5:小さな架け橋

 モンスターが管理されている区画へ向かうマオたち。

 先生の考えでは、この道中で会話を弾ませることで親睦を深められるという。


 三人は例に漏れず、ゆっくりと歩みを進めていた。


「あーあ、エナっちと上手く連携取れるかなー?」


「あら? 連携など必要ありませんわ。各々勝手に戦えばいいのです。どちらかがスレインさんから目を離さないようにすれば、問題ありませんわ」


「まーそっかー。とりあえず、それでいいかな」


 ため息をつくマオ。

 エナを受け入れたものの、ライバルと一緒にいるのは少し不満だった。

 エナも同じ心境のようだ。


「……不本意なのはわたくしもですわ。あなたとは協力し合うのではなく、倒すべき目標ですもの」


「私を倒せば、エナっちが戦闘学科の一位になれるからねぇ」


「こんな向上心のない人が一位なのが悔しい……」


「いちおー、上級クラスに行きたいんだけどな。私も」


「あら? それは意外ですわね。何故目指すのか教えて下さる?」


「エナっちには教えなーい」


「ぐっ……! まったく……」


 不満を口にすれば、際限なく湧き出てくる。

 いずれ関係のない嫌な話に発展しかねない。

 エナはそれを避けるべく、話題を変えることにした。


「そういえばスレインさん。あなた、どうして魔法が苦手なんですの?」


「え?うーん……」


 突然の質問に、レイレイは顎に指を当てて考え込む。


「なんだろう。使える時と使えない時があるんだよね」


「魔法が、ですの?」


「うん。昨日は使えたのに、今日になったら使えなくなったりして……」


「そんな話、聞いたことありませんわ。随分不安定ですのね」


「そうだよね。先生に聞いてもよく分かってなくて」


「素質がない場合や、正しい呪文を覚えていないなら話は分かりますけど、スレインさんのは異質なんですわね」


「ごめんね。自分でもどうしてだろって色々調べてるんだけど……」


「――大丈夫だよレイレイ!」


 マオはレイレイに抱きつく。

 自分を卑下し始めたレイレイに、マオは心配になったのだ。

 自分の温もりで、レイレイを元気づけたかった。


「レイレイは可愛いだけでオッケー! いつまでもその可愛さで私を癒やし続けてほしいよっ!」


「わわっ! マオちゃん!」


「それにレイレイにはお菓子職人って得意分野があるじゃん! 私に作らせてみろー? 黒焦げのダークマターが出来上がっちゃうよ!」


「マオさん……あなた、食べることは好きなのに、肝心の食べ物は人に作らせてばっかりなんですの?」


「だって、私が作るより、レイレイが作ったお菓子の方が美味しいんだもん」


 エナは常にマオを意識していた。

 だからこそ、レイレイとマオのやり取りもそれなりに目撃している。


 そして、マオが絶賛するレイレイの手作りお菓子に興味を抱いていた。

 エナだって人間だ。美味しいと言われた物には目がない。


 あの何でも食べるマオが美味しいと言うのなら、味は保証されているはず。

 自分から一歩踏み出せば、そのお菓子が手に入るかもしれない。


 ――そ、そんなの出来ませんわ!


 エナは慌てて目をそらした。


「ふ、ふーん。能天気なことでよろしいですわねー」


「そうだ、エナちゃん。お菓子食べる?」


「う゛っ!?」


「そう言えばエナちゃんに食べてもらったこと、無かったよね?」


「……ぐぅっ!」


「エナちゃんも気に入ると思うんだけど……どうかな?」


「…………そ、そんなお菓子……い……い……」


「レイレイ。エナっちにあげるくらいなら私におくれよー」


「エナちゃん、もしかして甘い物苦手かな?」


 小柄なレイレイの憂いを帯びた表情に、上目遣いがプラスされる。

 それはエナの心に突き刺さった。


 ――こ、こんなの反則ですわっ!


「――い、頂きますわ! わたくしだって、甘い物は好きでしてよっ!」


 赤面しながら、エナは本音を吐露する。

 パッと笑顔になったレイレイは、すぐにクッキーを取り出した。


「はい! エナちゃん!」


 エナの手のひらに乗せられた一つのクッキー。

 花びらの形に焼き上げられ、食欲をそそる色合い。

 手応えはあるが、力を入れれば崩れてしまいそうな脆さ。


「さてさて、クッキー『見るだけ』品評会会長のエナっちさん。レイレイのクッキーはいかがでしょうか?」


 じっと見つめるエナを茶化すように、マオが目を細める。


「なっ!? 失礼ですわ! ちゃんと食べますわよ! ……ん」


 口に含んだ瞬間、バターとバニラのほのかな甘味が鼻を通る。

 噛み砕くと、その風味は何倍にも広がり、エナの欲を満たしていく。


「すごく、上品な味わい、ですわね……」


「エナちゃんが喜んでくれて、私も嬉しいよ」


「あの、もし良ければ……少し教えて下さらないかしら?その……このクッキーの作り方」


「うん! もちろんだよエナちゃん!」


 普段あまり自分から話しかけないレイレイが、エナと打ち解けている。

 それを見たマオは、心の中で喜びを感じていた。


 エナは争う相手だが、悪い子ではない。

 だから安心できるのだ。


 そこに、ほんのちょっぴりの嫉妬は混ざっているが。


 団らんは終わったと言わんばかりに、レイレイは袋を懐にしまい込む。


 ――あれ?何か大事なこと、忘れてない?


「マオちゃん、エナちゃん! さあ、早くモンスターのいる区画に行こうよ!」


「そうですわね。……マオさん? 何呆けていますの?」


「――もしかして、私にクッキーは無し?」


「あ、ごめんマオちゃん! はい、あなたの分!」


「わーい! レイレイ大好きー!」


 マオはクッキーを頬張りながら、レイレイに抱きつく。

 そのはしゃぐ姿に、エナは呆れ顔を見せた。


「まったく……子供ですわね」


「エナっちだって、さっきまでクッキーの虜だったじゃん!」


「なっ……! 言ったでしょう、わたくしは甘い物が好きなだけですわ!」


「はいはい、分かってるよー」


 マオとエナのやり取りに、レイレイは微笑ましさを感じる。

 きっとこの二人は、いつかもっと仲良くなれるはず。


 そう信じながら、レイレイは二人に声をかけた。


「ほらほら、もうすぐ目的地だよ! 最後まで頑張ろうね!」


 三人の笑顔が重なる。

 小さな一歩ではあるが、確実に彼女たちの絆は深まっていた。


 ささやかな会話の中で芽生えた、新たな友情の種。

 それを大切に育んでいけば、きっと大輪の花が咲くだろう。


 レイレイはそう願いながら、仲間たちと共に歩みを進めるのだった。

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