25:魔咏師団
ハーピーの巣穴だった洞窟。
そこの奥には、かつてマオに敗れたベルカナンが横たわっている。
一人の少女が、その洞窟へと侵入していた。
少女の身体を包んでいるのは、素朴で質素な村娘風の衣装だ。
飾り気はないが、暖かみのある村娘らしい衣装。この素朴な装いは、少女の純朴そうな雰囲気とよく合っている。
洞窟の中を進む少女。
その足取りは軽く、まるで散歩でもしているかのようだ。
膝下まであるスカートが、歩みに合わせてふわりと揺れる。
茶色の編み上げブーツは丈夫そうな革製で、こうした道を歩くには適している。
ふと、洞窟の壁に目をやると、そこには古びた絵が描かれていた。
人々が何かを崇めているようにも見える、不思議な光景だ。
少女はその絵を見つめながら、小さく笑みを浮かべる。
「ふふ、面白いものを信仰してるんだね、昔の人たちって」
そう呟きながら、少女は奥へと進んでいく。
不意に、ハーピーの生き残りが少女に気づき、襲い掛かってくる。
ベルカナンに騙され、生息地を荒らされた恨みから、八つ当たりにも近い感情を少女にぶつけているのだ。
鋭い爪が、少女の頬を掠める。
しかし少女は、微動だにしない。
「んー」
そう呟くや否や、少女はハーピーの首を軽く払う。
するとハーピーの首から、鮮血が噴き出した。
淡いクリーム色のブラウスに、赤の斑点が刻まれていく。
だが少女は、そんなことには頓着せず、洞窟の奥へと歩みを進めた。
やがて、倒れているベルカナンを見つける。
少女は、ベルカナンの名を呼ぶ。
「――いつまで寝てるのさ。ベルカナン」
その呼びかけに、ベルカナンの身体が震える。
そしてゆっくりと、彼女は起き上がった。
「……あら? もう朝ですか?」
「キミがマオに『殺されて』から、結構経ってるんだけど?」
伸びをしながら、ベルカナンは体をほぐしている。
その様子は、まるで長い眠りから目覚めたかのようだ。
「うーん……こうして長年生き続けてると、時間の感覚が分からなくなりますねぇ」
「そういうものなの? 長寿って」
少女の素朴な問いかけに、ベルカナンは肩をすくめて笑う。
その笑みには、人とは異なる何かが宿っているようだった。
洞窟の中に、不気味な沈黙が流れる。
村娘の装いをした少女と、マオに敗れたはずのベルカナン。
「で、どうするの?」
少女が口を開く。
「どうする……とは?」
「キミはマオに負けちゃったわけだし、マオの力が予想以上に成長してるってことじゃないの?」
少女の問いかけに、ベルカナンは薄気味悪い笑いを浮かべる。
「あれは『演出』しただけのことです。目的を果たすまで……私は生き続けるんです」
「目的……。魔王の復活ってやつ? それまでは死なないの?」
「ええ。どんなに死にたくなっても、絶対に死なない加護なんです」
「加護、ねぇ……呪いみたいだけど」
そう呟く少女。その瞳には、同情の色も見えない。
「そろそろあなたも動いてみては?」
ベルカナンの問いかけに、少女は小さく頷く。
「そーだね。マオに近づくチャンスもありそうだし、学園に行ってみようかな」
「それでその衣装を……」
「うん。懐いてた女を絞め殺して奪ったんだ。どう? 似合ってるでしょ?」
くるりと一回転する少女。
少し癖のあるボブスタイルの髪がふわっと舞い上がる。
素朴な雰囲気だが、残酷な少女には似合わない。
ベルカナンは肩をすくめため息をついた。
「人間である私から一つアドバイスするならば……ハーピーの殺し方を考えるべきでしたね」
「どうして?」
少女は首を傾げる。
「血。せっかくの素朴な衣装が台無しです」
ベルカナンは少女のブラウスを指差す。
そこには、ハーピーの鮮血が飛び散り、赤い斑点が刻まれていた。
「そっか。んー、常識の更新が必要ってことか……」
少女は、ブラウスについた血痕を見下ろす。
だが、その表情には後悔の色はない。
むしろ、殺戮を楽しんでいるかのような、不気味な笑みすら浮かんでいる。
「まあいいや。これからは気をつけるよ」
そう言って、少女は洞窟の出口に向かって歩き出した。
ベルカナンを残して、ひとり。
「さて、と……」
洞窟を出た少女は、青空を見上げる。
眩しい日差しに、細めた瞳が輝く。
「魔王を復活させるために、まずは……」
純朴な村娘を装うも、その瞳の奥には、狂気すら垣間見える。
「ここのハーピー全滅させちゃおっか。殺し方、学ばなきゃだもんね」
少女の口角が、不気味に持ち上がる。
その笑顔は、まるで殺戮を心から愉しんでいるかのようだ。
マオが見逃していた、あの戦いから逃亡したハーピーたち。
彼らもまた、この少女の標的となるのだろう。
「さあ、お勉強……開始!」
高らかに宣言し、少女は集まって来たハーピーたちに襲い掛かる。
無邪気な笑顔で、残虐な行為に励むために。
こうして少女は、着実にマオに向けて歩みを進めていく。
その凶行の先に、果たして何が待っているのだろうか。
ハーピーの悲鳴が周囲に響き渡る。
それは、まるでこれから起こる悲劇の予兆のようにも思えた。
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