35:鍛冶屋との再会

 マオたちと別れたヴァリア。

 彼女は学園から託された仕事、ドラゴンハートという鉱石を入手するため、指定された鍛冶屋を訪れる。


 そしてその鍛冶屋は、ヴァリアにとって思い出深い場所の一つだった。


 マオから預かった聖剣を携え、ヴァリアは鍛冶屋へと到着する。

 石畳の地面に立てかけられた看板を見て、場所に間違いないことを確認した。


 一種の高揚感を胸に秘めながら、ヴァリアは鍛冶屋の扉を開ける。

 カランコロンと、来訪者を知らせる鈴の軽やかな音が響く。


 店内には、様々な武器や鎧が所狭しと並べられている。

 どれも手入れが行き届いており、職人の誇りを感じさせる佇まいだ。


「……いらっしゃい」


 無骨な声が、鍛冶屋に響き渡る。

 カウンターに誰もいないということは、奥の部屋で作業中なのだろう。


 ガチャガチャと規則的に奏でられる金属音を聞きながら、ヴァリアは懐かしい空気を吸い込んだ。

 炎と硝煙の匂い。それは、家出中の彼女が唯一心休められた場所の、安心感をもたらす香りだった。


「お久しぶりです……親父さん」


「――その声は」


 金属を打つ音が止む。そしてすぐに、奥の部屋から一人の男性――ガルド――が姿を現した。


 がっしりとした体格に、日に焼けた肌が特徴的な男性。

 50歳前後の年齢と思われるが、鍛冶屋の仕事で鍛えられた体は、若々しさを保っている。


 彼はヴァリアの姿を見ると、皺の刻まれた口元を微かに上げた。

 あの日、ボロボロの服を纏い、雨の中で泣きじゃくっていた彼女。

 それがヴァリアとの最初の出会いだった。


 あの時とは比べ物にならないほど、彼女の顔つきは逞しく、強く育っていた。


「ヴァリアか。学園から話は聞いていた。……随分と成長したな、お前」


 そう言って、ガルドは無骨な手でヴァリアの頭を撫でる。

 その手は大きくゴツゴツとしているが、温かみに満ちていた。


 久々の再会に、ヴァリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。


「はい! あの時からかなり伸びましたからね。身長……!」


 ヴァリアの言葉に、ガルドは思わず苦笑する。


「くくっ、そういう意味じゃないんだが……」


「……え?」


 ガルドの前では、ヴァリアも一人の少女に戻る。

 彼女はマオたちには決して見せないであろう、呆けた表情で首を傾げていた。


「いや、いい。確かにお前は背も伸びた。それだけで十分だ。それより、これが学園から頼まれたドラゴンハートだ」


 ガルドはヴァリアに、赤々と燃え上がるような色合いの鉱石を手渡す。

 それがドラゴンハートだ。手のひらに乗せた感触から、ヴァリアはその硬さを実感した。


 これで目的の一つは達成された。

 後はレイレイのために、聖樹村を見つけ出すだけ。


 だが、ヴァリアがここを訪れたもう一つの理由。

 それはマオから預かった聖剣だった。


「ありがとうございます。あの……親父さん、一つ見てもらいたい剣があるんです」


「何だ?」


「この剣を……どう思いますか?」


 そう言って、ヴァリアは迷いなくガルドに聖剣を手渡す。


 剣を手にしたガルドは、鋭い眼光で品定めを行う。

 濃い眉とあいまって、気難しい職人然とした風貌だ。


「……どこで手に入れた?」


 ヴァリアは、マオたちのことには触れずに答える。


「今は、とある筋から、とだけ。見ただけで何かお分かりになりますか?」


 あらゆる角度から剣を観察するガルド。


「この装飾、時代を感じさせる意匠だ。現代の物とは明らかに違う。それなのに傷一つない。俺に見せたってことは、修理を頼みたいのか?」


 ヴァリアは頷く。


「親父さんから見ても……この剣に異常はないですか?」


 ガルドは、聖剣をヴァリアに返しながら、別の剣に視線を向けた。

 ヴァリアが今使っている剣だ。


「ああ。俺が手を入れる必要はない。それより、お前の剣の方を鍛え直したいくらいだ」


「あっ……。は、はい!」


 かつて、ガルドから授かったこの剣。

 ヴァリアはこれを手に、学園で学び、鍛錬を積み、マオとも戦った。


 苦い思い出もあるが、その全てが今の彼女を形作っている。

 だがその分、剣には錆や刃こぼれが生じていた。


 それを見たガルドは、感心したように息を吐く。


「……随分と使い込んだな」


 ヴァリアは、叱られたと思って眉を下げる。


「乱暴に扱ってしまったのでしょうか……?」


「違う。武器は使ってこそ、本当の輝きを放つ。ここまで使ってくれて、剣も喜んでいることだろうさ。だが、俺に見られちまったからには、この剣には新品同様で帰ってもらうがな」


