29:いざ!神秘の地へ!!

 出発まであと一日。

 マオたちの旅の噂は、クラス中に広まっていた。

 それもそのはず、彼女たちの目的はレイレイの魔法に関するもの。

 レイレイと共に学び、暮らしてきたクラスメートたちは、彼女の魔法について大いに関心を寄せていた。


 加えて、昨日のヴァリアが親から勘当された話題も相まって、クラス内は連日の出来事に沸き立っている。


 登校したレイレイに群がるクラスメートたち。

 彼らは思い思いに言葉をレイレイに投げかける。


「レイレイちゃん、魔法使えるようになったんだって!?」


「う、うん。一応、制限はあるんだけど……」


「良かったなぁ。ずっと心配してたんだぞ」


「えへへ、みんな気にかけてくれてありがとう……」


「旅に出るんでしょう? レイレイさん、気を付けてね」


 こくりと頷くレイレイ。

 今日のクラスの主役は、間違いなく彼女だった。


 その主役に近づくことも憚られるのか、マオはエナの席の近くでだらけていた。

 エナが開く教科書の上に、お菓子を乗せて一見彼女の邪魔をしているように見える。

 が、勉強の合間にリラックスしてほしいという、マオなりの気遣いだった。

 エナにとっては余計なお世話かもしれないが。


「みんな嬉しそうで良かったね……」


 マオが呟く。


「そうですわね。でも、ちょっと意外でしたわ」


 ノートに要点をまとめていくエナ。

 彼女はマオが置いたお菓子を少しずらして、ノートに内容を追記していく。


「レイレイさんのこと、みんなこんなに心配してたなんて」


「当たり前だよ。だって、レイレイはいつもみんなに優しいから」


 マオは誇らしげに言う。

 確かに、レイレイの穏やかで親切な性格は、クラスメートからも慕われている。


「あらー? それじゃ、マオさんがいつもレイレイさんと一緒だから、他の子が話しかけづらかったのかしら?」


 エナがからかうように言う。


「え……そ、そうかも……」


 エナの言葉に、マオは少しショックを受ける。

 確かに、自分だけがレイレイを独占していたきらいはあった。

 みんなはもっとレイレイと仲良くなりたかったのかもしれない。

 そう考えると、マオの胸に小さな罪悪感が芽生える。


「――冗談ですわ」


 真剣な表情で考え込むマオに、エナは人差し指でほっぺをつつく。


「にゃ!?」


「一番の理解者だったあなたが頑張ったから、レイレイさんが潰れずに素質が分かったんですもの。レイレイさんも感謝してますわ」


 エナは優しく微笑む。

 その言葉に、マオの心は救われる。


「そっか……よかった」


 ほっと胸を撫で下ろすマオ。

 確かに、彼女はレイレイのために、このクラスでの居心地が良くなるよう尽力してきた。

 その成果が、今日のレイレイを取り巻く状況に表れているのだ。

 自分の頑張りを認められ、マオは嬉しくてたまらない。


 いつものように、レイレイがマオに気を取られていないのは珍しいことだった。

 普段は、マオとの会話をレイレイが心から楽しんでいるのだから。


 だからこそ、エナはこのタイミングでそっと耳打ちした。


「……今度、お祝いにクッキーでも作ってみては?」


「へっ!? わ、私が?」


 マオは驚きの表情を浮かべる。

 自分に料理の才能があるとは思えない。


「こっそり作りたいなら、私がお手伝いしてもよろしくてよ?」


 エナは意味深な笑みを浮かべる。

 その申し出に、マオは心を動かされる。


「……うん。考えておく」


 共に微笑み合う二人。

 そんな様子を、ヴァリアは慎ましく見守っていた。


「ふふ……今日も楽しそうだな」


「あ、おはよう先輩!」


 マオが気づいて挨拶する。


「おはよう、マオ。それにエナ」


 ヴァリアも笑顔で返す。

 エナも軽く会釈する。しかし、彼女の心にはまだヴァリアへの抵抗感が残っている。


 ハーピーの洞窟での出来事。一応、自分なりにヴァリアとの付き合い方を考えて実践しているが、

 まだ彼女の中で呑み込めていない部分もある。

