16:明かされた秘密

 マオとエナの思いが一つになる。

 レイレイを救うため、ヴァリアを止めるため。


「マオさんはヴァリアさんを! 私はハーピーを!」


 エナが叫ぶ。


「分かった!」


 マオが応じる。

 エナは大地を踏みしめ、高く跳躍した。

 地面で撃っていては、ヴァリアの格好の的だ。

 空に舞うことで、ハーピーの注意を引き付けられる。

 そしてマオに集中できるよう、隙を作るのだ。


 ヴァリアはエナを一瞥すると、すぐにマオへと駆けだす。

 その剣術は本気だ。昔のマオなら、到底敵わなかっただろう。

 だが今のマオには、対策を『思い出す』力がある。

 友のために、その力を使うことにマオは迷いはない。


「マオ! 前とは動きが違うな!」


 ヴァリアが叫ぶ。


「そうだよ! みんなを助けたいから!」


 マオが答える。


「それだけではないだろう?」


 ヴァリアの言葉に、マオは息を呑む。

 彼女は何かに気づいているのだ。

 マオの突然の力に、秘密が隠されていることを。


(先輩は、私の力の源を知ってる……?)


 マオは自問する。


 その力の正体。

 それは、マオ自身も認めたくない真実だった。


(もし私が本当に魔王だったら……今の私は、何なんだろう……。)


 今のマオでは、ヴァリアに敵わない。

 記憶の力を借りているだけでは、友を救うことはできないのだ。


 激しい剣戟が交わされる。

 ヴァリアの一撃一撃が、重くマオに迫る。

 必死に応戦するマオだが、徐々に劣勢に追い込まれていく。


「どうしたマオ! もっと本気を出せ!」


 ヴァリアが叫ぶ。


「くっ! やっぱり先輩は強い……!」


 マオが歯を食いしばる。


「まだまだだな。その程度の力で、みんなを守れると思ってるのか?」


 容赦ない言葉と共に、ヴァリアの剣がマオを襲う。


 防戦一方のマオ。次第に追い詰められていく。


「負けるわけには……いかないんだ!」


「ならば、お前の秘密を明かそう」


 ヴァリアの言葉に、マオの動きが止まる。


「秘密……? 何のこと?」


 ドクンドクンと鼓動が早鐘を打つ。

 マオは薄々気づいていたのだ。

 ヴァリアが暴こうとしている秘密を。


「お前は、魔王の生まれ変わりだ」


 その一言で、マオの心が凍りつく。

 否定したい事実を、ズバリと指摘されたのだ。


「そ、そんな……嘘だ! 私はマオで……」


「急に力を得たのは、魔王の力が目覚めたからだろう?」


 追及の言葉に、マオは言葉を失う。

 だが、その隙を与えまいと必死に剣を振るう。


(違う、違うのに……!)


