14:誘導される心

 マオとエナが学園から消えたことは、彼女たちが学園を出てからの朝にはもう先生たちに知れ渡っていた。


 底辺クラスの者だからと呆れる者。捜索をするかどうか慌てている者。眉間にしわを寄せてイライラを募らせる者。

 先生と言っても人それぞれの反応があった。


 その情報は生徒たちには知らされていない。レイレイがさらわれた今、余計な心配が広まってしまうからだ。


 しかし、捜索の指揮を取っていたヴァリアだけは、マオとエナの失踪が先生より共有された。

 捜索の協力を行うという名目で、一人の行動が許されたヴァリア。


 彼女は一人、学園近くの洞窟へと足を運んでいた。

 大気中の水分が嫌らしくヴァリアの身体にまとわりつく。鎧を着込んでいる彼女には不快極まりない場所だった。


 洞窟の入り口に近づくと、ヴァリアの前に一人の女性が姿を現した。

 淡い光に照らされたその姿は、まるで幽霊のようだ。


「あら。お帰りなさいませ」


 ある日の夜中に出会った術師、ベルカナン。

 彼女がローブの中から薄気味悪い笑みを浮かべ、ヴァリアの帰りを祝福していた。


「……マオが消えた」


 ヴァリアは低い声で告げる。その声には、憂いと怒りが混じっている。


「ええ、分かっています。奥にいる少女を探しに行ったんでしょう?」


 ベルカナンは涼しげに答える。まるで、全てを見通しているかのように。


「――私は止めたんだ。なのに、マオは私の言葉を無視した」


 ヴァリアの声は、苛立ちに震えている。マオの行動に、彼女は困惑しているのだ。


「これでお分かりになりましたか? マオはあなたにとって脅威にしかならないんですよ」


 予め結末を見通していたと言わんばかりに、クスクスとヴァリアを嘲笑うベルカナン。


(勇者の末裔は残念な方なのですね。さっさとマオを始末すればいいものを……。)


 ベルカナンの甘言に惑わされるヴァリアだが、彼女は心のどこかでマオを信じている。


 だからこそ、彼女は直接的な手段は取らず、レイレイを誘拐し時間を稼ぎつつ、自身の判断を遅らせていた。

 だが、彼女の時間稼ぎも終わりに近づいている。マオがヴァリアの制止を聞かずに行動を起こしたのだから。


「さて、どうします? 奥の少女を盾にマオを仕留めたり?」


 ベルカナンの提案に、ヴァリアは眉をひそめる。


「……いや、それは卑怯だ。私は実力でマオに勝ちたい」


 ヴァリアは毅然とした態度で言い放つ。彼女には、まだ騎士としての矜持があるようだ。


(まだ『卑怯』の判断が出来るとはね。一応『末裔』ってところでしょうか……。)


 ベルカナンは心の中で呟く。あまり術を強くしても、ヴァリアが操り人形となってしまうだけ。

 あくまで、彼女はヴァリア自身に人殺しを選択させたがっている。


「だが、安心しろベルカナン。いくらマオでもこの場所を突き止めることは――」


 ヴァリアが言葉を紡ぐ途中、ベルカナンが口を挟む。


「できますよ?」


「何?」


 ヴァリアは驚きに目を見開く。


「だって、ここはハーピーの巣窟。謂わばハーピーの家ですもの」


 ベルカナンは当然のように言う。


「それに意味はあるのか?」


 ヴァリアには、ベルカナンの言葉の意図が掴めない。


「マオは必ず、魔王の記憶を使う。そうなれば、ハーピーの巣穴なんてすぐに見つけてしまいます」


 ベルカナンの説明に、ヴァリアは息を呑む。


「……私はまだ、彼女が魔王の生まれ変わりとは信じていない」


 ヴァリアは必死に否定する。マオを信じたい。そんな思いが彼女の中にはあった。


「――少し掛け直しますか」


 ハァッとため息をつき、ベルカナンはヴァリアに接近する。


 一瞬にして距離を詰められたヴァリア。

 彼女に拘束魔法を使い、ベルカナンは彼女の耳元で囁く。


「甘いですねぇ、勇者の末裔は。マオがここに来たら、何をすると思います?」


 妖しげな声色に、ヴァリアの身体が震える。


「……私と戦うのではないのか?」


 ヴァリアは弱々しく答える。


「単なるお遊びでない、本気の殺し合いが始まるんですよ? それに、あなたはマオの友人を誘拐した張本人。マオはきっと怒りに震えています」


 天真爛漫なマオしか見てこなかったヴァリア。

 それなのに、彼女の脳内には怒りに支配されたマオの姿をありありと想像出来てしまっている。


 そのイメージは全て、ベルカナンから送られた幻想の記憶であり、本来の彼女とは異なる。しかし、ヴァリアはその区別が付かない。


「ほら、あなたとマオが戦う。あなたの振るう剣は回避され、マオの一閃があなたの胴体を真っ二つ……。どうです? 想像できました?」


 そう問いかけるベルカナンだが、そのイメージもヴァリアへと送っている。


 だから、ヴァリアは彼女から受け取った想像を脳内で展開し、恐怖することができた。

 背筋が凍るような、生々しい光景が脳裏に浮かぶ。


「――そんなに強い、のか……」


 ヴァリアの声は震えている。マオの力を、彼女は恐れ始めていた。


「あなたが優しすぎるんです。マオは容赦しないですよ? あなたも本気にならなきゃ」


 ベルカナンの言葉は、毒のように彼女の心に染み渡っていく。


「だが、勝てるのか……?」


 ヴァリアは不安げに呟く。マオに勝てる自信が、彼女には無い。


「手はあります。聞けば、マオだけでなく邪魔者が一人くっついて来ているとか」


 ベルカナンの言葉に、ヴァリアは頷く。


 何故、ベルカナンがその情報を入手しているのか。それは今のヴァリアの思考能力では疑問に思うことすらできない。

 自分の思考に、ベルカナンという毒が侵食しているのだから。


「その邪魔者に協力してもらいましょう? 例えば、マオのことを、その邪魔者に教えてあげるとか……ね」


 ベルカナンの提案に、ヴァリアは無言で頷いた。


 彼女の瞳から、光が消えていく。

 代わりに宿ったのは、憎しみと殺意の炎。


 マオへの疑念と、己の地位を守りたいという思い。

 それらに突き動かされ、ヴァリアは『悪』へと堕ちていった。


 ベルカナンの術中にはまり、操り人形と化したヴァリア。

 果たして彼女は、マオとの対決でどのような行動を取るのだろうか。

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