13:それぞれの理由、それぞれの決意

「――レイレイ!」


 マオの絶叫が、保健室に木霊する。

 彼女は周囲を見回し、ここが現実の世界だと悟る。


「……レイレイを助けなきゃ! ――っ!」


 体中に響く痛みを必死で堪えながら、マオはベッドから這い出した。

 自分の傷が癒えるよりも、友人を助けることが優先される。

 その一心で、マオは痛みを強引に耐えていた。


 彼女は決意に燃え、よろめきながらも保健室を飛び出す。

 さすがに走ることはできない。だが、こうしている間にも、レイレイが助けを求めているかもしれない。

 そんな想像が脳裏をよぎるたび、マオの足取りはますます速くなる。


 しかし、痛みと体力の限界が容赦なく迫ってくる。

 マオの意識が遠のきかけたその時だった。


「マオさん、待ちなさい!」


 エナの切羽詰まった声が聞こえ、マオは振り返る。

 エナが彼女に向かって全速力で駆け寄ってくる様子が見えた。


「エナっち! でもレイレイを……!」


「百も承知ですわ。ですが、今のあなたでは危険なのも事実」


 限界を迎えたマオは、床に崩れ落ちる。

 そんな彼女を、エナは慌てて支え起こした。


 エナの言う事は最もだ。今の自分が外に出ても、万が一レイレイを見つけても、ハーピーと戦うことはできない。

 葛藤しながらも、マオはエナの言葉に納得せざるを得なかった。


「今は保健室で休みませんこと?」


「……うん」


 エナに手を引かれ、マオは渋々保健室へと戻る。

 ベッドに横たわり、天井を見つめる。傷ついた身体を癒しながら、レイレイのことを想う。


「レイレイじゃなくて……私が誘拐されれば良かったのに」


 その言葉には、深い後悔と自責の念が込められていた。


「マオさん……」


 エナはマオの心の痛みを感じ取り、言葉を失う。

 どうやってレイレイを助ければいいのか。彼女を誘拐したのは、理由があるはず。

 この学園をモンスターが襲撃するほどの理由が、レイレイにはあるのか。

 レイレイに何か力が秘められているのか。


 そんな中、保健室の扉が静かに開く。


「マオ、大丈夫だったか?」


「あ……ヴァリア先輩」


 傷ついたマオを見舞いに、ヴァリアが来たのだ。

 その凛々しい佇まいに、マオは思わず息を呑む。


「スレインのことだが、気の毒だったな」


「ねぇ、ヴァリア先輩。どうしてレイレイが襲われたの?」


「……それは私にも分からない。だが――」


 マオの顔を見つめ、ヴァリアは言葉を選ぶように語気を変えた。


「スレインの捜索はギルドに依頼することにした」


「ギルドって……モンスター討伐するあの?」


「ああ。安心してくれ。私とギルドが、必ずスレインを救出する」


 ヴァリアの言葉は力強く、それでいて優しさに溢れていた。

 だがマオは、その言葉に納得できない何かを感じずにはいられなかった。


 自分は捜索してはいけない。後はプロの集団に任せ、日常を送れば良い。

 確かに、幾度もモンスターと戦いノウハウを得た集団であれば、モンスターの行動を読むことができ、捜索も容易だろう。


 だが、マオはそれで納得できない。あと一歩早ければ、レイレイを助けられたかもしれない。

 その後悔を抱えたまま、日常を過ごしたくない。

 自分の想いが、他人から見ればどれだけふざけているのか。それを分からないマオじゃない。


 しかし、彼女は自分自身の手でレイレイを救わなければという使命感に駆られていた。


「……その捜索、私も参加したい」


「マオ。それは頷くことはできない。君は単なる学生でしかない」


 その後に続く言葉を言うかどうかを、ヴァリアは刹那に迷う。

 しかし、マオの意志を砕くため、彼女は心を押し殺して伝えた。


「私は上級クラスで、今回の捜索の学園内での指揮を任された。だが君は底辺クラスの生徒だ。力も……そんなに無い君が、何の助けになるんだ?」


 言葉の一つ一つが、マオの胸に突き刺さる。

 だが彼女は、めげずに顔を上げた。瞳に宿った炎は、消えることを知らない。


「――『今』は、だよ。明日の試験受かれば、私だって上級クラスに行ける」


「マオ……」


 困惑した表情のヴァリア。

 決して引き下がらないマオの強い意志を感じ取り、彼女は思わず言葉に迷ってしまっていた。


 だが、マオはすぐに困ったような笑顔を浮かべながら、頬を軽く指で掻いた。


「……えへへっ、聞き分け悪いよね。やっぱダメか……。ごめんねヴァリア先輩。迷惑かけちゃった……」


「……分かってくれればいい。さあ、今は休むんだ」


 ヴァリアに諭され、マオは目をつむる。

 マオはこの時間だけ、休息に力を入れることにした。


