7:三人の力

 ひとまずの危機が去り、三人はいつもの談笑を始めた。

 モンスターとの戦いを乗り越えた高揚感もあるだろう。

 だがそれ以上に、今ここにいる現実を噛み締めたい気持ちが強かった。


 最初は愛想笑いだったマオも、やがて自然な笑顔を見せるようになる。

 レイレイとエナの言葉に、心が和んでいくのを感じていた。


「――っと! 雑談してる暇は無かったんだった!」


「そうですわね。さっさとこの森から学園に戻らないと」


「とりあえず、来た道を戻ってみる?」


「でも、更に迷ったら困るよね……」


「かと言って、ずっとここにいるのも危ないですわ……」


 ここに留まるか、戻るか。

 答えの出ない議題に、実践経験の浅い三人にはまだ時間が必要だった。


 だがその時間は、与えられなかった。

 次なる刺客が迫ってきたからだ。


「――なっ! 何っ!?」


 地響きが三人の立つ地面を揺らし、草木を震わせる。

 突然の出来事に、三人は立っていられず、その場にひれ伏した。


「こ、この振動!? 立ってられませんわ!」


「くぅっ! 早くここから逃げるべきだったかも……!」


 運命を占うように、上空が暗くなっていく。

 鬱蒼とした森は、影に覆われ、より一層の厚みを増していた。


「――違う! これってもしかして……!」


 天候が悪化したのではない。自分たちの命が尽きようとしているのだ。

 最悪の結論に達したマオは、内心で強く否定しつつ、曇り空を見上げた。


「あ……あ……」


 三人の身長を足しても及ばないほどの、巨大な樹木がそびえ立っていた。

 苔や植物の根が体表を覆う、力強い幹を持つモンスター。


「う、嘘ですわよね!? こんなの勝てるわけ――」


 枝と葉が絡み合った顔の奥底に、光が宿る。

 ゆっくりと天高く腕を掲げるその姿に、三人に降りかかる運命は明白だった。


「レイレイ! エナっち! 立って! 逃げて!」


 必死の叫びは、大切な仲間を想う故の激だった。

 だが同時にそれは、マオ自身に向けた言葉でもあった。


 巨大な腕が振り下ろされる寸前、何とか三人はその場から離れることができた。

 腕が地面に叩きつけられた瞬間、重力が三人の身体を襲う。

 内臓をかき乱され、泥や草にまみれて地に伏す三人。


「うぇ……吐きそう……」


「何言ってますの……! 逃げますわよ……!」


 エナの必死の呼びかけに、モンスターは咆哮で応える。

 途端、岩壁が地面からせり出し、モンスターを中心に三人を取り囲んだ。


「……そん、な」


 立ち上がり、ここから脱出しようとしたエナ。

 だがその膝は、力なく崩れ落ちてしまう。


「殺す気なんですわ。……わたくしたち、ここで、死んで――」


「――たまるか」


 エナの絶望をマオが否定する。震える剣を握る手は、それでも生きる意志に満ちていた。


 (死にたくない……違う、そんな後ろ向きじゃダメだ。生きたい……私は生きたいんだ!)


