20:駆け抜けて、一閃

 聖剣の加護と導きにより、マオとエナは難なく谷底から脱出した。

 目指すは、レイレイが囚われた洞窟だ。

 二人は意を決して、全速力で走り出す。


 一方その頃、洞窟の中で目覚めたレイレイ。

 手足を縛られた状態で、自分の置かれた状況を瞬時に理解する。


 まずは拘束からの脱出を試みるレイレイ。

 手首を動かし、縄の強度を確かめる。

 だが、がっちりと縛られた縄は、彼女の力では解けそうにない。


 そこへ、洞窟の奥から足音が近づいてくる。

 耳をそばだて、レイレイは来訪者の正体を探った。


 現れたのは、黒のローブを纏う妙齢の女性――ベルカナンだった。


「私をさらって……一体何の目的が?」


 平凡な一般人であるレイレイ。

 自分が誘拐される理由など、見当もつかない。

 マオやエナならまだしも、自分には価値などないはずだ。


 ベルカナンは冷ややかに笑みを浮かべ、レイレイを見下ろす。


「あらあら、そんなに睨みつけては可愛い顔が台無しですよ?」


「マオちゃんが目的なの? 私を囮にして、マオちゃんを……」


 魔王の生まれ変わりという話を、レイレイは冗談だと思っていた。

 だが今、その可能性が現実味を帯びてくる。

 もしかすると、マオは本当に魔王だったのかもしれない。


「マオねぇ……。まあ、隠しても気づかれちゃいますか。あなたには何の取り柄もないですものね」


「やっぱり……!」


 嫌味たっぷりのベルカナンに、レイレイは嫌悪感をあらわにする。


「こんなことしても無駄だよ。すぐに先生たちに見つかるから」


「私はそう簡単には捕まりませんよ?」


 しゃがみ込んで、ベルカナンはレイレイに自分の瞳を覗き込ませる。

 その時、レイレイの脳裏にある疑問が浮かぶ。


「――え?」


 ベルカナンの顔に、見覚えがあるような気がした。

 現実の人物ではなく、物語に登場する誰かに似ている。

 だがそれが誰なのか、思い出せない。


「おっと」


 表情の変化から、正体がバレそうだと悟ったベルカナン。

 慌ててレイレイから離れる。


「案外、鋭い観察眼をお持ちのようで。あなた」


「あなたみたいな人に褒められても、ちっとも嬉しくない」


「その身を拘束されている立場で、挑発するのはお勧めしませんよ」


 その時、洞窟の外が騒がしくなった。

 ベルカナンは含み笑いを漏らし、状況を察する。

 そしてレイレイに、再び視線を向ける。


「お友達が助けに来たようですね。良かったですねぇ」


「友達……マオちゃんたちが!?」


 洞窟の外では、ハーピーの群れと戦うマオとエナの姿があった。


『ハーピーか。昔と変わらぬ姿だな』


「え? そうなんですか? 何百年も経ってるのに……」


『進化の必要がないと判断すれば、姿は変わらない。それより洞窟の奥だ。気配を感じる。一つはレイレイのものだろう』


「うん。ありがとう、エクスカリバー!」


「奥にいるのが確定なら、一気に散らしていきましょう!」


 エナは的確な射撃でハーピーを次々と仕留めていく。

 一方のマオは、エクスカリバーの力と魔王の知識を駆使し、無駄のない立ち回りでハーピーを切り伏せる。


 二人の息の合った連携は、まるで長年の戦友のようだ。

 聖剣を携え、眼前の障害を一つ一つ取り除いていく。


 ハーピーの群れが、あっという間に半減する。

 残ったハーピーたちは、恐怖に怯えながら後退し始めた。

 その中には逃げていくハーピーも混じっている。

 マオはそのハーピーには手出しはしない。だが、立ち向かってくる敵には容赦しない。


「そこまでだよ、魔物たち」


 低く響くマオの声。

 その瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っている。


「私の――私たちの、大切な友人に手を出した罪は重い。ここで、すべてを断つ」


『ならば、我が刃で断罪を下そうぞ』


「うん、エクスカリバー。共に行こう!」


 マオとエクスカリバーの意思が重なる。

 聖剣が輝きを増し、マオの全身に力が満ちていく。


「我が刃に誓って、悪を断つ――『セイントアサルト』!」


 雄叫びと共に、マオが剣を大きく振るう。

 眩い閃光が放たれ、残るハーピーたちを一瞬で切り裂いた。


「やった、マオさん! これで道が開けましたわ!」


「うん! レイレイを助けに行こう、エナっち!」


 聖剣の力を解放したマオ。

 その表情は、先ほどまでの少女とは違う。

 まるで、一国を背負う勇者のような凛々しさがあった。


「さあ、急ぎましょう。レイレイさんが待ってるわ!」


 意気揚々と洞窟へ向かおうとする二人。

 だがその時、不穏な気配が背後から迫ってくる。


「――マオ」


 低く沈んだ声に、マオは立ち止まり振り返る。

 そこに立っていたのは、ヴァリアだった。


 だが彼女の表情は、もはや勇者の末裔とは思えない程に歪んでいる。

 マオが谷底に落ちて以来、ヴァリアはずっとベルカナンの甘言に耳を傾けていた。

 その結果、彼女の心は闇に蝕まれてしまったのだ。


「生きていたのか。だが、今度こそ間違いなく……殺す」