 少しでも傷が癒えれば、起こす行動は一つ。その事実をヴァリアはまだ知らない。


 ***


 ヴァリアとマオの会話から、数時間経った。

 夜も更け、暗闇が支配する時間。


 一人の少女が、忍び足で保健室から抜け出す。

 学園内の廊下を、音を立てないよう慎重に歩いていく。


 学園の玄関から飛び出す少女。月明かりに照らされたその姿はマオだった。

 誰にも見つからないよう、影に紛れながら、学園の校門前まで駆け足になる。


 夜中に出歩き、あまつさえ学園の外へ行こうとする。この行為がバレたら退学にされるかもしれない。

 だが、マオはどうしても友人をこの手で助けたいと思った。


 入学直後に初めて話しかけてくれたレイレイ。彼女がいるから、自分がいる。

 一人でこの学園に来たマオにとって、レイレイはかけがえのない人物だ。


(あれ? どうして私、ひとりで学園に……?)


 一抹の疑問は、校門前の先客によって遮られる。


「――やっぱり来ると思ってましたわ。マオさん」


「エナっち……」


 エナは腕を組み、マオを厳しい眼差しで見据えている。

 その姿は、絶対にマオをこの先に行かせないと言わんばかりだった。


「無謀ですわよ、マオさん」


「行かせてよエナっち。私はレイレイを助けたいんだ」


「それはギルドに任せればいいでしょう? 上級クラスも居ますもの。今回はわたくしたちの出る幕ではない、それが分からないあなたではないでしょう?」


「分かりたくないよ。ううん、『今』だけは分からないかな、エナっちの言葉が」


「マオさん……! どうしてそこまでしてレイレイさんを想えますの!?わたくしたちは、この学園を出れば他人でしかありませんわ!それなのに、どうしてあなたは!」


「――学園を出ても大切な友人だよ、レイレイは。学園で培った絆は、例えここを卒業しても私たちの心に残ってる」


「そんなの――」


「あり得ないって言わせないよ。エナっちだって、私の大切な友人なんだから。エナっちに何かあったら、絶対に助ける」


「……あなた、言ってて恥ずかしくありませんの?」


「ちょっとカッコつけすぎちゃったかな?でも、私の心は変わらない。私がこの学園に馴染めた理由の一つなの、レイレイは。お願いエナっち。そこを通して」


 マオの真摯な想いに、エナは言葉を失う。

 しばらく沈黙が続いた後、エナは大きくため息をついた。


「……まったく。分かりましたわ。マオさんの意志がどれだけ強固なのか」


「分かってくれてありがとう、エナっち」


「――なら、さっさと行きますわよ。今見つかったら退学ものですもの」


「そうだね……ん?」


 エナは手慣れた様子で、校門の横になるブロック塀の一部を動かす。

 すると、人が匍匐前進すれば通れる抜け穴が出現。


「さあ、早く。わたくしから通りますから、マオさんは後から続いて下さいまし」


 エナは迷いなくその抜け穴から学園の外へと向かう。

 困惑で理解できないながらも、マオはエナの後を追う。


 マオがようやくツッコめるようになったのは、抜け穴から学園の外へ出て、夜道を歩いている時だった。


「あのさ! どうしてエナっちも着いてきてるの!?」


「どうしてって……わたくしが居て何か都合でも悪いんですの?」


「い、いや全然悪くないしむしろ心強いんだけどさ! さっきまで私を学園から出さないように説得してたよね!?」


「ん? ああ。あれはマオさんへの最終確認ですわ。学園を出なければレイレイさんを救えないんですもの。その意志を試した。その結果、わたくしと一緒に学園を出ることになった。それだけですわ」


 彼女にとってあんまりな理由に呆けるマオ。

 続けて話すエナの顔は、心なしか赤面していた。


「――わたくしだってレイレイさんを助けたいんですのよ。繋がりを作ってくれた大切な友人ですもの」


「私と同じってこと?」


 フッと笑顔を転ばせるマオ。

 からかわれたと思い込み、エナは口を尖らせて抗議の意を示す。


「な、何がおかしいんですの? 本当のことを言っただけじゃありませんの!」


「ううん。何もおかしくないよ。エナっちが居てくれて良かったなって。そう思っただけ」


 レイレイを救うという使命感から、緊張していたマオがようやく一息つけた瞬間だった。

 エナと共に、この困難に立ち向かえることを心強く感じながら、マオは夜道を進んでいく。


 二人の少女の冒険は、まだ始まったばかりなのだった。

 レイレイを救うという強い想いを胸に、マオとエナは闇夜の中へと消えていった。

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