエナは疑問を呈する。


 窓からひょっこりと二人が顔を覗かせた。


「え? まだまだ進めるよ?」


 マオが不思議そうに首を傾げる。


「マオさんの言う通りですわ。暗くなってから準備してもいいのではなくて?」


 エナも同意見だ。

 二人の疑問に満ちた視線を受け、ヴァリアは説明を始める。


「いや、野宿の準備は意外と時間がかかるんだ。しかも、暗くなってから準備なら遅い。最低でも夕方には場所を確保した方がいい」


 ヴァリアは御者台から降りながら、マオたちを見つめる。


「それに、初心者が三人もいる。となれば、ゆっくり準備したとしても無駄な時間にはならない」


 彼女の言葉に、三人は納得の表情を浮かべる。


「なんか、手慣れてますわね」


 エナが感心したように呟く。

 その言葉に、ヴァリアは自虐的に笑みを浮かべる。


「……野宿の経験はあるんだ」


「えぇっ!? 先輩ってそんな経験まであるの!?」


 驚くマオ。その瞳は好奇心に輝いている。


「なるほど……」


 合点がいったエナ。

 ヴァリアが旅に加わったのはこういった経験もあるからか。

 彼女の知識と技術は、旅を安全に進める上で欠かせないものだろう。


 すでにヴァリアは野宿の準備に取り掛かっている。

 真っ先に降りたマオは、ヴァリアを手伝う。ヴァリアの指示により、マオは野宿の知識を得ていく。


 ヴァリアはエナとレイレイにも、それぞれ仕事を割り当てる。


「エナが持っていた武器は遠くから戦えていたな」


「それが何か?」


 エナが不思議そうに尋ねる。


「もし、近くに兎型の魔物がいれば食用になる。近くを探して、いれば狩猟してくれないか? ただ、遠くには行かないこと」


 ヴァリアの言葉に、エナは一瞬戸惑いを見せる。


「え、ええ。分かりましたわ」


 まさか、今日に銃を引き抜くとは思っていなかったエナは面食らいながらも、合理的なヴァリアの判断を信じ、近くの草原へと向かう。


 大口を開けて、周囲の草を食む兎型の魔物の群れ。静かに近づき、エナは銃を構える。

 魔力を込めた弾丸が、一瞬で魔物の急所を貫く。


「レイレイはマオと一緒にテント作りだ」


 ヴァリアの指示に、レイレイも素直に頷く。


「はい、分かりました」


 レイレイも素直に頷く。


 テキパキと指示を下すヴァリア。

 彼女の手慣れた行動で、野宿初心者の三人でも、夕暮れ前に準備を済ますことが完了した。


 目的の兎をエナが仕留めたこともあり、その日の夕食は焼いた兎肉となった。

 寮の食事とは異なる野性的な味。

 そして、焚火を囲んで食べるいつもと違う状況。


 新鮮な味覚を味わうことが出来ていることで、マオたちは美味しく食べている。


「美味しい! こんな味、初めて!」


 マオが感激の声を上げる。


「普段は味わえない雰囲気ですわね」


 エナも嬉しそうだ。


「みんなで食べるご飯は美味しいね」


 レイレイの笑顔が焚火に照らされる。


 彼女たちの楽しげな様子を見て、ヴァリアも微笑んでいた。

 空腹を満たし、会話に花を咲かせる四人。

 野宿ならではの団欒に、心が温まる夜だった。


「ヴァリアさん」


 エナがヴァリアに声をかける。


「どうした? エナ」


 ヴァリアが振り返る。


「こういうのも悪くありませんけど、食料なら学園から持ってきたものもありましたわ。わざわざこうして狩猟しなくても良かったのではありませんの?」


 エナが疑問を投げかける。

 確かに、学園で支給された食料は豊富にある。今すぐ狩猟をする必要はないのかもしれない。


「まあ、確かに。でも、日持ちがする食料は出来るだけ後回しにしておきたい。旅は何が起こるか分からないんだ」


 ヴァリアは真剣な眼差しで答える。

 彼女の言葉には、経験に裏打ちされた説得力があった。

 いざという時のために、備えを怠らない。それが長旅を生き抜く知恵なのだ。


「今日はどのくらい進めたの?」


 マオが尋ねる。


 ヴァリアは地図を広げ、地形を指で追っていく。

 目的地にはまだ程遠い距離だった。


「あと数日はかかるな。けど、仕事を請け負った国は聖樹村の通過点だから、国は途中の休憩場の認識で構わない」


 彼女の言葉に、マオは頷く。


「聖樹村……。ヴァリア先輩、その地図は?」


 レイレイが地図を覗き込む。

 地図には、赤いインクで村の位置が示されている。


「これは先生から貰ったものだ。古文書に書かれてあったことから、先生が推測で印をつけている」


 ヴァリアが説明する。


「やっぱり、正確な場所は分からないんだ……」


 レイレイの声に不安が滲む。

 精霊魔法の情報を求めて旅をしているのに、肝心の村の場所が曖昧では心もとない。


 だが、情報の出どころが古文書である以上、現代の地図上でその位置を正確に特定することは難しい。

 古の時代から長い年月が経過する間に、地形は変化し、国境や地名も移り変わっていく。


 伝承となった聖樹村を、今の地図上に落とし込むのは至難の業だ。

 今はただ、わずかな手がかりを頼りに村を探し当てるしかない。


「数日探して、無かったら諦める。一応、そのような予定となっている」


 ヴァリアは厳しい現実を告げる。

 だが、彼女の瞳には諦めの色は見えない。


「でも、絶対に見つけよう! レイレイのためにも!」


 マオが力強く宣言する。

 彼女の言葉に、レイレイの目に希望の光が宿る。


「ええ、わたくしも全力で探しますわ」


 エナも賛同の意を示す。


「みんな……ありがとう」


 仲間たちの支えがあれば、きっと大丈夫。

 レイレイはそう信じることができた。


「さて、そろそろ寝ることにしよう。明日も早いからな」


 ヴァリアが立ち上がる。

 夜も更け、星が瞬く夜空が広がっている。


「そうだね。おやすみなさい、みんな」


「おやすみなさい」


「良い夢を」


 焚火を囲んだ会話はお開きとなり、一行は眠りにつく。

 満天の星空の下、静かな夜が更けていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る