 殺意を込めた視線をマオに向けるヴァリア。

 その手には、錆びた剣が握られている。


「ヴァリア先輩! エナっちを斬ったことは許せない。でも……先輩を助けたいんだ!」


「黙れ、魔王。貴様さえいなければ、私は……!」


『――これが勇者の末裔か。ふっ、面影なきことよ』


「なっ――!?」


 突如、ヴァリアの脳裏に響き渡る声。

 マオでもエナでもない、聞き覚えのない声だ。


『そこの末裔よ。無駄な抵抗は止めよ。貴様のしていることに、何の意味もない』


「マオ……まさか、その剣は……!」


「うん、エクスカリバー。レイレイとヴァリア先輩を助けるために、力を借りたの」


「エクスカリバーだと!? 何故お前が! 魔王の生まれ変わりであるお前に、その剣を持つ資格などない!」


『ヴァリアとやら。今の貴様に、我を持つ資格はない』


「なっ……!」


『マオよ。今のやつは心に闇を宿している。その闇を、我が刃で祓うがいい』


「……分かったよ、エクスカリバー」


 ヴァリアが正気を失っていることを悟ったマオ。

 自分を襲ったのは、何かに惑わされた彼女だったのだ。


 ならば為すべきことは一つ。

 ヴァリアを闇から救い出し、正気に戻すこと。

 たとえ先輩と剣を交えることになろうとも、彼女を助けるためなら躊躇いはない。


「ヴァリア先輩。私はあなたと戦いたくない。でも……」


 マオは剣を構え、真っ直ぐにヴァリアを見据える。

 その瞳には、揺るぎない決意の炎が宿っている。


「私があなたを、闇から解き放つ。エクスカリバーの、ううん……私の力で!」


『そうだ、マオ。貴様なら為せる。勇者の力を借りて、仲間を救うのだ』


「……ぐっ、お前如きが……!」


 ヴァリアは歯噛みしながら、マオに剣を向ける。

 だが、その手には微かな躊躇いの色が見て取れた。


「先輩、お願い……私と、戦って。そして、目を覚まして!」


「……ああ、殺してやる。邪魔者の魔王を!」


 殺意を剥き出しにして、ヴァリアが突進してくる。

 マオもエクスカリバーを振るい、それを迎え撃つ。


 キィンッ!と高く澄んだ音を立てて、二人の剣が激突する。

 光と闇。二つの想いがぶつかり合う。


「先輩……!」


「魔王……!」


 互いの瞳を見つめ合いながら、マオとヴァリアは剣を押し合う。

 ギリギリと軋む刃。火花が散る。


「エナっち、先に行って! 私はここでヴァリア先輩の相手をする!」


「でも……!」


「レイレイを助けるのが先決。私を信じて!」


「……分かりましたわ。必ず、レイレイさんを連れ戻しますわ!」


 エナは銃を抜き、洞窟の奥へと走り出す。

 マオに背中を預け、仲間救出の使命を果たすために。


「さあ、先輩。私とあなたで……決着をつけよう!」


「ああ、来い! 魔王よ!」


 入り乱れる剣影。

 飛び交う斬撃。

 聖剣と剣が、激しくぶつかり合う。


 マオは全身全霊で、ヴァリアに想いを伝えようとしていた。

 剣と言葉で、心を通わせようと。


「先輩……! 私はあなたが、あの優しかった先輩だと信じてる! だから……!」


 マオの言葉に、ヴァリアの攻撃が一瞬躊躇う。

 だがすぐに、再び激しい剣撃が繰り出される。


「黙れ、魔王! 貴様に何が分かる!」


 容赦ない斬りかかり。マオは必死に防戦するが、徐々に追い込まれていく。


「分かるよ、先輩の気持ちが! あなたは、ずっと一人で戦ってきたんだね!」


「……っ!」


 その言葉に、ヴァリアの動きが止まる。

 マオの言葉が、彼女の心の奥深くに突き刺さったのだ。


「――あのね、私が入学したての頃、一人ぼっちだった私に声をかけてくれたこと」


 キィンと高く剣戟が交錯する。

 マオは涙を浮かべながら、必死に語り続ける。


「あの時の先輩は、私にとって希望の光だった!」


「……黙れ!」


 ヴァリアの剣が、さらに速さを増す。

 だがマオは、ひるむことなく言葉を紡ぐ。


「それから先輩は、困った時にいつも手を差し伸べてくれた。こんな私にも、優しくしてくれた!」


 振り下ろされる剣。それを受け止める聖剣。

 二人の想いがぶつかり合う。


「だからこれは、その恩返しだよ!」


「恩など!」


「……覚えてる? あの日、私が魔王の記憶について相談した時のこと」


 そう言って、マオはヴァリアの瞳をまっすぐに見つめる。

 その真摯な眼差しに、ヴァリアの手が一瞬だけ震えた。


「あの時の先輩、寂しそうな背中をしてたんだ。もし先輩が、何か一人で抱え込んでるなら……私たちに相談して欲しかった」


「……私は、一人で……」


 ヴァリアの呟き。その言葉には、深い悲しみが滲んでいた。


「先輩は一人じゃない! 私がいる! みんながいる! だから……!」


 マオの剣が、まばゆい光を放つ。

 エクスカリバーが、彼女の想いに応えるように輝きを増していく。


「先輩を、私が……救う!」


「ぐ、ああああっ!」


 眩い光が、ヴァリアの全身を包み込む。

 闇の力が、聖なる力に浄化されていく。

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