忘れ物

西園寺 亜裕太

第1話

「やべえ! 色鉛筆忘れたぁ!」

赤坂が大きな声を出したのを聞いて、一緒にいた黒田と青山が呆れる。

「お前さぁ、今日何しに来たか、わかってんのかよ?」

「わかってるよ。美術の時間の写生だろ。知ってるに決まってるだろ」

今日は美術の課題の写生の宿題をするために、3人でわざわざ学校から1時間もかかる自然公園にまで来ていた。綺麗な湖の畔で絵が描ける機会なのに、一番大事なものを忘れてしまったのだった。


「まあ、しょうがねえな。今日は俺が貸してやるよ」

青山が色鉛筆のケースを赤坂に見せる。

「12本入りの色鉛筆だから、あんまり色がねえから使ったらすぐ返せよ?」

「わかってるって。じゃあ、早速青と水色を借りるぜ」

閉じたままの色鉛筆ケースの蓋開けようとしたけれど、その前に青山がサッと色鉛筆を取り上げた。


「何すんだよ?」

「これから俺たちは湖畔を描くんだぞ? 綺麗な水と空の色で青と水色は必須だろ。なんで持ち主の俺が遠慮しないといけないんだ」

「じゃあ、終わったら貸してくれよ」

「多分時間いっぱい使うから、青色と水色以外を使ってくれ」

「いや、それ以外じゃ空と湖は表現できないじゃねえか」

「別にどうにでもなるだろ。自分にはこういう色に見えましたって言って、赤い湖と緑の空とかにしとけよ」

「なんか視力検査とか国旗みたいな風景がになりそうだし、言い訳として苦しすぎるだろ! 使ってない間だけ貸してくれよ。今度コロッケ奢るからさ」


赤坂が必死に頼み込むと、青山が「わかったよ」と言って、一応納得してくれた。

「その代わり、俺が使うときにはすぐに渡せよ?」

「わかってるって」

青山が色鉛筆の箱を渡してくれたから開けてみたが、中には何も入っていない。

「……なんだよ、これ?」

「あー……、中身全部忘れてきたみたいだわ」

「そんなことあんのか?」

「あるから、空っぽなんだけど……」


赤坂と青山はお互いに顔を見合わせてから、黒田の方をチラッと見た。

「「頼む、色鉛筆貸してくれ!」」

2人で頼み込むと、黒田は「別にいいが」と了承してくれた。

「俺のはいっぱい色があるから好きに使ってくれて良い」

「頼もしいなあ。36色くらいか。……ってお前、そのケース256色入るでかいやつじゃねえか!」

赤坂が驚いた。

「赤坂の好みの色があるかはわからないが」

「こんなにも色があったら、確実にあるだろ」

「なら良いんだが、ちょっと玄人好みでな」


黒田が色鉛筆を渡してくるが、中にはなぜか256本の白色鉛筆がズラリと並んでいた。

「なんだよ、これ? 白しかないが」

赤坂が尋ねると、黒田は自慢げに答えた。

「白はなあ、1色だけじゃないんだぜ」

「だとしても、256色は多すぎるだろ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘れ物 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