写真家の彼

海音まひる

写真家の彼


 彼は写真家だった。


 風景写真家だった。


 彼は、自然の最も美しい一瞬を、写真に閉じ込めることができた。


「自然ほど繊細な芸術はない」と彼はよく言った。


 そして私は、彼の写真を見るたび、本当にその通りだと思わされた。


 彼の切り取る四角い世界は、まさに芸術だった。



 彼はまた、自分の写真がとても好きだった。


 でも、写真を額縁に入れて飾ることはあまり好まなかった。


「額縁って、写真の印象を歪めるような気がしてあんまり好きじゃないんだよね」と言っていた。


 彼は特に気に入った自作を写真紙に印刷し、アルバムに入れて持ち歩いていた。


 アルバムの中身は、時々入れ替えられつつ、厳選されたお気に入りだけとなっていた。


「自分の好きなものは、近くに置いておきたいから」と彼は説明した。


「それって私も?」と聞いたら、「そうだね、君ともずっと一緒にいたいな」と答えてくれた。



 彼は、人間の写真は撮らなかった。


 もちろん、頼まれれば、「僕は風景写真家なんだがな」と言いながら、渋々というふうに撮っていた。


 でも、私の写真だけは頑なに撮ろうとしなかった。



「どうして私の写真は撮ってくれないの」と聞いたことがある。


 何回目かのデートの時だった。私たちは花の綺麗な場所にいて、彼はその写真を撮っていた。


 彼女が隣にいるのに、その写真は撮ってくれないのねと私は拗ねていた。


「だって、君は動いているときが一番綺麗だ」と彼は事もなげに答えた。


「僕には、君の時間を止めることなんてできない」と彼は続けて、こちらをじっと見た。その瞳は、深い黒色をしていた。


 私はその奥に彼の信仰を見たような気がして、それ以上は何も言えなかった。




 でも、叶うことなら——


 本当は、私の時間を止めてほしかった。


 私を世界から切り取って、彼と一緒に連れて行ってほしかった。


 そうやって頼めば、彼はそうしてくれたのだろうか。


 わからない。



 かつて嫌った額縁の中で永遠に時を止められてしまった彼は、何も答えてくれない。




 ——私は彼の芸術にはなれなかったのだ。

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写真家の彼 海音まひる @mahiru_1221

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