10歳の私へ。20歳の私より。
誕生日当日に、私は封筒の前で腕を組んでいた。
『20才になるまで見ちゃダメ―!』
そう書かれている封筒を、開けようか開けまいか悩んでいるのだ。
本日でやっと20才。早生まれだからみんなと周回遅れのように感じる。だがもう20才。この手紙を見て良い年齢になってしまったのだ。
この手紙は、私が10歳の時に書いた手紙だ。20歳の私に
私、何書いたっけ? 10年も前だから全く覚えていない。恥ずかしいことを書いていたらどうしようか。
もしかしたら今から黒歴史を開いてしまうのかもしれない。もうそうなったら1人で布団にもぐるしかないだろう。
誰かに見せるわけでもないし、もう見るための条件は達成している。
それに、読んであげられるのは、私しかいない。
私は意を決して、そろりそろりと封筒を開けた。
一文字一文字が大きく、丸みを帯びた字が目に飛び込んでくる。
『20才のわたしへ。こんにちは。10才のわたしです』
礼儀ぶっているのが、どこかおかしかった。
母親からずっと字が汚いと言われ続けた私にしては綺麗に書いているが、それでも字の
『10才のわたしは、20才のわたしについて知りたいことがたくさんあります。質問に答えてほしいです』
10年前の自分から質問か。小さな子供からの質問だと思うと、下手なことは答えられないなと思い緊張する。私は恐る恐る次の行を読んだ。
『今は何をしていましたか?』
さっきまで、ということだろうか? それならソシャゲで推しが出るまでガチャを回していたが……当時の私に『ソシャゲ』や『推し』という単語は通じるのだろうか。ガチャガチャは分かるだろうが、少し意味合いが違ってきそうだ。
据え置きゲーム機で友達と遊んでいた時期が懐かしい。友達とよく通信して遊んだなと思いながら、次の質問を読む。
『今はまちこちゃんと何して遊んでいますか?』
うわ、
真知子とはもう5年は喋ってない。同じ中学だったけど、それからはあまり話さなくなった。中学で新しくできた友達との思い出の方が強い。それに、高校から別になったので全くと言っていいほど接点が無かった。それを、10歳の私は疑いようも無く一緒だと信じている。
自分の純情さにやられ、つい天を仰いでしまう。
ごめんね。もう長い間会ってないよ。今の真知子が何しているのかも知らないし。そう言ったら、10才の私は悲しむだろうか。
でも、小学生の友情ってそんなもんだ。そう思ってしまう私は、捻くれているのだろうか。
君の純粋さを見習いたいよ。
『くーちゃんは元気ですか?』
また懐かしい名前だ。
私は背の高い棚の一番上を見上げた。そこでクマのぬいぐるみである『くーちゃん』が、私を見下ろしている。最後に抱き締めたのは、いつだろう。もしかしたらほこりで大変なことになっているかもしれない。
また天気の良い日に洗ってあげよう。……そう思って、何年経っただろうか。
くーちゃんとは一緒にいるが、元気かどうかは分からない。小さい時はくーちゃんのことだったらなんでも分かっていたのに、今じゃ何も話してくれなくなった。
くーちゃんは今も……元気、だと思うよ。こんな私のそばにいてくれてるからね。だから、これからも仲良くしてあげて。
ぬいぐるみと話せる君の想像力が羨ましいよ。
『将来の夢はかないましたか? アイドルになれましたか?!』
……これが一番痛いかもしれない。
確かに小学生の頃の夢はアイドルだった。だが、小学校6年生で自分の容姿では到底不可能だと分かり、それからはスッパリと諦めた。幸い中学校で全く別の夢を見つけたから良かったが、当時の憧れを思うとチリチリ痛い。気恥ずかしさと、面白くない大人になった無力感が同時に襲ってくる。
今でも無謀と言える夢を目指しているから、傍から見たらそんなに変わっていないのかもしれない。それでも、10歳の私から見たらとんでもない変更点だ。
アイドルには、ならなかったよ。でも、今も歌うことは大好きだし、よくカラオケに行っているよ。それに、新しい夢を見つけたから、悲しくないよ。
『最後に、とっておきの質問があります』
何やらもったいぶっている。何だろうと思っていると、予想外の質問だった。
『20才のわたしは今、幸せですか?』
本当にとっておきだった。胸を真っ直ぐ撃ち抜かれたようだった。
自分が今幸せかどうかなんて、過去の自分から聞かれるとは思わなかった。
うーん……と、顎に手を添えて考えてみても、正しいと思う答えは出てこない。とてつもなく不幸というわけではない。ただ全ての願いが叶っているわけでもない。それでも大きな不満があるわけでもないし、自分が世界一幸せかと問われたら絶対にそうではないと言ってしまうだろう。
私は考えをまとめるために、近くに置いてあったノートに思考を書き留める。
『分からない。自分が幸せかどうかって、とても難しい質問だと思う。
分からないけど、君よりも沢山のことを経験して、沢山のことを知って、色んなことを考えられるようになったよ。少しずつだけど、前に進んでいるよ。君が思っていた道じゃないかもしれないけれど、私は笑ったり泣いたりして、ここに生きているよ』
そこまで書いてみて、なんだか手紙への返事みたいだなと思った。
……今の私が、過去の私へ手紙を書くとしたら、どのように書くだろう?
不意に出てきたアイディアは、予想以上に私の胸を躍らせた。いつもの突飛な発想だ。
冷静に考えてみれば、無意味な行為だ。タイムマシンなんて無いのだから、今から何を書いたって過去には届かない。
それでも、私の想像は止まらなかった。
それでも、書いてみたくなった。
あの純粋無垢で、友達のことを全く疑わない、幸せそうな過去の私に。
言葉を、届けたくなった。
私は引き出しから、最近買った便せんセットを取り出す。1枚の便せんと封筒を取り出していると、顔が熱くなってきた。
うわー。私、何やってるんだろ。まるで子供みたいじゃん。
誰かに手紙を書くなんて、それこそ小学生以来かもしれない。中学生からスマホを持ち始めたから、連絡は電話かメールで済ませてしまう。手書きで何かを伝えるという手段は、久しぶり過ぎて身体が硬直してしまう。
だけど、書き始めは不思議と決まっていた。
『10歳の私へ。20歳の私です。
お手紙、ありがとうね。
未来には沢山大変なことがあるけれど、私は今、幸せだよ』
それから私は、手紙でもらった質問に一つ一つ答えていった。
10年後に届く手紙 竹春雪華 @Takeharu4yukika
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