6:得体の知れない敵

「マオちゃん」


「どしたのレイレイ?」


「ここ……どこ?」


 説明を受けた時、レイレイは脳内で地図を描いていた。

 その地図を頼りに、三人は目的地へ向かっているはずだった。


 レイレイは入学当初、学園内を隅々まで見て回っている。間違えるはずがない。

 だが今、目の前に広がるのは紛れもなく森の中だった。


「エナっちったら区画の場所間違えるなんて♪ んもー、ホントーにしょうがないなぁ♪」


 エナに責任を押し付け、わざとらしく肩をすくめるマオ。


「何でもわたくしのせいにしないで下さいまし!」


 ツッコミを入れつつも、エナの中にも疑問が浮かんでいた。


「でも、おかしいですわね。わたくしたち、ちゃんと舗装された道を進んでいたはずですのに」


「うん。目印の看板も注意して見てたのに――」


「――看板、誰かが『わざと』変えたのかな?」


 不穏な空気を感じさせる、マオの一言。

 三人の間に沈黙が流れる。


「……なーんちゃって! 嫌だねぇ二人とも本気になっちゃって! 冗談だよ今のは!」


 おどけて見せるマオは、そのまま後ろを向く。

 元来た道を辿れば、少なくとも先生のいる場所までは戻れるだろう。


 今はモンスターとの実戦よりも、三人の安全が何より大事だ。

 無事に帰れることができれば、他のことは些細な問題だった。


「ほらほら! さっきと逆の道を歩けば正しい道に戻れるって!」


「マ、マオさん……道が無くなってません?」


「――マジか」


 エナが指差す先も、マオの背後も、ただの森の中。

 今まで歩いていた舗装された道は、もはや存在していない。


「こんなの変ですわよ。わたくしたちが歩いた道は一体……!?」


「魔法で幻影を見せられてた……とかかな?」


「――レイレイ、こっち来て」


 異変を察知したマオは、レイレイの手を取って身体を寄せ合わせる。

 一方のエナは、慌ててポケットから拳銃を取り出した。

 今度は留め具をしっかりと外して。


「もし、モンスターが出てきた場合の話ですけど……」


「区画内のモンスターよりは、ちょっとだけ獰猛なだけかな? でもさ、私とエナっちなら何とかなるよ。きっとね」


「今だけは、その言葉がありがたく感じますわ」


 マオの言葉に、エナも思わず笑みを浮かべる。

 それでも警戒心は解かない。


「レイレイ。絶対に私かエナっちの近くにいてね」


 異変の予感。

 それは確実に自分たちに牙を剥こうとしている。

 そう直感したマオは、背筋に冷たいものを感じていた。


 すると、森の中で何かが蠢いた。

 レイレイが最初にその姿を捉える。


 (森が動いてる?)


 目の前に現れた『それ』は、森の緑と同化していた。

 注意深く観察しなければ、その存在に気づくことすら難しい。


 マオとエナに守られているからこそ、レイレイは周囲の観察に集中できた。

 だからこそ、彼女はその姿を見つけることができたのだ。


「マオちゃん! エナちゃん! そこにモンスターが!」


「分かりましたわ!」


 レイレイの指示に従い、エナは拳銃の照準を定める。

 迷いのない引き金が、モンスター――グリーンヴァイン――の胴体を射抜いた。


 か細い金切り声を上げ、グリーンヴァインは倒れる。

 その姿は、巨大な蔦が絡み合ったような奇妙なものだった。


 魔力の弾丸によって両断されたグリーンヴァインは、あっけなくその生を終えた。


「す、凄いねエナっちのそれ……」


「だから『秘密兵器』なのですわ。わたくしの魔力があってこそ、この武器は真価を発揮するのです」


「エナちゃんのおかげで倒せたね」


「――って喜ぶのはまだ早いかも」


 マオの言葉通り、敵意の気配は消えていない。


 特徴が分かった今となっては、三人にグリーンヴァインの姿を見分けることは容易だった。

 しかしそれは同時に、『数の脅威』をも意味していた。


「ひーふーみー……何体いるのこれ?」


「ざっと数十体……ですわね」


「――分かった。エナっち、レイレイをお願いね」


 (早くこの戦い、終わらせないと……! 私がみんなを守れるように……頑張らなくちゃ!)


 エナの遠距離攻撃が頼りになる。

 それはつまり、レイレイの護衛を任せられるということだ。


 瞬時にその判断を下したマオは、エナにレイレイを託し、前に出る。


 グリーンヴァインは火や高温に弱いことが見た目から推測できた。

 そしてマオは、『既に』このモンスターの攻撃方法を知っていた。


「植物なら、ツタで襲ってくるはずでしょ! 知ってるんだから!」


 予想通り、グリーンヴァインは身体に巻き付いたツタで攻撃を仕掛けてくる。

 触手のように伸びるツタは、獲物を捕らえるためのものだ。

 だがマオは的確に、次々とツタを斬り落としていく。


 (分かるっ! グリーンヴァインがどうやって私を殺そうとするのか……!)


 剣の舞に次々と倒れていくグリーンヴァイン。

 巻き付き攻撃が通用しないと悟ったのか、やがて攻撃の方向を変えてきた。


 今度は絡めるのではなく、ツタをムチのようにしならせ、マオの身体を狙う。

 その際、ツタの先端からは緑色の液体が滴っていた。


「――毒なんて食らわないってば!」


「毒ですって!? マオさん! 下がった方がいいですわ!」


「大丈夫! 右! 左っ! それから下!」


 マオの読み通り、グリーンヴァインの攻撃は右、左、下の順で繰り出される。

 自分が未来を予知できたかのような感覚。

 マオには全ての攻撃の軌道が見えていた。


 数十体ものモンスターに襲われれば、普通の学生ではひとたまりもないだろう。

 だがエナの援護射撃と、マオの予知めいた動きによって、視界に入る全てのグリーンヴァインは消し去られていった。


「いくら時が経っても、攻撃のパターンは同じってことか……」


「マオちゃん?」


「――ん? どうしたのレイレイ」


「時が経ってもって……どういう意味?」


「……あ、アハハッ。きっと、私、グリーンヴァインのこと『知ってた』んだと思う。多分、小さい時に見た図鑑とかでぼんやり覚えてて、それが急に思い出されたんだよ!」


「グリーンヴァインだなんて初耳ですわ。そういう名前の植物系モンスターだったのですね」


「きっとレイレイが危ない目に遭ったから、昔の記憶が蘇ったんだよ!」


 レイレイへの返答は、全て嘘だった。

 突然、マオの頭に浮かんだ知識なのだ。

 話せば怖がらせてしまう。この異変を現実のものにしたくない。

 今、自分が経験していることも、正直怖いのだから。


 (そんなの絶対イヤ。私はみんなと楽しく過ごしたいんだ……。)


 内なる恐怖と戦いながら、マオは再び剣を構える。

 まだ視界の外に、モンスターの気配を感じていた。


「レイレイ、エナっち。もうちょっとだけ付き合ってね」


「もちろんですわ。わたくしの魔力も、まだまだ残っていますもの」


「私も……私にできることがあれば、頑張る!」


「ありがと。二人とも、気をつけて。次のやつは、もっと厄介かもしれない……」


 薄暗い森の中、三人の少女たちは背中を預け合う。

 得体の知れない敵を前に、それでも諦めることなく戦う覚悟を決めていた。


 信頼できる仲間がいる。

 だからマオは、自分の中に芽生えた『違和感』を押し殺すことができた。

 今はただ目の前の戦いに集中しよう。

 そう自分に言い聞かせながら、マオはゆっくりと前に進んでいくのだった。

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