4:課外授業は魔物討伐!?

 太陽が沈み、また昇る。

 それは日常の再開を意味していた。

 単調な毎日に多くの者はうんざりしているが、誰もが前へと進んでいる。

 休み時間におやつをねだる少女もまた、前に進んでいるのだ。


「レイレイ~……」


 甘えるような声でマオが呼びかける。


「どうしたの、マオちゃん?」


 優しい口調で応えるレイレイ。


「お菓子食べたい~。クッキーちょうだい~」


「ダメ! 我慢だよ」


「えぇ~! ケチー」


 と不満げに言うマオに、レイレイは呆れ顔で言い返す。


「こんな時間から食べてたら、放課後の特訓まで持たないよ?」


「うぅー。レイレイのために頑張るぅー」


 と渋々ながらも、友のために欲望を抑えるマオ。

 レイレイは彼女の頭を優しく撫でて褒めた。


 休み時間が終わり、授業が再開される。

 先生が教壇に立ち、授業の準備を始める。


「ねぇレイレイ、今日って何曜だっけ?」


 とマオが小声で尋ねる。


「炎の煌だと思うけど……」


「じゃあ次は自由時間だ!」


 と期待に胸を膨らませるマオ。


 だが、そんなマオの一言を聞き逃さない先生は、彼女に指を差して注意を促す。


「自習時間だ! そこのサボり!」


「い、嫌だなぁ先生! サボるわけないじゃん!」


 額に汗を浮かべながら、マオは先生と目を合わさずに弁明する。

 だが先生にはお見通しのようで、小さなため息をついて本を机に軽く叩きつけた。


「ったく、エナに勝ったからって調子に乗りおって……」


「え? 全然そんなことないけど」


 と不思議そうに首を傾げるマオ。

 すると、隣の席からガタッと立ち上がる者がいた。


「流石に少しは達成感を持って欲しいですわ!」


 マオとの勝負に敗れたエナだ。

 悔しさをにじませながら、マオを睨みつける。


「だっていつも通り私が勝って、いつも通りエナっちが負けたんだもん」


 とマオは気にする様子もなく言う。


「クッ……! 負けは負け……! それは認めますが、せめてあの時に銃を撃てていれば――」


 感情的になり始めるエナに、先生が割って入る。


「はいはい。お静かに。授業始めるんだからな」


 このまま二人に任せていては収拾がつかない。

 それを知る先生は即座に会話を打ち切らせた。


「授業? 先生、この時間は自習のはずでは?」


 と当然の疑問を口にするレイレイ。

 本来この時間は、生徒たちの自主性に任せて勉学に励む時間だった。


「あー、今日は天気も良いし、課外授業でもやろうかと思ってな」


 と先生は言う。


 課外授業という言葉に、マオはペンを口に加えながら机に突っ伏して怠惰を言葉にした。


「えぇー! 外に出るのダルダルー」


「自習だとお前みたいにサボるから場所を変えるんだよ!」


 と先生は言い返す。


 場所を移動し、学園の外に集まるマオたち。

 ここまではやる気のなかったマオだが、動き出せば自然とやる気が満ち溢れるのが彼女の強みだ。今の彼女は目を輝かせ、やる気に満ちていた。


「よーし! 遊ぶ――じゃなかった! いっぱい勉強するぞーっ!」


 と元気いっぱいに叫ぶ。


「気持ちの切り替えが上手いのが、マオさんの悪くない所ですわね」


 とエナが呆れ顔で言う。


「『良い所』って言わないのが、エナちゃんの微かな抵抗を感じるよ……」


 とレイレイがぼやく。


(でも、マオちゃんとエナちゃんって仲良くなれそうな気がする。)


 出会って以来、口を開けばお互いを罵り合う二人。

 だがレイレイは、そんな二人が仲良くなる未来を想像していた。


 昨日、マオが勝利した時の言葉を、レイレイは聞き逃さなかった。

 エナが武器を正しく扱えていれば、自分はどうなっていたか分からない。

 マオはそう言っていたのだ。

 そしてエナは、マオを見下しているようでいて、良いところも認めており、ある種の敬意を払っている。


 だからこそ二人が仲良くなれば、もっとお互いの力になれるだろうとレイレイは考えていた。


(私に取り柄がなくても、せめて二人を取り持つことができたら。)


