第8話:カップルチケット

 腕リードに緊張しつつ、辿り着いたのはビルの一階にある公開ブースだ。

 全面窓ガラスで『ノブレス・オンライン』の有名な声優さんが二人並んで座っている。


 俺と未知留は運が良かったのか、横からするすると入ることができた。

 一番先頭でワクワクしながら待っていると、軽快なBGMと共にイベントが始まろうとしていた。


「楽しみだね、吹雪」

「だな」


 腕リード、腕リード、腕リード。

 そういえばもう着いたから良くないか?

 気づいてないのだろうか。

 

 いや……あえて言う必要もないか。


 ”さあ、始まりました『ノブレス・オンライン』! 今日はビックニュースもあるのですが、人、凄いですねー”

 ”ですね! 今、公開ラジオをさせていただいているのですが、周りが人、人です! いやー大盛況です。流石の『ノブレス・オンライン』ですね”


 テンポのいい会話から次々と繰り出される面白い話、時には周囲にも気を向け、さすが有名声優さんだ。

 ヒロイン役の人は、ネットの画像よりも綺麗にみえた。


「凄いなプロは」

「だね。ビックニュースって、なんだろう」


 人だかりがさらに増えているところで、ついにビックニュースの公開がはじまった。

 ファンファーレの音楽、そして、ブース内のデカいテレビに映像が流れていく。


 それはなんと、『ノブレス・オンライン2』という文字だった。


「……マジかよ」

「えええ、すご」


 2といっても、大幅追加アップデートらしく、同じギルドメンバー、同じ仲間と共に楽しめるとのことだ。

 マップは二倍に増え、クエスト、武器、魔法、装備、何もかもが従来を遥かに超える。


 更に新キャラクターやNPCの声が完全VC入りになるらしく、これはまさにビックニュースだった。


「ヤバいな。けど、未知留」

「ね。ん?」

「遅刻はダメだからな」

「……はーい」


 一応念押ししていると、次は公開ラジオに来てくれていた方々にもサプライズがあるとのことだった。


 周りがざわつき、未知留がより一層腕組みを強めた。


 ”えー何と、大幅アップデートに先駆けて体験ができる先行オンラインチケットを、ここにいる方に配布します!”

 ”落ち着いてくださいー! ネットで見てらっしゃる方にも別でありますよ”


「うおおおおおお、すげええ」

「当たりたい」

「マジかよ」


 周りも凄い騒ぎだ。

 でもこれは確かに凄い。


 先行ってことは、ゲームが有利になる可能性すらある。

 ゲーマーにとってオープンベータは重要なものだ。


 ”今回の『ノブレス・オンライン2』は男女の新キャラクターが多いです。よって、カップルの方にしたいなと思います”

 ”いいですね。では、さっそくどなたにしましょうか?”


 ガラス越しに二人がこっちを見ていた。

 大勢のため息と共に、俺と未知留も肩を落とす。


「残念だね。カップル限定だって」

「みたいだな。でも、わざわざラジオまで見にくるカップルなら楽しくやってくれそうだ」

「そうだね」


 すぐにふふふと笑い合っていると、声が聞こえた。


 ”おお、あそこに凄く素敵なカップルさんがいますよ!”

 ”ほうほう、本当ですね。そこのお二人さん、『ノブレス・オンライン2』にご興味はありますか!?”


 誰だろうと未知留と顔を動かしていると、周囲の目が、俺たちに向いていた。


「「え?」」


 スタッフがやってきて、「どうされますか?」と聞かれた。

 当選したことよりも”カップル”という単語が、まだ頭に入ってこない。


 え、なんでだ?


