夕方、淡い紅い光の中

 学校に着いた。


 へとへとでへろへろ。ひざに手をついて息を整える。 


 背中が、肩が、足が、ぞわぞわしてる。藤倉君との楽しかった日々が今日で本当に終わっちゃうって思うと、震えが止まらない。


 でも。

 でも、だ。


 ちらっと正門を見る。


 帰らない。

 引き返さない。


 明日からの藤倉君のために。

 背中を押してくれたいまちゃんへの感謝を忘れずに。

 そして、明日の私のために。


 もう決めたんだ。


 残った元気をふりしぼって、テニスコートに走り出す。


 

 テニスコートではネットを片付けたりローラーで地面を慣らしたりする人たちはいるけど、藤倉君がいない。帰っちゃったとか?!


 慌てて、近くにいた部員に声を掛けた。


「あ、あの! 二年生の藤倉君を探してるんですが……」

「藤倉先輩ですか? 先輩達なら、さっき上がって部室に行きました」

「あ、ありがとう……ございます!」


 教えてくれた人に頭を下げ、男子テニス部の部室へと向かう。


 ドキドキする。

 苦しい。






” 修学旅行から、イヤな気持ちになってたらごめんなさい ”

” 何とも思ってないってウソなの ”

” いきなり恋バナになって……あわてちゃって ”

” 本当は……本当はね…… ”






 ずっとずっと、好きでした。


 




 フラれるのがわかってても、言わなきゃ。


 呆れられても。

 もういいよって言われても。

 別に何とも思ってないって言われても。

 お前なんか嫌いだって言われても。


 これが最後のチャンスなんだ。



 夕方の淡い紅い光の中。


 藤倉君は部室の前で、他の部員たちと立ち話をしていた。


「藤倉君!」


 笑って話していた藤倉君は私の声に立ちすくんだ。


「話がしたくて! ほんのちょっとでも……少しだけ……」

 

 違う。

 違う、違う!


「お願いします! 私の言いわけを聞いて……ください!」


 藤倉君はうつ向いている。


 私がグズグズしてたから。

 自分のことばっかり考えてたから、藤倉君をこんなに苦しめてる。


 ごめん……なさい。


 どうしよう。

 迷惑だろうけど、もう一回……。


「フジ。毎日落ち込むくらいなら話をしろよ。しょぼい顔は見飽きた」

「そうそう。それに秋人あきとだって、言いたいことあるんでしょ?」

「男なら女子の言いわけの10個や20個は聞いてやれ! って姉貴が言ってた」

金澤かなざわ眞白ましろ、佐藤……」


 藤倉君のそばにいた人たちが笑いながらそう言って、藤倉君の頭や体を、ぽん、ぽん、と叩いて離れる。


 そして。


 その背中を見送っていた藤倉君が振り返った。


 あの時の目。

 修学旅行の時の、寂しそうな目だ。

 

 でも、スカートを握りしめて必死に前を向く。


 今しかない。

 もう、お話できるのは。


 きっと、これで最後だから。


 

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