2:ライバルの秘密兵器!?

 模擬戦の授業が始まる時間になり、生徒たちは期待に胸を膨らませていた。


 外での授業ということで、マオは大きく背伸びしながらその全身で澄んだ空気を味わう。

 彼女は外で活動することが好きだった。

 何より、座学より体を動かすことの方が得意であり、模擬戦は彼女にとって最も集中できる授業となる。


 逆に、マオの隣でやや沈んだ表情をしているのはレイレイだ。

 マオとは逆で、レイレイは体を動かすのが好きではない。

 しかも、彼女は魔法が不得意である。

 学園での入学直後に行われた診断の時、レイレイは魔法が使えなかった。

 しかし、その後の再診断の時に偶然魔法を見せることができた。

 その後、レイレイは魔法を使える時と使えない時があるという不安定な状態となっている。

 つまり、彼女は魔法がほとんど使えない。落ちこぼれなのだ。

 

「あーあ、学園に百人くらいエルフが押し寄せてこないかなー」


 マオは、いつもと違う考えを口にする。

 鮮やかな赤髪のツインテールが元気よく揺れ、明るい瞳に好奇心が輝いている。

 彼女の言葉に、親友のレイレイは困惑した表情を浮かべる。

 金髪をかきあげながら、マオの発言の真意を探ろうとする。


「マオちゃん……それって何か意味があるの?」


「だって、エルフたちが先生を色仕掛けで堕としちゃえば、授業が自習になるじゃん!」


 マオの瞳はキラキラと輝いている。夢見るような表情で、楽しそうにその妄想を語る。


「ならないよ! エルフさんたちはそんな『俗』な種族じゃないんだから!」


 とレイレイは真剣に訂正する。優しげな表情から一転、断固とした口調でマオの想像を否定した。


「ごめんねレイレイ。ちょっと言い過ぎたよ」


「分かってくれれば大丈夫。下手したら問題になるよ」


 と優しく諭すレイレイに、マオは素直に頷いた。赤いツインテールが反省の意を示すように小さく揺れる。


 だが、マオの脳裏には先ほどまで、酒池肉林を繰り広げるエルフの姿が浮かんでいた。

 それが彼女にとって、エルフのイメージとなってしまったのだ。


(確かに、何想像してんだろ、私)