 と思ったが、未知留がガッツリ俺の腕を組んでいることを思い出す。


 な、なるほど……。


「え、ええと……その……」

「……”私たち”『ノブレス・オンライン』大好きなので、是非お願いしたいです!」


 そのとき、いいなあああと歓声が上がる。

 未知留は、右手を上げながら頬を赤らめていた。


 それからスタッフに誘導される。


「え、そのいいのか? 俺たち……友達だぜ」

「いいでしょ。先行券だよ? これ、マジですごいことだよ」

「確かに……」


 ヴィーターや! ヴィーター! という声が脳に響くが、首を振って何とか消した。

 何だか嘘をついているみたいだと思ったが――。


「それに嘘かどうかまだわかんないでしょ」

「え? それどういう……意味だ?」

「ふふふ、ほら早くもらいにいこ!」


 腕リードを継続したままスタッフからチケットをもらう。

 そこにはオンラインコードが書いてあり、URLに接続するとプレイできるらしい。


 IDとパスワードはそのままで、新マップに行けるようになるが、アイテムなどの統合は正式オープン後。


 たまに動画配信を上げてくれると嬉しいとのことだった。

 その際はゲームスタッフの連絡先をもらった。

 

 ただ、大きな”問題”がひとつ。


 IPの関係があり、”同じネットワーク”でないとログインができないとのことだ。

 声優さんたちはそれを知らなかったらしく、わざわざ謝罪に来てくれた。


「すいません。ちゃんと把握していれば……」


 申し訳なさすぎるが、これは仕方ない。

 丁寧にお礼を言って、公開ラジオも終わった。


 とはいえ悲観的すぎることはない。


「未知留、これ使ってくれ」

「え、どういうこと?」

「今までの礼だよ」

「……礼?」

「ゲーム内で、いつも俺の事を助けてくれてたからな」


 未知留は初心者同然の俺を引き上げてくれた。

 いつも狩りに誘ってくれるし、おかげで楽しい日々を過ごしていたのだ。


「また色々教えてくれ――」

「だったらさ、私の家でやったらいいんじゃない?」

「……え?」

「ていうか、それ言われたときにそう思ってたし」

「いや、でもそれは……流石に……」

「なんで? 前も来てたじゃん」

「いや確かにその通りだが……あの時は緊急クエストだっただろ」

「ふふふ、何それ。一人でやるより二人のほうが楽しいよ。それに、私がソロプレイなんかしてたら朝までやっちゃうかも……」


 悲し気な真似をする未知留。

 確かに俺が遅刻するなと言ってから、彼女は真面目に登校している。

 その責任もあるか。


「わかった。でも、俺の家から結構遠いから頻繁に行けるのかどうか――」

「問題なし。バイクあるし」

「原付だろ?」

「んーん、二人乗りもあるよ。125ccの免許取ったから」

「俺が後ろに乗るのか?」

「恥ずかしいの?」

「……恥ずかしいだろ」

「ゲーム内ではよく乗ってるじゃん。私の竜に」

「現実とは別だ」


 一人暮らしの女の子、それも同級生の家に転がり込むなんて申し訳ないが、考えすぎかもしれない。

 未知留はミチルで、俺の友達であり親友だ。


 ただ一緒にゲームをするだけか。


「じゃあ、お願いしていいか? っても、土日メインになるだろうけど」

「もちろん。あ、それと――ありがとね吹雪」

「ん? 何がだ?」

「ここに連れてきてくれたこと。それと、私に遅刻するなって説教してくれたこと」


 こおイベントに誘ったのは俺だ。

 彼女は友達と会ったら恥ずかしいといっていたが、強引に誘った。

 でも、遅刻をするなって言うのは、当人からすれば嫌だと思うが。


「私、わかってるよ。吹雪が私の為に言ってくれたこと。周りからの評判も悪いし。少しでもそれを改善しようとしてくれたんだよね。ちゃんと、わかってる」


 ……やっぱ未知留は凄い。

 俺が考えてることをわかってくれている。

  

 そういえばなんで金髪なんだる……?


「なあ未知留、一つ聞いていいか?」

「んー? いいよ?」

「どうして金髪――」


「あーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 するとそのとき、聞きなれた叫び声がした。

 周りに人が多いというのに透き通っている。


 俺は、ぎょっとした。


「ん、どうしたの吹雪」

「……ほ、穂波」


 俺とは似ても似つかない整った顔立ち。

 横には、友達のカレンちゃんがいる。


「お兄ちゃん……だ、だれなの……横の女の人……」


 震えながら鼻水を垂らしていた。

 いや、驚きすぎだろ。

 てか――。


「逃げるぞ未知留」

「ふぇ!? だ、誰あの子!?」


 危険を察知した俺は、脱兎のごとく逃げ出した。


 !緊急クエスト!

 穂波から逃げきれ!

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