22:選択の先にある未来

 マオに先行して洞窟内を進むエナ。

 鋭い警戒心を維持しながら、慎重に足を踏み出していく。

 だが不思議なことに、敵の気配は感じられない。


(おかしいですわ……敵の本拠地なのに、警備が手薄すぎる……)


 直線的な道のりを迷うことなく奥へと進み、エナはついにレイレイの姿を見つけた。


「レイレイさん!」


 安堵に満ちた表情を浮かべるエナ。

 だがレイレイの顔は、依然として暗く沈んでいる。

 その様子から、エナは直感する。

 敵がまだ近くに潜んでいる。レイレイを脅かしているのだと。


「エナちゃん、気をつけて! まだ敵が……」


 レイレイの制止の言葉。

 その直後、黒いローブに身を包んだ人物が姿を現した。

 岩壁に同化するような装束だが、エナの鋭い目は捉えている。


「痛々しいですね。泥だらけでボロボロの制服。まるで野良犬のよう」


「……あなた、何者ですの?」


「私ですか? あなた方の敵です。これでいいですか?」


 挑発的な言葉を放つ黒衣の女――ベルカナン。

 エナは迷うことなく、銃口をその女に向ける。


「だったら、これ以上の言葉は無用ですわね!」


 魔力を込めた弾丸が、ベルカナンに向かって疾走する。

 しかし、その弾丸はベルカナンの胸を貫いても、彼女は微動だにしない。

 不気味な笑みを浮かべるばかりだ。


「――なっ!? どういうことですの?」


「フフフ……どうしてでしょうねぇ?」


「くっ!」


 照準をベルカナンの頭部へ動かすエナ。

 しかし、ベルカナンはそれよりも早く拳銃に向かって手をかざした。


「――っ!?」


 突如、エナの持つ拳銃に火花が散る。

 危険を察知したエナは拳銃を手放す。

 すると、拳銃は小さな爆発を起こして破壊されてしまった。


「とっくの昔に廃れた小道具では私を倒せませんよ? 初歩的な炎魔法をかければご覧の通り」


「廃れた!? 私の国では量産が決まってますのよ!?」


 エナの反論にただ冷笑するのみのベルカナン。


「その技術が発達しなかったのは、それなりに理由があるんです。そして――」


 言葉と共に、ベルカナンの姿が視界から消える。

 気づけば、いつの間にかエナの背後に立っていた。


「後ろ……!」


 エナは反射的に振り向くが、時既に遅し。

 彼女の脳裏に走る電撃に、意識が一瞬にして闇に呑み込まれていく。


「あっ……ガガッ……!」


 電撃のような痺れが全身を駆け巡り、エナはその場に膝をつく。

 まるで思考が停止したかのように、頭の中は真っ白になる。

 ただ『黒衣の女が背後にいる』という言葉だけが、無限に反復していた。


「エナちゃん! しっかりして!」


 レイレイの必死の呼びかけも、エナの意識には届かない。

 もはや、立ち上がることすら叶わないほどに。


「へぇ……こうなるんですね。面白い反応だこと」


 ベルカナンは愉しげに笑う。

 無抵抗のエナを前に、残虐な喜びを感じているようだ。


「ねえ! エナちゃんに何をしたの!?」


「ちょっと邪魔だから、大人しくしてもらっただけです。あぁ、すぐに目覚めさせるのなら冷水でも被せれば元に戻るので、ご安心を」


「そんなの安心できるわけ……!」


 その時、レイレイが待ち望んでいた声が洞窟内に響き渡った。


「――マオちゃん! こっちだよ! 早く来て!」


「……あの勇者の末裔は、負けてしまったようですね。やれやれ」


 肩をすくめるベルカナン。

 だがその余裕たっぷりの態度は、微塵も変わらない。

 味方を失い、不利になっているはずなのに、彼女は意に介していないようだ。


「――レイレイ! エナっち!」


 洞窟の奥にたどり着いたマオ。

 ようやく、大切な友との再会を果たせた。


「マオちゃん! マオちゃん!」


「大丈夫だった!?――っ!?」


 レイレイに駆け寄ろうとするマオ。

 だがその時、不意に襲い来る黒い影。

 ベルカナンが、鋭い爪でマオに襲いかかる。


「お邪魔しますね、魔王さま」


 不意に、ベルカナンがマオに襲いかかる。