 レイレイの言う通り、エルフは戦いを好まず、高潔な心を持つ種族だと学んだはずなのに。

 自分の脳内に、いきなり別の知識がねじ込まれた奇妙な感覚に、マオは不愉快さを覚えずにはいられなかった。


「困りますわね。『学』のない人間に下手な知識があると、エルフの印象が悪くなりますわ」


 そんな会話に割って入ってきたのは、クラスメイトのエナだ。

 暗い紫色の髪を高飛車に揺らし、鼻持ちならない態度でマオたちを見下している。


「おっ、出たなエナっち」


 とマオが気さくに声をかける。


「マオさん。予告通り、この模擬戦であなたに勝ってみせますわ」


 真剣な面持ちで宣戦布告をするエナに、レイレイがひそひそとマオに耳打ちする。

 金色の髪をマオの耳元に寄せ、小声で話しかける。


「今日のエナちゃん、張り切ってるね」


「うん。でも私には分かるよ」


「えっ?」


「多分、私に勝ったら今日の夕飯が豪華になるんだよ!」


 とマオは推理を披露する。からかうような笑みを浮かべ、エナの心情を察しているようだ。


「そんなわけありませんわ!……まあ、あなたが負ける様子を見れば、ご飯が美味しく感じられるでしょうけど」


 プライドの高いエナらしい言葉に、マオは苦笑いを浮かべた。

 赤いツインテールがあきれたように揺れる。


 そうこうしているうちに、模擬戦の授業が始まった。

 好きなメンバーで模擬戦ができるこの授業で、マオ、レイレイ、エナの三人組は定番の組み合わせだ。

 そして、エナがマオに負けるのもお決まりのパターンだった。


 だが今日はその定石が崩れるかもしれない。

 生徒たちも先生も、マオとエナの戦いに注目している。

 まるで一種の武闘会のような熱気が、教室を包み込んでいた。


 ギャラリーが周りで応援する中、二人は睨み合う。

 赤髪と紫髪が風に揺れ、それぞれの決意が感じられる。


「こんなに注目されて、いつも通り負けたら恥ずかしいんじゃない?」


 とマオが挑発する。不敵な笑みを浮かべ、剣を構える。


「ふふん。ここが、わたくしの軌跡の1ページ目になるのですわ。むしろ、あなたが負けることを光栄に思いなさい」


 紫の髪をかきあげ、エナは不敵に言い放つ。

 負けられない闘志が瞳に宿っている。


「それだけ自信があるってことは、相当な秘密兵器なんだろうね」


 マオはわくわくするような表情で、剣先をエナに向ける。


 周囲が盛り上がる中、レイレイは疑問を口にした。金髪を指でくるくると巻きつけ、不安そうに二人を見つめている。


「あの、他の人は模擬戦しないの?」


 すると、クラスメイトの一人が興奮気味に言う。


「面白い試合が始まるんだ! 授業なんてやってられっか!」


「そうだそうだ! 頑張れエナ! そろそろ勝利を見せてくれ!」


 と別の生徒も続く。


 群衆は感情論で押し通そうとしている。

 肩を叩かれたレイレイは、先生の方を見て驚きの声を上げる。


「先生?」


「レイレイ……ここは底辺クラスなんだ。授業の一つや二つ、やらなくても大丈夫だよ」


 と先生は呆れたように言った。


「あっ、はい」


 と素直に頷くレイレイ。金色の髪が従順に揺れる。


(これは疑問を持っちゃいけないパターンだ……)


