26:ヴァリア先輩、追放されちゃった!?

 次の日の朝、教室は昨日のヴァリアの住処のことで持ちきりだった。

 ザワザワと騒がしい教室の中、いつもと変わらない顔で自席に着いたヴァリアに、マオが駆け寄る。


「先輩!」


 マオの大きな声が教室に響き渡る。


「どうしたマオ?」


 ヴァリアは穏やかに答える。その表情には、一切の動揺が見られない。


「昨日のこと……もっと詳しく教えてよ!」


 マオの瞳には、ヴァリアへの強い関心が宿っている。まるで、真実を知りたいという強い意志が感じられた。


 ヴァリア先輩が寮から出てテントで生活していた事実。

 昨日は想像と異なった結果に、マオの思考は停止してしまった。茫然としながら帰路についたため、ヴァリアの話を詳しく聞く余裕はなかったのだ。


 だから、気持ちがリフレッシュした今日、あらためて聞くことができた。

 ヴァリアは、周囲の好奇の目を意に介さず、淡々と語り始める。


「追放されたんだ」


 その一言が、教室に衝撃を走らせる。


「追放!?」


 マオの大きな声が、再び教室に響く。周囲の生徒たちも、その言葉に反応し始める。

 ざわめきが、徐々に大きくなっていく。


「親からな。底辺クラスに行くなら学費は出さない。いや、お前は家から勘当だと」


 ヴァリアの言葉は淡々としている。まるで、自分のことではないかのように。


「か、勘当!? ダメだよヴァリア先輩!! 私、先輩と一緒に授業受けるのは楽しいけど、両親との縁は切っちゃいけないよ!」


 マオは必死になってヴァリアを説得しようとする。

 彼女の目には、ヴァリアを心配する涙が浮かんでいた。


 両親との縁が切れる。よっぽどのことがない限り、それは避けるべきことだ。

 家族との絆は、何物にも代えがたい大切なものなのだから。


「あれ? ヴァリア先輩……もしかして、昨日資料室にいたのは……」


 マオが、ある可能性に気づく。


「あれは仕事だよ。学費の代わりとして、ああやって学園から仕事をもらっているんだ。今日は修練場の掃除だったかな」


 ヴァリアは淡々と答える。その口ぶりからは、自分の状況を受け入れているように感じられた。


「仕事まで……ヴァリア先輩……」


 マオの声は、悲しみに震えている。


 しかし、ヴァリアに後悔はない。親に従うことより、自分の力で道を切り開き、マオたちと楽しむことの方が、彼女にとっては重要だった。


 ヴァリアがテント暮らしになってしまったのは、自分が原因かもしれない。そう思ったマオは少し悲しい表情になる。


「あの、ごめんなさい……。もし私が原因だったら……」


「そんなことない。これは私が選んだ道だからな」


 ヴァリアは優しく微笑み、マオの頭を撫でる。

 その温かな手のひらに、マオは安心感を覚える。


 先輩は、自分の意思でこの道を選んだのだ。後悔などしていない。

 だが同時に、マオの胸には痛みも走っていた。


 大切な先輩が、こんな状況に追い込まれてしまったことが悔しくてたまらない。


「先輩……」


 マオは、ヴァリアを見上げる。その瞳には、涙が浮かんでいた。


「私、先輩の力になりたい。何かできることはないかな?」


「マオ……」


 ヴァリアは驚いたように目を見開く。

 そして、優しい笑みを浮かべた。


「君が私の味方でいてくれるだけで、十分だよ」


「先輩……!」


 マオは、ヴァリアに飛びつくように抱きついた。

 ヴァリアも、マオの背中に手を回し、しっかりと抱き締める。


 温かな抱擁。それは、二人の絆の深さを物語っていた。

 周囲の生徒たちも、その光景に心を打たれている。


 そんな光景を興味深そうに見つめているのはエナだった。

 彼女は放課後マオやレイレイと一緒に行動していなかったから、昨日のやり取りを知らない。


 だから、昨日の出来事をレイレイから教えてもらっていたのだ。

 エナは頬杖をつきながら、マオとヴァリアのことを見ている。


「……ふーん。そんなに仲が良かったんですのね」


「羨ましい? エナちゃん」


「い、意地悪ですわレイレイさん」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべるレイレイ。彼女はすぐにエナに謝る。


「ごめんねエナちゃん」


「まったく……」


 マオとヴァリアの様子。レイレイの目にはある種の光景に見えている。


 それをエナへ告白する。


「私は羨ましいなって思っちゃう」


「そうなんですの?」


「うん。だって、マオちゃんとヴァリア先輩……本当に血のつながった姉妹みたいだなって。私、一人っ子だから」


「姉妹……まぁ、確かにそんな感じに見えますわね」


 エナも、二人の関係性に何かを感じ取ったようだ。


「エナちゃんにはいないの? お姉ちゃんや妹は」


「いませんわね」


 きっぱりと答えるエナ。

 隠し事もなく、友人のレイレイに対して、誠実に回答するエナだった。


「エナちゃんがお姉ちゃんだったら、頼りがいありそうだよね」


「そ、そう?」


 エナの頬が、わずかに紅潮する。


「エナっち! 姉妹がいないの!?」


 マオが、エナとレイレイの会話に乗っかってくる。


 ヴァリアとの会話は終わったようで、マオの興味は二人に移ったようだった。

 代わりにヴァリアの方は、先ほどのテント暮らしという事実に興味を持ったクラスメートが矢継ぎ早に質問を投げかけている。


「ええ。いませんわ。それが何か?」


 にひひっと笑いながら、いたずら心を抑えきれないマオ。


「可哀そうに……私がお姉さんになってあげようか?」


「なんで私が妹扱いになってるんですの?」


「おーよしよし。お姉さんが慰めてあげるよー」


 エナをギュッと抱きしめるマオ。彼女はエナの髪を撫でながら、頬ずりしていた。


「ちょ! ちょっと待ちなさい!」


 言葉では嫌がるエナだが、マオとのやり取りを彼女は心地いいと感じている。


 ここ最近、エナはマオとレイレイとこのように遊ぶことは、退屈ではなく、楽しいことなのだと学習した。

 三人の楽しげな笑い声が、教室に響き渡る。


 一方、ヴァリアは質問攻めに応じながら、マオたちの様子を優しい目で見守っていた。

 彼女にとって、この光景こそが、底辺クラスに残った理由なのかもしれない。

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