 鋭い爪が、風を切って迫ってくる。


「なっ……!」


 間一髪で身をかわすマオ。

 鋭い爪が頬をかすめ、血の雫が宙を舞う。


「あなたは……!」


「初めまして、マオさん。私はベルカナン。魔王の復活を望む者です」


 妖艶に微笑むベルカナン。

 その言葉に、マオの瞳が怒りに燃える。


「私の仲間を傷つけたのは、あなたなの!?」


「ええ。魔王として生まれ変わったあなたを、闇に堕とすためにね」


「……堕とす? 何のために!」


「フフフ、理由なんて些細なこと。私はただ、あなたが魔王に覚醒することを望んでいるのです」


 優雅に手を広げ、ベルカナンは自身の想いを語る。


「魔王が再びこの世に蘇れば、すべてがもっと面白くなるでしょう?」


 狂気に満ちた瞳でマオを見つめるベルカナン。

 その純粋な悪意に、マオは言葉を失う。


「そんな……わけの分からないこと言われても……!」


「分からなくていいの。『マオ』は私の手駒に過ぎない。目的はあなたの中の魔王なのだから」


 するりとマオに近づくベルカナン。

 冷たい手が、マオの顎に触れる。


「あっ――」


「ほら、あなたの力じゃ足りないでしょう? 魔王の記憶を使わなければ、なーんにも出来ないお荷物」


 そこへ、鋭い剣戟が割って入る。

 ヴァリアが放った一撃だ。


「っと!」


 ベルカナンは身を翻し、マオから距離を取る。

 マオの前に立ちはだかるヴァリア。剣を構え、敵を睨みつける。


「これ以上、マオには触れさせない……!」


「あらあら。すっかり正気に戻ってしまって。あなたを闇に堕とすのは、結構手間取ったんですよ? 腐っても勇者の家系だけのことはありますね」


「貴様……組織に属しているな? 魔王復活を望む者は、他にもいるはずだ」


「さて、どうでしょうか?」


「貴様を捕えれば済む話だ!」


 ヴァリアは剣を振るい、ベルカナンに向かって突進する。

 殺意はない。重傷を負わせ、国の兵に引き渡すつもりだ。


 だがベルカナンは、片手でヴァリアの剣を受け止めた。


「なっ!」


「痛いですねぇ。でも、この程度の痛みにはもう飽きてしまって……」


 剣に阻まれた手から、血が滴る。

 指が僅かに切断されているのに、ベルカナンは平然とした表情を崩さない。


「マオに負けたあなたが、私に勝てるはずがないでしょう」


 魔力の波動を放つベルカナン。

 ヴァリアの身体が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。


 その隙を狙い、マオは聖剣を振るう。

 ベルカナンに向かって、剣を薙ぎ払う。


「へぇ」


 しかしベルカナンは、瞬時に身を翻して剣撃をかわす。

 わずかに、黒いローブが切り裂かれるのみだった。


「さすがは魔王ですね」


「マオちゃんは魔王なんかじゃない!」


 レイレイの言葉が洞窟内に響き渡る。

 縄に拘束され、身動きの取れない彼女は、それでもなおマオに語りかける。


「マオちゃんは私たちの、大切な友達だよ!」


 その真っ直ぐな思いが、マオの心に灯りをともす。

 友の願いを胸に、マオは再びベルカナンに向き直った。


「そうだよ。私は魔王じゃない。私はマオ!

 魔王の力は……みんなを守るために使うんだ!」


 凛とした表情で、マオは聖剣を構える。

 レイレイの言葉が、彼女に勇気を与えてくれた。


 ベルカナンの狙いは、魔王となった自分。

 ならば、その力と聖剣の力で彼女を倒すまでだ。


「愚かですねぇ……魔王の力を、そんなことに使うつもりですか?」


「私の力の使い方は、私が決める。あなたに指図される筋合いはない」


「フン、お口だけは達者ですね。でも、それで私に勝てるとでも?」


 挑発するベルカナン。

 鋭い爪を剥き出しにして、容赦なくマオに襲いかかる。


「くっ……!」


 間一髪で身を翻すマオ。

 だがベルカナンの速度は尋常ではない。

 次々と繰り出される爪の雨に、マオは防戦一方だ。


(こんなに強いだなんて……!)