 そう心の中で呟き、二人の戦いに集中することにした。


「じゃ、私から行くよっ!」


 マオは長剣を構え、魔力で軽量化する。赤いツインテールを躍らせ、敵に斬りかかる。

 まだ魔法は得意ではないが、剣の扱いには長けていた。

 一方のエナは、マオやレイレイより魔法の才能がある。

 多彩な魔法を駆使してマオを追い詰めるのが彼女の戦術だ。


「行きますわ!」


 とエナが宣言し、マオが剣を振るう前に地面に魔法を放つ。

 紫色の髪がはためき、呪文を唱える。

 するとマオの目の前で、土の壁がせり上がってきた。


「土壁なら……!」


 とマオが反応する。


「訂正しなさい。わたくしが魔力を込めた、特別な土壁ですわ」


 マオの剣が土壁に弾かれ、金属音を立てる。

 赤いツインテールが驚きに震える。


「硬っ!? どれだけ魔力を込めてるの!?」


「昨日の晩からずっと力を込めてましたの。当然でしてよ!」


 と勝ち誇ったように高笑いするエナ。紫色の瞳に勝利の予感が宿る。

 その状況をレイレイと先生が冷静に見守っていた。


「先生、エナちゃんがまた寮を抜け出してたみたいだよ?」


「ああ。授業が終わったら職員室で説教だな」


 二人の会話を横目に、エナは小さな声で呪文を唱え、壁の横から顔を出す。


「ほらほら! 上にご注意あれ!」


「は……? ウェッ!?」


 とマオが驚愕の声を上げる。赤いツインテールが恐怖に跳ねる。

 彼女の上空に、粘体の水が襲いかかってきたのだ。


「キモい! 何それ!」


「相手を絡め取る水の魔法! さあ行きなさい!」


 とエナが叫ぶ。得意げに紫色の髪を揺らし、呪文を唱える。


「――っ!」


 マオは咄嗟に後ろへ飛び退き、水の魔法を回避する。赤いツインテールが風を切って舞う。

 だが粘体は意志を持っているかのように、マオを追跡してきた。


「先生、あれってスライムかな?」


 とレイレイが不思議そうに尋ねる。金色の髪が風になびき、好奇心に満ちた瞳が輝く。


「テイマーの資格もないのに、何召喚してるんだアイツは。説教案件だな」


 二人のやり取りを尻目に、マオはタイミングを伺い、スライムめがけて剣を振るう。


「やはり……」


 とエナが言う。


「さすがはマオさん。特性を見抜いていたとは」


「エナっちの魔法なら、警戒は欠かせないからね!」


 だが、スライムは両断されるどころか、剣に絡みついた。

 これでは『斬る』という本来の機能を果たせない。赤髪の少女は焦りの表情を浮かべる。


「でもマオさん、武器を失っては何も出来ませんわよ。さあ、わたくしの魔法でコテンパンにやられなさい!」


 とエナが挑発する。勝利が近いと感じ、高笑いを上げる。


「――フッ」


 とマオが不敵に笑う。


「何ですの?」


「ねえエナっち。水×土ってアリかな?」


 剣を越えてマオに迫るスライム。

 それよりも早く、マオは土壁に向かって走り出す。赤いツインテールが風を切って躍動する。


「なぜまた!?  斬れないし、硬いとおっしゃったではありませんの!」


「『斬れない』だけで、叩きつけるのはアリだよね、これっ!!」


 マオは土壁にスライムの付いた剣を思い切り押し付けた。

 スライムの液体が壁に染み込み、綻びが生じる。

 その隙にマオは全力で剣を振るい、土壁を破壊したのだ。赤い髪が輝くような動きだった。


「…………はぇ?」


 エナは呆然と立ち尽くしている。紫の瞳が驚きに見開かれ、顔が青ざめる。

 何が起こったのか理解できないようだ。


「次からは魔法の相性も考えて戦わないとね」


 相手の計画を見事に打ち砕いたマオ。赤いツインテールをなびかせ、満足げに言う。


「これで終わりっ!」


 と叫び、エナを傷つけないよう、剣の腹で切りつけようとする。

 だがエナは転がって回避し、距離を取った。紫色の髪が乱れ、表情に焦りが浮かぶ。


「……今日はしぶといじゃん。まだ奥の手があるの?」


「当たり前。今日こそ、あなたに勝ちますわ」


 そう言ってエナは懐から、特殊な形をした鉄の塊を取り出す。

 誰もが見たことのない武器。これこそ彼女の秘密兵器だ。


「エナっち……それ、何?」


「フッフッフ……!! これは『けんじゅう』という新しい武器。今朝届きましたの!」


「けんじゅう……? そんな変な塊、流行らないって。騙されてない?」


「だ、騙されてませんわ! わたくしの国でもう量産が決まってますの!」


 なお、拳銃はすでに廃れた技術となっている事実をエナは知らない。

 紫色の髪を振り乱し、興奮気味に説明する。


「――まあ、戦ってみれば分かるか!」


「後悔しても遅いですわ。この拳銃の力に恐怖しなさい!」


 エナは迷わず銃口をマオに向ける。

 マオは身構え、どんな攻撃が来るのかを見極めようとした。


「わたくしの魔力を込めた弾丸を喰らいな――ブヘッ!!」


 引き金を引くエナ。

 だが、銃弾はマオに届くことなく、エナ自身に襲いかかった。

 拳銃が暴発し、エナの顔に爆風が吹きつけたのだ。

 紫色の髪が激しく乱れ、表情が苦痛に歪む。

 誰もが呆気にとられる中、エナは力なく呟いた。


「留め具……外すの……忘れてました……ワ」


 そのままゆっくりと倒れ込むエナ。

 紫色の髪が青空に映え、美しくも儚い光景だった。

 彼女の自滅で勝負は決した。


「おめでとう、マオちゃん! またエナちゃんに勝てたね!」


 マオの親友レイレイが、真っ先に祝福の言葉を贈る。金髪が風になびき、笑顔が眩しく輝く。


「ありがと、レイレイ! ……ふぅ。何が起こるか焦ったけど、何とか勝てて良かった」


 赤いツインテールを撫でつけ、マオは安堵の表情を浮かべる。

 エナがおバカでなかったら、今回は負けていたかもしれない。

 マオは心の中で、エナの自滅に感謝していた。


 授業が終わり、マオとレイレイはエナに駆け寄る。


「エナちゃん、大丈夫?」


 とレイレイが心配そうに声をかける。金色の髪をかきあげ、優しい瞳でエナを見つめる。


「……ええ、何とか」


 とエナは顔を上げ、悔しそうに言葉を続ける。紫色の瞳が涙で潤み、美しい光を放っている。


「今日のマオさんは、いつもより冴えていましたわ」


「そうかな? でも、エナっちの秘密兵器には驚いたよ。もし暴発しなかったら、私が負けてたかも」


 マオの言葉に、エナの表情が一瞬で明るくなる。

 紫色の髪が喜びに揺れる。


「ほ、本当ですの?」


「うん。エナっち、今日は本当に良く頑張ったと思う」


 そう言ってマオは、エナに手を差し伸べた。

 赤いツインテールが風に揺らめき、優しさに満ちた笑顔を見せる。

 エナはその手を取り、立ち上がる。


「……ありがとうございます、マオさん」


 照れくさそうに言うエナに、マオは満面の笑みを浮かべた。

 レイレイも二人の様子を見て、安堵の表情を浮かべる。

 金色の髪が喜びに震え、温かな光を放つ。


(良かった……。二人とも、少しずつ打ち解けてきたみたい)


 こうして、少女たちの絆は新たな一歩を踏み出した。

 模擬戦を通して、お互いを認め合う大切さを学んだのだ。

 彼女たちの日常は、小さくとも確実に、より豊かなものへと変わりつつあった。

 赤、金、紫。それぞれの美しい髪色が重なり合い、友情の輝きを生み出していた。

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