15:信頼と欺瞞の狭間で
レイレイを救いたい。マオの想いに何かが応えたのか、彼女は新たな『記憶』を思い出した。
それはハーピーの生態であり、レイレイを救うための手がかりとなった。
群れで生きるハーピー。その習性は近くに縄張りを張り、そこを拠点に生活することが多い。
そして、縄張りは山に存在する洞窟を好む。マオは学園周辺の地理も把握できている。この知識も、昨日までは彼女に存在しないものだった。
「――ということは、学園の近くにハーピーの『巣穴』が存在するってわけですのね」
「うん。だから、そう遠くには行ってないはずなんだ」
マオとエナは、レイレイを救出するための手がかりを得た。
二人の間には、希望の光が差し込んでいた。
「ふぅ……でも、安心しましたわ」
「え?」
「マオさんが分かるくらいですもの。ギルドの人たちもすぐに原因が明らかにできるはずですわ。もしかしたら、明朝にはレイレイさんも救出されてるかもですわね」
「――そうだね。だったらいいな」
エナと会話しているマオ。
彼女は、突如目覚める記憶についてエナに誤魔化しをしている。
保健室で休んでいる間にハーピーの生態を調査し、学園周辺の地図を見つけて頭に叩き込んだ。
そのような一見すると都合のつく嘘で、本当の理由を隠している。
(ごめんエナっち。でも、騙してるみたいでちょっとモヤモヤかも……。)
しかし、エナへ全て誤魔化しが出来ているわけではない。
エナにも、迷いない足取りのマオを不審に感じている心はある。
それは些細な違和感だが、今は友人を救うためだとして、マオを問いただすことはしなかった。
マオの正確な歩みにより、二人はとうとうハーピーの寝床である洞窟へと辿り着くことができた。
そこはベルカナンとヴァリアが密会していた洞窟と同じだった。
「ここがハーピー縄張りなんですの?」
「レイレイがいるとしたら……ここにしかいないよ」
「――なら、話は早いですわね」
銃を構えるエナ。戦闘態勢の準備はすでに整っている。
マオも同じく剣を抜き、洞窟内にいるハーピーに対して敵意を示す。
お互いの顔を見て、頷く。それが合図だった。
「……じゃあ、行くよ」
二人の揃った足並みが洞窟内へと進行しようとしたその時、その二人を呼び止める声があった。
「二人とも、待ってくれ」
「――あれっ?」
声の主に聞き覚えのあったマオはとっさに後ろを振り向く。
その人物を認識したマオは、ぱあっと表情を明るくさせた。
「ヴァリア先輩! 先輩もここに来てたの!?」
普段と同じテンションのマオに対して、ヴァリアはため息をつく。
「……マオ。やっぱり保健室を抜け出してきたのか」
「ア、アハハ……。ごめんなさい先輩。でも私、自分で友人を助けたいから……」
バツの悪そうな表情でヴァリアから目を背けるマオ。
だが、彼女の心は暖かさを増した。頼りになる先輩がいる。友人もいる。
彼女にとってこれほど心強い味方はいない。
一方、その味方の一人が敵である事実は、マオはまだ知らない。
マオの知り合いということで、いくらかの安心感を得るエナだったが、彼女の疑心は絶えない。
この近くで自分たちを待ち伏せしていたかの如く、ヴァリアが登場したからだ。
ヴァリアとほぼ他人であるエナだからこそ、感じられる違和感だった。
「……で、ヴァリアさんはこの洞窟に何の用事ですの?」
「もちろん、君たちと目的は同じだ」
「レイレイを助けるために、この中のハーピーと戦うんだよね!?」
「ああ。そうだよ」
(くっ。マオさんが『ネタバラシ』したからヴァリアさんの目的が分からなくなりましたわ……)
ヴァリアをあぶり出すため、敢えてここにいる目的を問うたエナ。
だが、彼女の引っ掛けはマオの手助けにより水の泡となった。
それほどヴァリアの存在が、マオにとって信頼たるものだという事実を掴めたが、まだ自分自身に確固たる信用をエナは抱けない。
「ヴァリア先輩が一緒だったら怖いもの無しだね!」
「さあ、行こうかマオ。せっかくここまで来たんだ。君が先導してくれ」