 彼女なりの課外授業の目標が、そこにあった。


 レイレイの決意など知らず、エナが先生に質問する。


「それで先生、ここで何をするつもりですの?」


「ああ、底辺クラスの諸君。君たちはなぜこの学園に入学したか覚えているか?」


「美味しいものを食べ――ムギュ」


 口を開いたマオの言葉を、レイレイが手で制する。

 彼女に言葉を続けさせては、先生の話が台無しになってしまう。


「――そう! いずれは祖国へ帰り、ここで培った魔法や知識を披露するためだ!」


「ふふん、当然でしてよ」


 とエナが鼻高々に言う。


「特に戦闘技術。これはモンスター退治や国家間戦争、冒険などに幅広く通用する。謂わば『他はバカでいい。せめてこれだけは覚えて卒業してくれ』というやつだ!」


「先生……本音が漏れてますわ」


 とエナがツッコむ。


「その戦闘技術……そろそろ実践で試してみるのも悪くないと判断した」


 と先生は続ける。


「つまり、課外授業は戦闘訓練ですの?」


「いや、そのワンランク上……実践だ」


 その一言に、生徒たちの背筋に緊張が走る。

 実践。その言葉の意味するところは、今まで学友に使ってきた技術を、他者に用いるということだ。

 そして、生徒たちの脳裏に真っ先に浮かぶものと言えば――


「この学園の敷地の一画に、モンスターが管理されていることは知っているな?」


 その区画は、まさに目と鼻の先にあった。

 レイレイは頭の中で地図を思い浮かべ、そのことに気づく。


「うん。でもスライムとかベビーグリフォンとか、比較的安全なモンスターって聞いてるけど」


 と尋ねる。


「その通り。本日の課外授業は、そのモンスターと戦ってもらう」


 と先生は言う。


 戦い。その言葉に、マオの目が輝く。

 レイレイの手を退けると、先生と向き合った。


「――よっしゃ! 先生! それなら私、やる気あるよ! 頑張る!」


「おお、そうか! さすがはマオだ!」


 と先生も熱くなる。


「へっへーん。期待しててね! それじゃ行こうかレイレイ!」


「――ちょっと待ってくれ、マオ」


「なーに先生? 膳は急げっていうじゃん」


 とマオは不満げに言う。


「いくら弱いモンスターとはいえ本物だ。そこは教師としてしっかりフォローしないと。だから、三人一組のチームを俺が作った。今日はそのチームで行動してくれ」


 先生は空中に魔法陣を発生させる。

 そこには底辺クラスの生徒の名前が書かれていた。


「マオのチームは――マオ、レイレイ、エナの三人だ」


 チーム編成を聞いたマオは、目を見開き、眉をひそめ、口元を歪めた。


「えぇー!? エナっちも一緒なの!?」


「わ、わたくしも同意見ですわ! どうしてマオさんなんかと……」


 とエナも不満げな声を上げる。


「バランスが取れてるんだよ。マオの物理にエナの魔法。それに、マオはレイレイと長く気兼ねない付き合いができる。そして、魔法を使えるエナがフォローに回ることも可能だ」


「む、むぅ……」


 レイレイのことを引き合いに出されては、マオも納得せざるを得ない。

 だが彼女の心の奥底では、まだ否定的な感情が渦巻いていた。


 それを見抜いた先生は、マオに耳打ちする。


「レイレイを気にかけられるお前なら、彼女も気後れしないだろう? 他のチームに入れたら、レイレイが気後れしてしまう」


「まあ、確かに……うん、そうだよね。分かった先生! 私、エナっちを受け入れるよ!」


 と観念したように言うマオ。


「受け入れるって……わたくしを厄介者扱いしないで下さる? まっ、安心しなさいスレインさん。わたくしの魔法があれば、あなたが出る必要はありませんでしてよ!」


 エナはレイレイに自信たっぷりに話しかける。

 少し棘のある言い方だが、それは彼女なりの照れ隠しなのだろう。


 レイレイは取り計らってくれた先生、自分を受け入れてくれるマオとエナに感謝の気持ちを抱いた。


「ありがとう、エナちゃん。でも私も頑張るよ。三人で協力し合って、モンスターを倒そう!」


「ふん、望むところですわ。このわたくしについてくれば、安全は約束しましょう」


 とエナは胸を張る。


「よし、意気込みは十分だな。それじゃあ、モンスターの待つ区画に向かってもらおう。健闘を祈る!」


 先生に送り出されるマオたち。

 レイレイは二人の間に立ち、ニコリと微笑んだ。


「マオちゃん、エナちゃん、一緒に頑張ろうね!」


「うん! 任せてよ!」


 とマオが元気いっぱいに言う。


「ええ、もちろんですわ」


 とエナも力強く頷く。


 三人の冒険が、今始まろうとしていた。

 個性の異なる彼女たちが力を合わせれば、きっと乗り越えられない壁はない。

 レイレイはそう信じていた。

 初めての実戦に向けて、三人の歩みは弾むのだった。

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