12:試験前日、襲撃

 マオとエナが受ける試験。その前日がやってきた。


 先生の協力もあり、二人は試験対策を万全に整えていた。

 そこにはもちろん、レイレイの姿もあった。

 彼女も知識を絞って、全力で友を支えていたのだ。


「……そうだ。マオちゃんとエナちゃんにクッキー作ろう」


 晴れ渡る空の下、レイレイは大きく伸びをする。

 休日の早朝。爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、リフレッシュする。


(頑張ってね、二人とも。授業で応援には行けないけど、私はずっと味方だからね!)


「よし! 明日そばにいられないなら、クッキーで気持ちを届けよう!」


 レイレイにとって、お菓子作りは幼い頃からの趣味だった。

 だが披露できる相手は、親しい人物に限られていた。


 もちろん両親は、自作のクッキーを美味しいと褒めてくれる。

 でも本心からだろうか。レイレイの中に、不安が芽生えていた。


 親は遠慮しているのでは。本当は不味いのでは。

 そんな杞憂を、マオとエナが払拭してくれたのだ。


 意気込んでレイレイは厨房へ向かい、使用許可を申請する。

 許可が下りると、すぐにお菓子作りを始めた。


 既に幾度となく作ってきた経験から、手際は鮮やかだ。

 テキパキと手順を進め、クッキーが焼き上がっていく。

 その姿は、まるで熟練の職人のようだった。


「うん! 良い焼き加減!」


(これも、二人を応援したいって気持ちの表れ……かな?)


 今までで最高の出来栄え。レイレイはそう確信していた。

 形、焼き具合、味。どれをとっても満足のいく仕上がりだ。


 二人分の袋を用意し、丁寧にクッキーを詰めていく。

 明日の朝渡そう。喜んでくれるだろうか。


 友の笑顔を思い浮かべ、レイレイは窓の外を見やる。

 いつもより量が多く、許可も遅れたせいで、もう夕暮れが近い。


(良かった。早く明日になって欲しいもの……)


 微笑を浮かべ、レイレイは後片付けを済ませる。

 二袋のクッキーを抱え、静まり返った校内を歩いていく。


 休日の放課後。人気のない学園内は、非日常的な雰囲気に包まれていた。

 普段なら生徒の喧騒が響く教室も、今はもぬけの殻だ。


(さ、さすがに何か出てきたりはしないよね?)