「エナっち! 私がコイツを何とかするから、その壁をぶち破る方法を考えて!」


「何とか!? どうやって! 無理に決まってますわ! こんなの……こんなのって……!」


 だがマオは、生への執着を胸に刻んだ時、フォレストゴーレムとの戦い方を思い出していた。

 巨大な敵に挑む時に必要なのは、機動力と冷静な判断、そして戦術。

 フォレストゴーレムには弱点がある。この大きさのゴーレムが動けば、身体に『軋み』が生じる。

 木の幹を骨格とする以上、それは避けられない。

 長年動かした身体には、亀裂が存在するのだ。フォレストゴーレムの場合、それは肩にあった。

 腕一本切り落とせば、巨体はバランスを失い倒れるだろう。

 マオはそれを『知っていた』。


 恐ろしいほどに恐怖心が消え去ったマオの表情に、余裕が生まれる。


「今まで好き勝手やってくれちゃって! 今度は私たちの番なんだからっ!」


「マオちゃん……?」


 豹変したマオに戸惑いを隠せないレイレイ。

 だが彼女は、すぐにエナの元へ駆け寄った。


「どうやっても勝てませんわ。無理に決まってますもの」


 自暴自棄になったのか、いつもは自信たっぷりのエナが震え、拳を握りしめている。

 レイレイはそっと、自分の手をその拳に重ねた。

 エナに伝わるレイレイの温もり。冷えきった心が、少しずつ解きほぐされていく。


「エナちゃん。どうにかできないか考えようよ」


「マオさんもスレインさんもお強いんですのね……。わたくしには無理ですわ。怖くて、怖くて、考えがまとまりませんもの」


「――私だって怖いよ。マオちゃんだって怖いと思いながら戦ってる」


「……スレインさん」


「それでも何か出来ないかって、必死に考えてるんだよ。私とマオちゃんだけじゃ、きっと難しい。でも、エナちゃんがいれば、この状況を打開できるかもしれない」


「わたくし一人で、そんな影響が――」


「あるかどうかは、死ぬまで分からないよ。ねっ?」


 レイレイは懐からクッキーの袋を取り出し、エナの手に握らせた。


「これ、元気の出る魔法。えへへっ、魔法が苦手な私でも、この魔法だけは自信あるんだよ?」


 そう言ってレイレイは、ゴーレムを見据える。

 その瞳には、強い決意の色が宿っていた。


「試してみたい魔法があるの。『今日』は、魔法が使えるかもしれない……」


「スレインさん、まさか――」


 レイレイはエナに微笑みかけ、そのままフォレストゴーレムに向かって駆け出した。

 取り残されたエナは、思い切り自分の頬を叩く。


「――このバカッ!」


 頬に残る痛みと赤い痕。それが、エナへの戒めとなった。


「マオさんもスレインさんも動いてるのに……どうしてわたくしが逃げ腰になってるの! 考えなさいエナ! この壁を破壊する方法を!」


 (そう言えば、土壁はスライムでボロボロになった。なら岩壁は……?そうだ、きっと!)


 恐怖に怯えながらも、エナは生きるために立ち上がる。


 一方、マオとフォレストゴーレムの戦いは続いていた。

 ゴーレムの攻撃をかわし続けるマオは、余裕の表情を崩さない。


「マオちゃん!」


「レイレイ!」


 駆けつけたレイレイに、マオは頷きかけた。

 レイレイは魔道書を開き、呪文を唱え始める。

 マオはその背中を信じ、ゴーレムの注意を引きつけるように動き回る。


「遅い……相変わらず弱いねキミは! そんなんだからゴーレム界の出来損ないって言われるんだよ、フォレストゴーレム君!」


 言葉は通じずとも、それが侮辱だと悟ったゴーレム。

 レイレイから目を逸らし、マオに全神経を向ける。


「これ、本当は今日特訓するはずだったんだから……!」


 レイレイの周りに、燃え盛る炎の玉が浮かぶ。

 確かな手応えを感じながら、レイレイは呪文を叫ぶ。


「――お願い! あのモンスターに向かって……いっけぇぇぇ!」


 炎の玉がゴーレムへと襲いかかる。

 瞬く間に玉は巨大な火柱となり、爆発を引き起こした。

 灼熱の風がゴーレムの身体を包み込み、よろめかせる。


「ありがとうレイレイ!」


 隙を突いたマオは、跳躍してゴーレムの肩へと駆け上がった。


「――その腕、一本貰っちゃうよ!」


 レイレイの魔法のおかげで、肩の亀裂はさらに広がっていた。

 マオはそこに剣を突き立て、力の限り引き上げる。


 生まれてからずっと共にあった腕。

 それがゴーレムから引き剥がされた瞬間、巨体は大きく傾いだ。


 倒れるゴーレム。立ち上がるまでのわずかな時間が、脱出のチャンスだ。

 マオはエナに声をかける。


「エナっち! どんな感じ!?」


「後少しですわ!」


 岩壁に火炎魔法を叩き込み続けたエナ。

 熱せられた岩にヒビが入り始めている。

 窮地の中で編み出した彼女の作戦だった。


 そのヒビに、拳銃の銃口を押し当てる。


「この銃の威力……見せてあげますわ!」


 引き金に指をかけたその時、マオとレイレイがエナの肩に手を置いた。


「マオさん、スレインさん?」


「さっき見た銃の威力だと、エナっちの肩が壊れちゃうよ」


「私たちも一緒に衝撃を受け止める。だから思い切りやってエナちゃん!」


「……二人に感謝しますわ」


 仲間の後押しを受け、エナは引き金を引いた。

 弾丸がヒビの中に食い込み、内側から岩壁を粉砕する。

 亀裂は天井まで走り、ついに岩壁の一部が崩れ落ちた。


「やりましたわ!」


 歓喜の声をあげるエナ。


「さ、早く逃げよう!」


 ゴーレムを振り返ることなく、三人は崩れた壁から外へと飛び出した。


「お前たち、大丈夫か!?」


「――先生っ!?」


 森に入ろうとした時、先生の姿が目に入る。

 生徒たちの行方を追って、単身で捜索に来ていたのだ。


「あっちにゴーレムがいるの!」


「分かった。俺が始末してくるから、それまでここで待機だ」


「了解ですわ!」


 先生は崩れた岩壁の中へと姿を消す。

 その後ろ姿を、レイレイは不安げに見つめていた。


 やがて、大きな地響きと爆発音が森に響く。

 煙と共に、無傷の先生が戻ってきた。


「先生!」


「あのゴーレムを三人でなんとかしたのか?俺が止めを刺す前に、すでに瀕死だったぞ」


 マオはレイレイとエナの手を取り合い、誇らしげに告げる。


「三人で力を合わせたからだよ!」


「そうか。流石はお前たちだな。さて、学園に戻ろうか」


 満面の笑みを浮かべるマオの頭を、先生は優しく撫でた。

 三人の無事を、心から安堵する温かな手のひらだった。


 こうして、マオたちの危機は去った。

 互いを信じ、力を合わせることで、乗り越えられない壁はない。

 今日の出来事が、三人の絆をさらに強くしたことは間違いなかった。


「ねえ、次からは学園内で課外授業しようよ」


「――賛成」


「異議なしですわ!」


 晴れやかな笑い声が、森に木霊する。


 帰路につく一行。

 マオはレイレイとエナの手を握りしめ、歩み続ける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る