「い、いいの?」
「もちろん。後ろは私が守る」
ヴァリアに信頼されてもらった。その事実でマオの表情はさらに朗らかとなる。
マオは意気揚々と先んじて洞窟の中へと入ろうとする。
この時の彼女は完全に油断していた。だから、後ろで剣を構え振り下ろさんとするヴァリアの殺気さえ気づくことはできない。
「――っ!」
無惨にも振り落とされる剣。その切っ先がマオの首を切断できなかったのは、一発の銃弾のおかげだった。
銃弾は刃に当たり、その小さな衝撃は一人の命を救う。狙いがブレた剣はマオの首筋を掠め取り、空を斬った。
「尻尾を出すの、早すぎではなくて? ヴァリアさん。何を焦ってますの?」
「……君は強かなようだな」
「マオさんほど、わたくしはあなたに心開いてませんの」
「……え? ヴァリア……先輩?」
小さいキズから滴る血を拭いながら、マオはこの光景に困惑する。
窮地に立たされるマオとエナ。
冷静に剣を構えるヴァリアは、彼女たちに殺意を向けている。
「マオ、君は強かった。だが、私の邪魔をする存在は許されない」
「え? 先輩、どうしてこんなことを?」
「おとなしく言うことを聞いていれば、もっと楽な方法で済んだのに。君たちが無駄に介入する必要なんてなかったんだ」
ヴァリアの冷酷な言葉に、マオは驚きと悲しみを抱えながらも、何が起こっているのか理解しようとする。
エナは激しく動揺しながらも、怒りを抱えて返す。
「マオさんを殺すのが目的のようですけど……それに何の意味がありますの!?」
「君たちにはもう関係のないことだ。さあ、ここで終わりにしよう」
瞬間、何者かが洞窟の奥から現れた。それは、ハーピーたちだった。
この時まで、マオは目の前の光景を夢だと思いたかった。実は自分が寝ぼけてて、エナに起こされて夢から覚めるのを期待していた。
だが、ヴァリアは洞窟の中にいるハーピーたちに向かって微笑みかけ、彼女たちと手を組むような動きを見せる。
「ハーピーまで利用する……つまり、レイレイさんを攫ったのも、あなたの仕業なんですわね」
「……そうだ」
彼女の一瞬の言い淀みに違和感を覚えるエナだが、構える銃は油断を許さない。
後ろで放心しているマオを守るためにも、自分がしっかりしなければ。エナは彼女に檄を飛ばす。
「マオさん! ここで死ぬわけにはいきませんわ! レイレイさんのためにもここで生き抜かないと!」
「エナっち……」
「これで終わりだっ!」
迫るヴァリア。一度は防がれた彼女の剣だが、二度目はない。
そう言わんばかりに、たった一歩の踏み込みで、エナの眼前へとヴァリアは踏み出した。
「なっ!」
「さっきので勝ったと思わないことだ」
「くっ!?」
目にも止まらぬ速さで薙ぎ払われたヴァリアの剣。
その剣は、エナの首筋へと吸い寄せられるかのように接近。しかし、別の剣で遮られた。
「――マオさん!」
「……やはりマオ。君が障害になるか」
「エナっちを殺させないよ……! エナっちのためにも……もちろん、先輩のためにも!」
鈍い金属音の後、両者の剣が弾かれる。
「ここでエナっちを殺しちゃったら……先輩はもう引き返せないよ! 何があったのか私は知らない! けど! 先輩を助けたい!」
「戯言を!」
「お願いエナっち。私と一緒に先輩を止めて!」
マオの願いに、エナは黙って頷いていた。
二人の絆は、どんな試練にも負けない強さを持っている。
そしてその強さは、きっとヴァリアの心をも動かすはずだ。
たとえ今は敵対していても、彼女もまたマオたちの大切な仲間なのだから。
マオとエナは、剣と銃を構え直す。
目の前の障害に立ち向かう覚悟を決めた。
「先輩を、絶対に取り戻してみせる!」
「ええ、必ず!」
二人の心に迷いはない。
ただ一心に、友を想う気持ちだけがあった。
その思いが、きっと奇跡を起こすはずだ。
マオとエナの絆の力が、この窮地を打ち破ってくれると信じて。
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