 それもそのはず、彼女は一度ヴァリアに斬りつけられているのだから。


「しかし、こうして見ると……」


 ヴァリアはマオとエナをそれぞれ見つめる。


「まるで姉妹みたいで、可愛いな」


 その言葉に、マオの表情はふにゃりと緩む。


「えへへー、私がお姉ちゃんだからかなー?」


 マオは得意げに言う。


「いや、エナの方がお姉ちゃんだと思うぞ」


「――えっ!?」


「さっきのやり取りもそうじゃないか? 勉強してる姉の横で、ちょっかいを出してるいじらしい妹。そんな感じがしたな」


 ヴァリアは鋭い観察眼で言い当てる。

 マオは口をぽかんと開けたまま、ショックを受けている。

 一方のエナは、ヴァリアの言葉に小さく頷いた。


「ヴァリアさん」


 エナはヴァリアに向かって手を差し出す。

 握手の意味だと悟ったヴァリアは、すぐに彼女の手を取った。


「……私、ようやくあなたのことを許せる気持ちになりましたわ」


「そ、そうか。それは良かった」


 ヴァリアは安堵の表情を浮かべる。

 エナの許しを得られたことが、彼女にとって大きな意味を持っていたのだ。


「私の犠牲で二人が結託しちゃった!?」


 マオが驚きの声を上げる。

 まるで置いてけぼりを食ったような気分だ。


「犠牲だなんて大袈裟ですわ。ただ、あなたのお陰で私たちの絆が深まっただけですもの」


 エナがクスクスと笑う。

 その笑顔は、どこか意地悪げだ。


「もう、エナっちったら……」


 マオは頬を膨らませて不満げだ。

 しかし、その表情もすぐに和らいでいく。

 エナとヴァリアの仲が良くなったことを、彼女は心から喜んでいるのだ。


「さて、と」


 ヴァリアが話題を変える。


「旅の準備は整ったのか?」


「ええ。私はバッチリですわ」


 エナが颯爽と答える。

 彼女は几帳面な性格らしく、すでに準備を済ませているようだ。


「私も大丈夫! ……だと思う」


 マオは少し自信なさげだ。


「ふふ、大丈夫だ。私がついている」


 ヴァリアが力強く言う。

 その言葉に、マオの瞳が希望に輝く。


「先輩……!」


 ***


 いよいよ出発の日。

 マオたちは学園の門へと集合していた。


 門の前に停められた馬車は、一見すると普通の四輪馬車だ。

 しかし、よく見ると随所に魔法の装飾が施されている。


「へぇ……かなり凝った作りなんですわね」


 馬車の車体は、堅牢な木材で作られており、魔法によって強化されている。

 エナが軽く叩くが、びくともしない。傷つきにくい証だ。


「うわっ! 中も凄いよ!!」


 感嘆の声を上げるマオ。

 馬車の内装はシンプルながら、快適さを追求した造りだった。


 座席には柔らかなクッションが敷かれ、長時間の移動でも疲れにくいよう配慮されている。

 内壁には魔法の光源が埋め込まれており、夜間でも車内を明るく照らすことができる。


「……よし、荷物の積み込み完了だ」


 荷物を置くスペースは広く、四人分の道具や食料を積んでもまだ余裕がある。

 ヴァリアは両手をはたきながら、自分の仕事に満足そうな表情を浮かべている。


 三人の驚きと喜びの声に、先生も満足げに頷く。


「一応、学園を代表して向かってもらうからな。魔法の力で、安全で快適な旅になるよう設計したんだ」


「先生……本当にありがとうございます」


 レイレイは頭を下げる。

 この旅の目的は、ヴァリアの仕事のついでとはいえ、彼女の精霊魔法の謎を解き明かすためのもの。

 先生の並々ならぬ協力に、レイレイは心から感謝していた。


「礼には及ばん。その代わり、しっかり自分の魔法をモノにして来いよ!」


「――はいっ! 頑張ります!」


 レイレイが元気よく返事をする。


 未知なる世界への旅。

 それに胸を躍らせるマオたち。


 魔法の馬車に乗り込み、彼女たちは新たな冒険の幕を開ける。

 期待と不安が入り混じる胸を抱えながら、勇気を奮い立たせて。

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