 そんな思いを巡らせた時、通りすがりの教室で物音がした。


「ひゃ!?」


 人気のない教室での不意の物音。

 それだけで、レイレイの心臓は跳ね上がる。


「だ、誰かいるのかな……?」


 ドアの窓からそっと覗き込むと、床に教科書が落ちているのが見えた。

 誰かが置き忘れたものが、落下したのだろう。


「あ、これが音の正体か」


 独り言を呟いて平静を取り戻す。

 単なる偶然の重なりだと、レイレイは自分に言い聞かせた。


「タイミングが良すぎるよね……まるで私を驚かそうとしてるみたい」


 冷や汗を拭いながら歩み続ける。

 次に遭遇したのは、もはや偶然などではなかった。


「えっ――!」


 突如、窓ガラスが割れる音が響き渡った。

 そこから侵入してきたのは、一羽のハーピーだった。


 鳥のような羽が幻想的に舞う。

 大きな翼はレイレイを覆い隠すほどに広げられている。


「モ、モンスター!? なんでこんなところに――っ!?」


 ハーピーは鋭い爪でレイレイの肩を掴むと、金切り声を上げて窓の外へと引きずり出す。


「ま、まさか……連れ去られる!?」


 必死に抵抗するレイレイ。

 何とかしてハーピーの爪を振り払おうともがく。


「放してよ!  放して!」


 激しく身体を捩じ曲げ、ハーピーから逃れようとする。

 思いのほか強い抵抗に、ハーピーは一瞬レイレイから手を放してしまう。


「二階だけど、仕方ない――」


 なるべく衝撃を和らげるべく、レイレイは身体を丸める。

 それでも地面に叩きつけられ、痛みに顔を歪めた。


「……よ、良かった! クッキーは無事みたい!」


 なによりもクッキーだけは守らねば。

 それは友への思いを込めた、かけがえのないものなのだから。


 袋を懐に仕舞い、レイレイは高く舞い上がるハーピーを睨みつける。


「……今日は、魔法が使えるかな」


 助けを呼べばいい。だがそれより先に、ハーピーを退治しなければ。

 再び捕まる危険は避けたい。だからここは、魔法の成功に賭けるしかない。


「この前みたいに、火の魔法を……今日こそ決めるんだから!」


 呪文を唱え始めるレイレイ。

 語句は完璧に暗唱できている。問題はただ一つ。


 魔力が湧き上がってこないことだけだった。


「お願い! 私も……マオちゃんやエナちゃんと一緒にいたいんだよ!」


 ……だが、火の玉は現れない。

 魔法は発動しなかった。彼女には、まだ力が足りないのだ。


「……どうして? どうしていつもこうなるの?」


 防御の態勢を解いたハーピーが、一気に急降下してくる。

 お返しとばかりに、鋭い肘をレイレイの腹部に叩き込んだ。


「ぐっ……!」


 激痛が全身を走り、レイレイはその場にうずくまる。

 もはや動くことすらできない。


 力の差を思い知らされ、再びハーピーに肩を掴まれる。

 高く舞い上がろうと、ハーピーは羽ばたこうとした。


 その時、鋭い剣戟が翼を切り裂いた。


「レイレイ! 大丈夫!?」


「……マオちゃん!」


「私たちが来たからには、もう安心ですわ!」


 偶然通りかかったマオとエナが、危機に陥ったレイレイを発見したのだ。

 試験前日、夕食をみんなで食べようと探していた途中での出来事だった。


「レイレイを攫うなんて許せない……! 覚悟しなさいっ!」


「そっちの翼も同じ目に遭わせてやりますわ!」


 マオがレイレイの手を引き、ハーピーから引き離す。

 その間にエナが銃弾を放ち、残る片翼をも破壊した。


 これでハーピーに空は制圧された。

 あとは射撃で片付けるだけ……のはずだった。


「マオちゃん、エナちゃん! モンスターがあんなに……」


「なんて数なの!?」


 ハーピーは一羽だけではなかった。

 数十羽ものハーピーが一斉に襲いかかってきたのだ。


「明らかにおかしいですわ――っ!」


 倒れたハーピーの始末も終わらぬうち、大群に気を取られたエナ。

 その隙に、翼をもがれたハーピーに後ろから羽交い絞めにされてしまう。


 抵抗しようにも、拳銃は地面に落としてしまった。

 身動きの取れないエナを見て、マオが駆け寄る。


「エナっち!」


 だが、ハーピーの大群はあっという間にマオとレイレイを取り囲んでいた。


「あぅ!!」


 襲いくる二羽のハーピー。

 鋭い爪がマオの身体を引き裂き、強靭な蹴りが彼女を吹き飛ばす。


 地面に叩きつけられ、泥にまみれるマオ。

 一瞬の意識の混濁。平衡感覚が狂う。


(レイレイを……エナっちを助けないと……! 動け、私の体!)


 よろよろと立ち上がるマオ。

 その隙を狙い、ハーピーが追撃の肘鉄を叩き込む。


「がっ……⁉」


 顔面を殴打され、マオは再び地に沈む。

 意識が遠のき、朦朧とする視界。


「離して! イヤだよ、連れてかないで!」


「レイレイ……待って……お願い……連れてかないで……!」


 地面に伏しながらも、マオは必死に手を伸ばす。

 レイレイの姿を追いかけ、すがるように呼びかける。


 だが無情にも、彼女はハーピーに攫われ、遠ざかっていく。

 最期に見た光景。エナを捕えたハーピーが、ヴァリアの剣に斬り伏せられる。


 そして、すべてが闇に呑まれた。

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