 集中が乱れたマオの剣捌きは、もはやヴァリアに通用しない。

 戦局は一気に傾き、形勢不利になっていく。


 その時、エナの悲痛な声が響いた。


「……え? 今、何て……?」


 ハーピーを撃退し、地上に降り立ったエナ。

 信じられないという表情で、マオを見つめている。


「エナっち……!」


 動揺するマオ。

 その隙を、ヴァリアが見逃さない。


「隙だらけだぞ!」


 斬り込まれるヴァリアの剣。

 マオは間一髪でそれを受け止めるが、あまりの威力に剣が砕け散った。

 衝撃で地面を転がるマオ。武器を失い、もはや為す術がない。


 ヴァリアの剣が、マオの喉元に突きつけられる。


「観念するんだな、魔王の末裔よ」


「ぐっ……! 認めない、そんなの……!」


 悔しそうに歯を食いしばるマオ。

 自分が魔王だったなんて、信じたくない。

 信じられないのだ。


「マオさん……本当に、魔王だったの……?」


 エナの震える声が、マオの胸に突き刺さる。

 大切な友を、がっかりさせてしまった。


「ごめん……エナっち……」


 マオは俯き、目に涙を浮かべる。

 もう、隠し通すことはできそうにない。


「黙っててごめん……でも私は、私は……!」


「もういい。これ以上の言い訳は聞きたくない」


 冷たい声で言い放つヴァリア。

 剣を高々と掲げ、とどめを刺そうとする。


 その時、エナが身を翻した。

 ヴァリアに向かって、全速力で走り出す。


「エナっち!?」


「やめなさい、ヴァリアさん!!」


 エナはマオの前に立ちはだかり、両手を広げる。

 必死の形相で、ヴァリアを阻もうとしている。


「邪魔をするな。どけ、エナ」


「どきません! マオさんは魔王だったかもしれない。でも、今は私の大切な友達ですわ!」


「だからどうした。魔王の生まれ変わりがこの世界に存在していいはずがない」


 容赦なく剣を向けるヴァリア。

 それでもエナは、びくともしない。


「私はマオさんを信じてます。魔王だろうと関係ない。今のマオさんは、優しくて頼りがいのある……私の親友なんですから!」


 熱く訴えるエナ。

 その言葉に、マオの瞳から涙があふれる。


 秘密がバレても、変わらずに信じてくれる友がいる。

 それが何よりも、心強かった。


「……ならば、道連れにしてやる」


 冷酷に告げるヴァリア。

 鋭い剣先が、エナに迫る。


「よけて! エナっち!」


 マオの必死の叫び。

 しかしエナは、微動だにしない。


「愚かだ」


 ヴァリアの剣が、容赦なくエナの身体を切り裂く。


「やめてぇぇっ――!!」


 絶叫するマオ。

 倒れ込むエナ。真っ赤な血が、宙を舞う。


「エナっち! エナっち!!」


 駆け寄り、ぐったりとしたエナを抱き起こすマオ。

 制服を染める血。青ざめた頬。

 それでもエナは、かすかに微笑んでいた。


「マオ……さん……ここから……逃げて……」


「何言ってるの! エナっちが、私のために……!」


 泣きじゃくるマオ。

 大切な友を失う絶望に、心を引き裂かれそうだ。


「これで満足か? 魔王の生まれ変わりよ」


 冷たい声が、マオの怒りに火を付ける。

 顔を上げると、ヴァリアが残酷な笑みを浮かべていた。


「……許さない……」


「ん?」


「許さない……許さない……!」


 マオの瞳に、怒りの炎が燃え上がる。

 胸の奥から、抑えきれない衝動が込み上げてくる。


「私は……魔王なんかじゃない……! エナっちを傷つけるなんて……許せない……!」


 マオの全身が、闇のオーラに包まれていく。

 古の魔王の力が、彼女を支配し始める。


「……面白い。その力、とくと見せてもらおう」


 不敵に笑うヴァリア。

 剣を構え、マオに挑みかかる。


「うわあああああっ――!!」


 マオの咆哮と共に、闇の力が解き放たれる。

 衝撃波がヴァリアを襲い、吹き飛ばしていく。


「ば……馬鹿な……!」


 信じられない光景に、ヴァリアは愕然とする。

 あれほどの力を、マオが秘めているとは。


 マオの力は留まることを知らない。

 吹き荒れる闇の波動が、辺り一面を引き裂いていく。


 ヴァリアを吹き飛ばしただけでなく、地面をも抉り、崖を崩していく。

 その崖っぷちにいたマオとエナ。

 気がつけば、二人の足下から地面が消え去っていた。


 マオはエナを抱きしめる。

 崩れゆく崖に飲み込まれるように、二人の身体は闇の中へと落ちていく。


 魔王の力に怯え、それでも友のために戦ったマオ。

 彼女の想いは、果たして報われるのだろうか。


 闇の底へと落ちる二人の運命は、まだ誰にも分からない。

 ただ、マオの胸に燃える友情の炎だけが、闇の中で輝きを放っていた。

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