第1章

1:底辺でも、未来は無限大!

「ねぇレイレイ」


「どうしたの?マオちゃん」


「――私、魔王だったかも!!」


「……ん? んん??」


 魔法学園の授業の合間、親友同士の少女たちが休み時間を過ごしていた。

 机を挟んで向かい合う二人の表情は対照的だ。


 マオは真剣な面持ちで隠していた秘密を打ち明けるかのように言葉を紡ぐ。

 鮮やかな赤髪のツインテールが揺れ動き、明るい瞳には熱い想いが宿っている。


 一方、優しげな笑顔が印象的なブロンドの髪のレイレイは、マオの真意を測りかねて困惑の色を隠せない。


「夢で見たの! 古の時代に勇者と魔王が壮絶な戦いを繰り広げてたんだ!」


 マオの瞳は興奮に輝いている。

 その様子に、レイレイは冷静に指摘する。


「……それ、今日の小テストの範囲だよね?」


「違うの! 私が見た夢は、教科書とは全然違うんだ! 魔王が放った強力な魔法を、勇者が聖剣で切り裂くの!」


 マオは熱弁を振るいながら立ち上がり、夢の内容を身振り手振りで再現し始めた。

 激しい動きに合わせて、彼女の赤いツインテールが印象的に躍る。


「マオちゃんは空想が豊かなんだね。ちょっと羨ましいな」


 レイレイは苦笑いを浮かべながら呟く。

 一夜漬けの勉強で記憶がごっちゃになっているのだろう。

 でも親友として、正しい知識を教えてあげなければ。


「ねぇ、テストの正解はこっちだよ。歴史書によると、勇者たちが電撃作戦で魔王に奇襲をかけ、一撃で倒したんだって。魔王が死ぬと、城内の魔物たちは即座に降伏して、世界に平和が訪れたんだ」


 正解を告げられ、がっかりしたようにテンションが下がるマオ。

 明るい笑顔が一瞬で曇り、ツインテールもしょんぼりと垂れ下がる。


「もー、夢がないなぁ、レイレイは」


 不満げに言うマオに、レイレイはため息をついてから切り出す。


「……ところでマオちゃん。できれば『スレイン』って呼んでほしいな」


「ヤダー。レイレイかわいいじゃん」


 マオは即座に拒否する。


「か、かわいい?そんなこと……ないよ?」


 思わず顔を赤らめるレイレイ。

 金色の髪が頬に触れ、その表情は一層愛らしさを増す。


「うん。とってもかわいい。一緒にいると楽しいし、優しさにはいつも助けられてるんだ。ありがとうね」


「……マオちゃん」


 レイレイの表情が一瞬で明るくなる。

 だが、すぐに頬を膨らませてため息をついた。


「それ、ちょっと褒めすぎ。逆効果だよ」


「あ、やっちゃった?」


「ほら、そろそろ授業が始まるよ」


 レイレイに促され、マオは仕方なく黒板に向き直す。

 だが心の中では、夢の内容が脳裏に焼き付いて離れない。


(夢の内容、ホントみたいだったけど……。)


 冗談だと言われたが、マオにとってはまるで現実のように感じられたのだ。

 魔法の威力、聖剣の迫力。

 あの戦いにマオ自身が実際に参加していたかのような、不思議な臨場感が彼女を捉えて離さない。


 授業が始まり、小テストの問題用紙が配られる。

 マオはペンを取って問題を見つめるが、その瞬間、彼女の脳裏に別の光景が浮かんでくる。


(なになに? 702年の出来事? そうだ、勇者に勅命を授けた国が魔王軍に侵攻された年だ。

 国王はすでに魔王に殺されていて……。)


 いつもなら進まないペンが、今日は勝手に動き出す。

 まるでマオの手が、過去の記憶を辿るように。

 一夜漬けの勉強にしては、驚くほどスラスラと答えが出てくるのだ。


 あっけなく終わったテストに、マオは大きなあくびをする。


「おっきなあくび。先生に怒られるよ?」


 とレイレイが心配そうに声をかける。


「今は休み時間だもん。問題ナシナシ! ってかテスト疲れたー!」


 マオは伸びをしながら欠伸を繰り返す。

 その視線の先に、レイレイの手作りクッキーが目に留まった。


「こういう時に必要なのは、やっぱり『アレ』だよねー」


 期待に満ちた目でレイレイを見つめるマオ。

 親友はニッコリと微笑み、袋からハート型のクッキーを取り出す。


「はい、マオちゃん」


「『あーん』してー。お願いレイレイー」


 口を大きく開けるマオに、レイレイは優しくクッキーを運ぶ。


「……もう。はい、『あーん』」


 一口で頬張ったマオは、幸せそうな表情を浮かべる。


「んー! レイレイの手作りクッキー、最高に美味しい!」


「ありがとう、マオちゃん」


 そんな親友同士の微笑ましい会話に、一人の少女が割って入ってきた。


「あらあら?相変わらずくだらないおしゃべりですわね」


 腕を組み、二人を見下すようにエナが言う。

 暗い紫色の髪を揺らし、高飛車な態度で二人に近づいてくる。


「あれ? エナっちじゃん! おはよう!」


 マオは親しげに手を上げて挨拶する。


「おはようございます――ってもう昼ですわ!」


「そう? じゃあ……こんちわっ!」


「まったく……底辺らしい言葉遣いですわね」


「同じクラスのエナっちがそれ言う?仲良くしようよー」


 図星を突かれ、エナの眉間にしわが寄る。

 それでも負けじと意地を張って言い返す。


「ふん! いつか上級クラスに昇格して、実力を認めさせてやりますわ!」


「はいはい。それじゃ、まずは私に勝つところから始めたら?」


 マオの軽い挑発にエナは不敵な笑みを浮かべる。


「そう言っていられるのも今のうち、ですわ。わたくしには秘密兵器がありますもの」


「おっ? 秘密兵器でもあるの?」


「ええ、そうですわ!新しい技――って言うわけありませんわ!」


「ちぇっ、ノリで言ってくると思ったのに」


「わたくしはノリで生きてませんの」


「たまにはノリも大事だよー?」


「その言い方、『計画性』の間違いでしょう」


「はいはい、お堅いエナっち」


「わたくしを敵に回したことを後悔させてあげますわ!」


 捨て台詞を残し、高飛車な足取りでエナは立ち去っていった。


 マオはあくびをしながら、レイレイに目を向ける。

 すると彼女は必死に教科書を読んでいた。

 金色の髪を指でくるくると巻きつけながら、真剣な表情で魔法の理論を追っている。


「レイレイ、何してるの?」


「勉強だよ。次のテストまでにこの魔法をマスターしないと」


 魔法が苦手なレイレイ。

 頭を抱えるように髪を握りしめ、焦りの表情を浮かべる。


 マオはそれを知っているから、彼女を応援したくなる。

 私たちは親友同士だ。得意不得意なんて関係ない。


 二人の笑顔が重なる。

 魔法学園の底辺クラスで過ごす日々。

 平凡だけれど、かけがえのない時間。


 彼女たちにとって、未来は無限大なのだから。

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