8:上級クラスへの推薦状

 生徒が森で迷い、モンスターと遭遇するという異常事態を受け、底辺クラスの授業は中止となった。

 いつもなら生徒の喧騒で溢れる教室も、静まり返っている。

 そこには先生とマオ、レイレイ、エナの姿があった。


「――すまんっ!」


 先生は三人に土下座し、謝罪の意を示す。


「せ、先生! そこまでする必要ないよ」


 大げさな態度に、マオも困惑を隠せない。

 だがエナは、事の重大さを理解し、不満げな表情を浮かべる。


「まったく……私たち、死ぬところでしたのよ。マオさんとレイレイさんがいたからいいものの……」


「いや、本当に申し訳ない……。これは先生失格だ」


「あの、先生」


「どうしたレイレイ? 今の先生は何を言っても怒らないぞ」


「私たち、看板を見ながら進んでいたはずなのに、迷ってしまったんです。これ、どういうことなんでしょう?」


「……レイレイは入学時、学園の施設を隅々まで見て回っていたな。案内役は先生だから覚えている」


 レイレイが力強く頷く。

 彼女が迷うはずがない。

 先生はその意味を理解し、教壇に背中を預けて腕を組んだ。


「お前たちの到着が遅いと気になって、区画から戻ってきた途中……いくつかの看板の内容が変わっていたんだ」


「そんな! 一体誰がそんな悪巧みを! このクラスの誰かですの!?」


 先生は首を横に振る。


「いや、その可能性は低い。お前たちの前に出発したチームは、正しい看板を頼りに区画に到着したと証言している。貶めるような生徒でもない」


 先生がそのチームの生徒の名を挙げる。

 マオたちはその名前に納得した。そんな行動を取る生徒ではなかった。


「つまり、そのチームの後、私たちが来るまでの間に、看板を細工した者がいるってこと……だよね?」


「私たちにそんなことして、得する人がいるなんて信じられない……」


「自分で言うのも何ですが、底辺クラスですものね」


 逆ならまだしも……とエナは言葉を続けた。


「とにかくこれは大問題だ。犯人が見つかり次第、然るべき対応を取らせてもらう。お前たちも何か気になることがあったら、先生に教えてくれ」


 三人が頷く。

 これで話は終わりかと思われたが、先生にはまだ伝えることがあった。


「――それはそれとして」


「それはそれって、まだ何かあるの?」


 退屈さを感じ始めたマオは、椅子の背もたれに寄りかかりながらあくびを噛み殺す。


「偶然とはいえ、お前たちはフォレストゴーレムを倒した」


「倒した……と言っても、最後は先生がトドメを刺したんでしょ?」


「いや、レイレイ。あの時も言ったが、あのゴーレムはもう瀕死だった。先生は、これ以上被害が出ないように止めを刺したに過ぎない」


「ふっふーん。すっごいでしょー? 三人の手柄なんだからねー。先生はトドメを刺しただけなんだからねー?」


 チームで成し遂げたことに大きな達成感を得たマオは、三人の功績を強調する。


「だからだ。先生の罪滅ぼしも兼ねて……お前たち三人の、上級クラス昇格試験の推薦状を書いておいた」


「――え?」


「上級クラスでもゴーレムを倒せる者は少ない。ましてや初対面のチームで、未知の強敵を打ち倒すほどの柔軟性と計画性。そして戦闘技術や魔法の腕前……お前たちが受験できるよう、先生が知恵を絞って書いて、もう提出してきたんだ」


「もう!? 行動が早すぎですわよ先生!」


「こういうのはさっさとやるべきなんだ。ただし『受験』の資格であって、合格を保証したわけじゃない。あくまで『推薦状』だから、受理されるかどうかも分からない」


「まあ、それはそうですけれど……」


「お前たちならやれるさ」


「あの、先生……」


 レイレイが恐る恐る手を挙げる。

 自分の不甲斐なさを、彼女自身理解していた。

 先生は優しい笑みを浮かべ、彼女を安心させようとする。


「マオから聞いたぞ。魔法、ちゃんと成功したんだろう?」


「うん。でも、今度はいつ使えるのか……」


「これから鍛えていけばいい。少なくとも、ゴーレムに通用するほど強力な魔法を使えるんだ。素質はあるんだよ、レイレイは」


「先生の言う通りですわ。レイレイさんは、もう少し自信を持ってもいいのでは?」


「エナちゃん、ありが…………ん?」


 違和感。

 学園に戻ってから、レイレイはエナに対する違和感が拭えずにいた。

 それは今、確信に変わった。


 一方エナは、きょとんとした表情でレイレイを見つめている。


「? わたくしの顔に何か付いていますの?」


「……エナちゃん、私のこと、もう一度呼んでみて」


「レイレイさん。これがどうかしました?」


 (あれれー? おかしいなー。何かがおかしいなー。)


「確か……エナちゃんは私のこと『スレインさん』って呼んでなかったっけ?」


「ええ。でも、これからはレイレイさんと呼ばせていただきますわ」


「……えぇ!? ちょ! 何で!? 『スレインさん』で私は何も問題ないよ!? むしろ今までちょっと嬉しかったのに!?」


「何故って……『レイレイ』の方が可愛いからに決まってますわ。そのあだ名……わたくしは好きなんです」


 褒め慣れていないのか、エナはその言葉を口にすると顔を赤らめる。

 それを悟られまいと、彼女はレイレイから顔を背けた。


「へっ!? 可愛い!? ホ、ホント……?」


「ほらー。レイレイ可愛いじゃん。レイレイ」


 レイレイに抱きつくマオ。


「でもレイレイは私のものだからねっ! 絶対にエナっちなんかに渡さないんだから!」


「はあ!? レイレイさんは誰のものでもありませんわ! 人をモノ扱いするのは止めていただけます!?」


「エナっちだけはやーだもん! べーっ!」


「こ、子供なんですのあなたは!?」


「子供ですー! 大人じゃありませーん!」


 レイレイを挟んで、マオとエナが言い合いを始める。

 本気の喧嘩ではないため、微笑ましい光景に見えた。


 しかし先生は、三人の姿を見つめながら不安を覚えずにはいられなかった。


「――こいつらに推薦状、出すのは早すぎたかもな……」


 底辺クラスらしからぬ活躍を見せた三人。

 だがその実力を、上級クラスでも発揮できるのだろうか。


 生徒たちの成長を信じたい。

 そう願いながらも、先生の胸には晴れない思いが残っていた。


「先生、私たちなら大丈夫だよ」


「そうですわ。この三人なら、きっとやり遂げられます」


「だって私たち、最強のチームだもん!」


 マオ、レイレイ、エナ。

 三人の笑顔が重なる。

 その眩しさに、先生の不安も少しずつ溶けていく。


「……ああ、そうだな。お前たちならきっと」


 先生も微笑みを浮かべ、三人を見守った。

 上級クラスへの昇格。

 それは彼女たちの新たな一歩となるだろう。


 果たして、マオたちは試験に臨めるのか。

 そしてまた、森で起きた異変の犯人は見つかるのだろうか。


 少女たちの運命は、新たな局面を迎えようとしていた。

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