第24話 #会いたい②

 手のひらから伝わる、冷たくつるりとした鱗の感触。頭部も尾部も力なく垂れている。すでに事切れているのだろう。蛇はぴくりとも動かない。


「…………これは?」

「ご飯」


 清巳の問いに間髪入れずに回答した静が自慢げに胸を張る。

 その顔には悪意でも害意でもなく純粋は好意が浮かんでいた。


「………………………………蛇に見えるんだが?」

「うん。ご飯」


 引きつっていた頬が更にひくついた。


「好きじゃない? じゃあこっち上げる」


 手のひらに載せた蛇を回収して、代わりに置かれたのは草。土つきの、根から引っこ抜かれた、どこからどう見ても雑草だった。それに加えて、小さな木のみがいくつか置かれる。その中でも時期があわない赤く小さな丸い実は、未加工で食すと命に関わってくる毒だ。草も食用なのかと言われると、食べると身体に影響が出るものも含まれている。


「………………………………………………………………これが、静のご飯なのか?」

「うん」


 いい笑顔で静は頷いた。

 確かに、蛇は貴重なタンパク源として食されてきた歴史はある。一部地域でも蛇肉が今も食されている。清巳も食べたことはあるが、それはあくまで非常時だったためで、日常的に食すかと言われると、そうではない。

 草についても同様だ。中には猛毒が含まれるものも少なくないため、知識がないまま食べるのは推奨されない。

 左手に雑草と木の実をまとめて、右手でポーチから保存容器を取り出した。それを静の前に差し出す。


「食べるならこっちにしておけ。あげるから」

「でも、食べてないでしょ?」


 追加で両手いっぱいの草を取り出されて、清巳は首を横に振った。


「他にも食べるものはあるから大丈夫だ。蛇も草も……うん、一般的にはご飯ではないからな。ダンジョン産ならともかく、天然物は処理が大変だから」

「処理? がぶっといけるよ? 苦いし、体がぴりぴりじんじんするけど」

「……その苦いのと、体がぴりぴりじんじんするは大丈夫じゃないからな。少量なら食べても問題ない草もあるけど、お腹下すやつとか息が苦しくなるやつがあるから、ご飯にするには向かない」

「むー……じゃあ虫?」

「それはもっと駄目です」


 間髪入れずに窘めた。


「虫は虫でもダンジョン産のものならまだしも、そうじゃないだろう?」

「うん。あれ、苦いし臭いしぬちゃってするから嫌い」

「……嗜好の問題なら仕方がないとしてもな、天然物の虫はやめておけ。苦いのもあるけどな、食べたら口も喉もいがいがするだろ、喉の奥に足が引っかかって痛いこともあるし、そもそも皮だのなんだので肉が少ない食った気になれないわりに、吐き気はあるし、食うつもりが反撃くらって数の暴力で食われかけて腹を満たすよりも体力奪われる方がでかい。効率が悪い」


 ダンジョンが出現してから程なくして、まるで知性を得たかのように生態が変化したという話がある。天然の鳥獣はほぼ流出した魔物に駆逐されたと考えられているが、虫は変化に適応したような存在が確認されている。

 一匹捕まえれば、数十匹の報復が待っていたり、一匹にこだわるあまり自然の罠に陥れられたり、捕食者のつもりが被捕食者になることも少なくない。


  [座敷童子ちゃん……]

  [いい笑顔なんだけど、それは強いて言うなら非常食]

  [兄、ご飯あるんかい]

  [あるなら食え]

  [虫って]

  [兄の説得が生々しいんだが? まさか食ったことあるの?]

  [ちょっとどころではなく引くんだが]


 静は不服そうに頬を膨らませた。


「ちょっと捕まえるのが面倒なのは認めるけど」

「だろう。だけどな、何より重要なのは、どれも全部美味しくない」

「それはそう」


 深く頷いた静に保存容器を押しつけて、地面に置いていた剣を持ち上げた。頭上から持っている実を盾に落ちてきた大栗鼠を目がけて剣を振り、静を小脇に抱えて飛び退く。

 血の雨を振らせながら真っ二つに切り裂かれた大栗鼠が地面に鈍い音を立てて叩きつけられた。

 その死骸を見つめて清巳は肩を落とした。

 中層におりるまでの魔物もそうだが、降りてからも売り物にならない斬り方をしている。買取額が相場の三分の一から半額程度になる。貯蓄はあるため痛くはないが、もったいない、というのが正直な感想だ。

 壊れた魔石と両断された大栗鼠の亡骸を鞄に入れる。

 普段できていることができていないのは集中できていない証拠だ。怪我を負うようなへまはしないが労力の無駄遣いではある。だが、集中できる気がしない。


「ん」


 差し出された魔石に清巳は嘆息しながら答えた。


「貰いすぎだから却下」

「だめ?」

「だめ。むしろ返却させろ」

「あげたの。いらないなら捨てて」

「ならせめて修繕費用はこっちで持たせてくれ」

「全部手持ちだからタダ」


 自慢げに胸を張った静に清巳は二の句が継げなかった。

 いったい何を差し出せば金銭の代替になるのだろう。怖くて聞けない。だが、聞かないわけにもいかない。

 戦々恐々としながらそろそろと口を開いた。


「一応、聞きたくないけど聞くんだが、何を差し出した?」

「一番いい緋緋色金鉱石。いい鍛冶の人だからちょうど良かった」


 清巳は天井を仰いだ。

 緋緋色金の入手経路はともかく、『一番いい』ということは一番ではないものもあるということで。つまりは、それだけの物を所有していると言うことで。

 小指の爪ほどの大きさでもオークションに掛けられれば四桁億は下らない。滅多に入手できるものでもなく、個人で大量に所有するものではない。安全面的に。

 宝石加工が施された緋緋色金を贅沢に使った装飾品を弟妹に献上したことは都合良く忘れたことにして清巳は嘆く。


「聞かなかったことにしていいかなー……値段つけられないやつ……」

「あのね、緋色が鍛冶の人をお気に召したからいいの。むしろ修復はついで」

「そう言われても安心できるものではないからな?」

「大丈夫。こういうの技術料ってやつもほしいんでしょ? ちゃんと鍛冶の人をお気に召した魔鉱物たくさんあげた」

「…………、…………………………そうか」


 もうなにも言うまい。素直に返却も受け取ってもくれないことは理解したから、その分なにかを返せばいい。返せるものがあるかはわからないが。なんとなく、お金は受け取ってくれない気がする。

 再び両手で静の頬を揉んだ。意趣返しもこめて先程よりももみくちゃに動かす。


  [配信遡って見られないやつで良かったね]

  [あ、やっぱりこれもスルーなお約束……お約束でいいのか?]

  [お約束にしたほうがいいです。あれは死人が出るから]

  [はい、お口チャックします]


 名残惜しげに左手も離して、何度目かもわからないため息を吐きだした。


「わかった。今後、とにかく気をつけろよ、いろいろと」


 頭をひと撫でして、はたき落とされる前に手を引っ込める。

 静が差し出した対価については綺麗さっぱり記憶の底に封じつつ、静にはおいおいなにかしよう。

 邪魔したな、と軽く手を振って日課を再開した。





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