「ありがとうございます。では代金は――」


「金はいらん。昔のよしみってやつだ、それに、鍛えている間にお前と話がしたい」


 ガルドに促され、ヴァリアは奥の部屋へと向かう。


 職人の聖域とも言える場所だ。普通なら足を踏み入れることなど許されない。

 だがヴァリアは特別だった。


 短い同居生活の間、彼女はガルドの仕事ぶりを眺めるのが日課になっていたのだ。


 再び鳴り響く、金属を打ち合う音。

 その音楽を背景に、二人の時間が過ぎていく。


「学園はどうだった?」


 むせ返る熱気の中、ヴァリアは答える。


「……親に入れられた学園。実力を示さなければ、自分に価値はない。そう思っていました」


「今は違うんだな?」


「ええ。素敵な友人に恵まれたんです。道を踏み外しそうになった時、正してくれる仲間が」


 マオ、レイレイ、エナ。

 三人の笑顔が、ヴァリアの脳裏に浮かぶ。


 もう過ちは繰り返さない。だが、迷った時に手を差し伸べてくれる存在は心強い。

 今度は、彼女たちが道に迷った時、ヴァリアが支えになりたい。


「顔見りゃ分かる。結果論だが……学園、行って良かったな」


「はい。私は今、自分の意志で、仲間と共に歩んでいます」


 ガルドはそれを聞いて満足そうに頷く。

 ヴァリアを心配していた彼にとって、今の姿は何よりの答えだった。


 そして話題は、ヴァリアの家系へと移っていく。


「だとしても、やはり勇者の家系は辛いだろうな」


 辛い。その一言で片付けるのは簡単だ。

 だがヴァリアは、そう簡単には肯定できない。


「……素直に頷けません。使命に従うこと、それを誇りとするのも生き方の一つですから」


「兄がそうしているからか?」


「はい。学園に行く前に一度会った時、兄はさらに逞しくなっていました。きっと立派に家を継いでいるでしょう。兄が設立したギルドも小さいですけど、いずれ巨大になります。自分もそのギルドに所属して、兄の力になりたいと思いますが……」


 幼い頃、ヴァリアにとって兄は心の支えだった。

 あの家にいる間、唯一甘えられる存在。勇者としての自覚を持ち、弱きを助け強きをくじく。

 まさに、勇者の鑑のような兄だった。


 ヴァリアは、兄のようになりたいと憧れていた。

 口調まで真似るほどに。


 だがガルドの言葉は、彼女の想像を裏切るものだった。


「兄の噂だが……あまり良いものは聞かないぞ」


「……噂の出どころは?」


「正確なことは分からん。だが、一年前に兄が失踪したという話が、最近このあたりに広まっている。それだけだ」


「兄が失踪だなんて、信じられません。でも……」


 今のヴァリアには、真相を確かめる術がない。

 両親とは縁を切った。兄の消息を知る由もないのだ。


「姉や弟は頼れないのか?」


 ヴァリアはすぐに首を横に振る。

 姉も弟も妹も、勇者の家系という看板に胡坐をかいているだけ。

 能力はあるが、ヴァリアの理想とする勇者像とはかけ離れている。

 しかし、そんな存在を両親は歓迎しているのだが。


「あの家族で、自分が信頼出来るのは兄だけですから」


 金属を打つ音が止む。

 それは、鍛冶の仕事が終わったことを告げていた。


「……そうか。――よし、出来たぞ」


 差し出された剣を、ヴァリアは手に取る。

 先ほどまでの傷は嘘のように消え、輝きを取り戻していた。


 まるで、新品のような美しさだ。


「すごい……新品みたいです」


「俺を誰だと思ってるんだ?」


 ガルドは自信たっぷりに言う。

 その言葉には、腕に覚えのある職人の誇りが込められていた。

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