23:私たちの新しい日常!

 レイレイが誘拐された事実は、学園内でも重大視された。

 だがそれを考慮しても、マオとエナが無断で学園を抜け出したのは紛れもない事実だった。


 教師たちの間で白熱した議論が交わされた末、学園の規律を守るという名目の下、二人への昇格試験は取りやめとなってしまった。


 しかしマオとエナは、後悔などしていない。

 試験のチャンスはまた巡ってくる。

 だが、レイレイという大切な命は二度とない。

 その命が守られたことこそが、何より誇らしいことだった。


 数日前まで命がけでモンスターと戦っていたマオ。

 だが教室での彼女は、まるでそんなことは無かったかのように、のんびりとしている。

 彼女は机に顎を乗せ、だらけた様子で座っていた。


「レイレイ~。クッキーちょうだい~」


 甘えるような声で言うマオ。

 その姿に、レイレイは思わず吹き出してしまう。


「もう、マオちゃんったら。ほら、あーんして」


 レイレイは優しく微笑みながら、マオの口元にクッキーを運ぶ。

 その時、教室の隅で身をすくませていたエナが、おずおずと声をあげた。


「……マ、マオさん。そ、そんなにクッキーが食べたいなら……私のを……あ、あげてもいいですわよ?」


 顔を赤らめながら、エナはそう言葉を紡ぐ。

 マオはエナの方を振り向き、驚いたように目を丸くする。


「――えっ? エナっち、クッキー作れたの?」


「わたくしに不可能はありませんわ! で、でも、食べたくないってんなら――」


「ねえエナっち。そのクッキー、もらってもいい?」


 期待に瞳を輝かせるマオ。

 それを見たエナは、恥ずかしそうに微笑んでクッキーの袋を手渡した。


「作ってから時間が経ってるので、味は落ちてるかもしれませんけど……」


 そう言いながらも、エナの瞳には自信の色が宿っている。

 マオはワクワクとクッキーを口に運ぶ。

 優しい甘みが、口いっぱいに広がっていく。


 レシピはレイレイから教わったものだろう。

 だがそこには、エナにしか出せない愛情という隠し味が加わっている。

 レイレイとは一味違った、特別な美味しさがあった。


「うん、すっごく美味しいよ! ありがとう、エナっち」


 マオは嬉しそうに微笑み、エナに感謝の言葉を贈る。

 エナの頬は、その言葉に一層赤く染まっていく。


「ほ、本当ですの!? 嘘じゃありませんわね?」


「嘘なんてつかないよ。私、そんなに失礼な人に見える?」


「ええと、つい数週間前までは……でも今は違います。マオさんは、わたくしにとって大切な友人ですもの」


 はにかむように微笑むエナ。

 マオの言葉を、素直に受け止めている。


「また……作りますから。その時は、出来立てを食べていただけますか?」


「もちろん! 楽しみにしてるよ」


 満面の笑みを浮かべるマオ。

 それを見て、エナの頬もさらに紅潮していく。


 かつては反目し合っていた二人。

 だが今は、心を通わせ合える大切な友人となっていた。


 レイレイは嬉しそうに、二人のやり取りを見守っている。

 きっとこれからも、この三人の友情は深まっていくだろう。


 教室の外では、まだ先の見えない脅威が待ち構えているかもしれない。

 マオの体に眠る、魔王の力の謎も解けてはいない。


 だがそれでも、彼女たちは前を向いて歩き続ける。

 仲間と共に手を取り合い、新しい日常を紡いでいくために。


「みんな、ちょっといいか?」


 教壇に上がった先生の声が、教室に響き渡る。

 生徒たちは一斉に先生の方を向き、その言葉に耳を傾ける。


「実は今日から、このクラスに編入生が来ることになったんだ」


「――え?」


「編入生……?」


「まさか……」


 先生の言葉に、マオたちは驚きを隠せない。

 ざわめきが教室を包む中、重たげなドアの開く音が響いた。


 現れたのは、あの人物だった。


「……ヴァリア先輩!?」


 マオとレイレイ、エナが揃って叫ぶ。

 自分たちを見つめるヴァリアの姿に、三人は言葉を失っていた。


「ど、どうしてヴァリア先輩がこのクラスに……?」


 マオが尋ねると、ヴァリアは深く息を吸い込み、真摯な眼差しで語り始める。


「色々な意味で未熟だったからだよ、マオ。心技体、全てを鍛えなおすため、自分の意思でこのクラスの編入を決めた」


「せ、先輩……」


 マオは困惑しながらも、ヴァリアの決意を感じ取っていた。

 一方、エナはヴァリアの編入を歓迎し、レイレイは純粋に喜んでいる。


「ヴァリア先輩! これからよろしくお願いします! でも、先輩ならすぐに上級クラスへ戻れますよ!」


 レイレイが嬉しそうに言うと、ヴァリアはマオたちを一瞥しながら微笑んだ。


「ああ。だが、私が上がるのは大分先になるかもな」


 その言葉の真意を測りかねるレイレイ。だが、マオとエナは察していた。

 ヴァリアもまた、この仲間たちと歩みを共にしたいのだと。


 四人の声が、教室に心地よく響き渡る。

 無邪気に笑い合うマオとレイレイ、エナ。そして新たに編入されたヴァリア。

 彼女たちの声は、さわやかな風に乗って、窓の外へ舞い上がる。

 外に広がる空は、どこまでも澄み渡り、まるで彼女たちの未来を祝福しているかのようだった。


 明るく、希望に満ちた未来を信じて。

 少女たちは今日も、新しい一歩を踏み出していく。


 それが彼女たちの、かけがえのない日常なのだから。

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