 聖剣を振るうも、ベルカナンの動きを捉えきれない。

 徐々に追い詰められ、マオは窮地に立たされる。


「マオちゃん!」


 恐怖に震えるレイレイの声。

 大切な友が傷つけられる光景に、言葉を失っている。


「ぐっ……!」


 また一撃、鋭い爪がマオの身体に突き刺さる。

 ずたずたに切り裂かれた制服から、血が滲み出していく。


「観念しなさい。これ以上の抵抗は無意味です」


「そん……なこと……ない……!」


 マオは歯を食いしばり、なおもベルカナンに立ち向かう。

 聖剣を高々と掲げ、全身全霊で斬りかかる。


 だがベルカナンは、その剣すら軽々と受け止めてみせた。

 片手でマオの剣を掴むと、そのまま彼女の身体を宙に放り投げる。


「あっ……!」


「愚かな子。もう、終わりですよ」


 不敵な笑みを浮かべ、ベルカナンはマオを地面に叩きつけた。

 激しい衝撃にマオの意識が遠のく。これでは、もう立ち上がることすらできない。


「ぐふっ……!」


「マオ……さん……!」


 意識を取り戻しつつあるエナ。

 彼女もまた、マオの窮地を感じ取っていた。


 倒れ伏すマオ。

 立ち上がろうとするが、傷だらけの身体が言うことを聞かない。

 それでも血塗れの聖剣を握りしめ、彼女は諦めを拒む。


「まだ……負けて……ない……!」


「そろそろ観念したらどうです? あ、そうだ。魔王の力を限界まで使ってみるというのは?」


「私は……魔王なんかじゃ……」


「でも、魔王の力に頼るしかないでしょう? 大切な友達を救うためにも」


 ベルカナンの言葉に、マオの瞳が揺らぐ。

 魔王の力を使えば、仲間を助けられるのか。

 だが、それは本当に正しい選択なのだろうか。


「……わたし……」


 迷いの色を見せるマオ。

 その隙を狙うように、ベルカナンは冷たく微笑む。


「さあ、魔王になりなさい。魔王の力で、私を倒せるはず。大切な仲間だって、簡単に助けられますよ?」


「私は、魔王になんかには……!」


 マオの心が、闇に飲み込まれそうになる。

 魔王となることへの恐怖と、仲間を救いたいという想い。

 相反する感情が、彼女の意識を覆い尽くしていく。


 その時だった。


「マオ……!」


「マオさん……!」


「マオちゃん……!」


 ヴァリア、エナ、レイレイ。

 三人の声が重なり、洞窟内に木霊する。


 仲間たちの必死の叫びが、マオの心に届く。


「みんな……!」


「負けるな! お前は魔王なんかじゃない!」


「そうですわ! マオさんは、私たちの大切な友人なんですから!」


「魔王の力なんていらない! マオちゃんは、マオちゃんのままでいいの!」


 一言一言が、力強くマオの胸に響く。

 かけがえのない絆の証。それが、彼女に勇気を与えてくれる。


「……そうだよね……! 私は、私なんだ……!」


 マオは立ち上がる。

 傷だらけの身体を伸ばし、再び聖剣を構えた。


「私は、魔王なんかじゃない! 私はマオだ!

 みんなと一緒にいるから……私は戦える!」


 マオの瞳に、揺るぎない決意の光が宿る。

 魔王の力に頼ることなく、仲間と共に戦う道を選んだのだ。


「何ですって!? そんなはずは……!」


 ベルカナンは困惑の色を浮かべる。

 マオの瞳に宿った強い意志を前に、思わず後ずさる。


 眩い光に包まれるマオ。

 聖剣エクスカリバーが、彼女の意志に呼応するかのように輝きを放つ。


「私の力は、みんなとの絆から生まれるんだ!

 それが私の、本当の力なんだよ!」


『そうだ。マオの持つ力は、魔王のそれとは違う』


 聖剣の言葉が、マオの胸に響く。

 彼女の心が、新たな力で満たされていくのを感じる。


「行くよ、エクスカリバー! みんなの想いを胸に……!」


「そんな! あり得ない……!」


 光の奔流に呑まれるベルカナン。

 聖なる力の前に、闇は脆くも崩れ去っていく。


「あ、あああ……! 私の野望が……!」


 敗北を悟ったベルカナンは、力尽きて地に伏した。

 もはや、立ち上がる気力すら失っている。


「や、やった……!」


 マオは勝利を確信し、安堵の息をつく。

 そして、元気づけられていた仲間たちの下へと駆け寄っていった。


「みんな……! もう大丈夫だよ……!」


 四人は固く抱き合う。

 安堵の涙が、頬を伝っていく。


 マオは涙ぐみながら、仲間たちを見つめる。

 改めて実感する、仲間たちの大切さ。

 自分一人の力では、どうにもならないこともある。

 だからこそ、支え合える仲間の存在が何よりも心強い。


「みんな……これからもよろしく!」


 満面の笑みを浮かべるマオ。

 その笑顔に、仲間たちも笑顔で応える。


 こうして、魔王と勇者の宿命に立ち向かった少女たちの戦いは、幕を閉じた。

 マオは魔王の力を受け継ぎながらも、自らの意思でその力を正義のために使う道を選んだのだ。


 レイレイ、エナ、ヴァリア。

 支え合える仲間がいるからこそ、マオは前を向いて歩んでいける。


 これからも、様々な試練が待ち受けているだろう。

 だが彼女たちなら、きっと乗り越えていける。

 固く結ばれた絆を胸に、共に手を取り合って。


 マオの選択は、魔王としてではなく一人の少女としての在り方を示した。

 自由に生きること。

 仲間と共に、自らの意思で未来を切り拓いていくこと。


 それが彼女の、そして仲間たちの新たな日常の始まりだった。

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