第4話:いつもの未知留

「……ふぇ?」


 気の抜けた声が出てしまったが、むしろこれだけで済んだ自分が誇らしい。

 相沢未知留、もとい不倒のミチルの家を前にして、俺は鼻水が飛び出しそうになった。


 一人暮らしと言われたら、普通はマンション、いや高校生なのでアパートを想像した。

 だがそびえたつのは、東京タワーかと思うほどの高級タワーマンションだった。


「コンシェルの人いるけど、気にしないでね」

「こ、こんしぇる?」


 語彙力が五歳児になった俺を先導しながら、相沢がデカすぎる入口に入っていく。


「おかえりなさいませ」

「ありがとう」


 入口には、髭を蓄えた執事がいた。

 想像より日本人っぽい。


 名前がコンシェルだなんて、どこの人なんだろう。


「スマホ、iPhoneだよね?」

「あ、ああ」

「どうしたの? ボス戦を相手にするみたいにガチガチじゃない?」

「まさにその通りだ」


 ふふっと笑う相沢に着いていきエレベーターに乗ると、60階の文字が見えた。

 異次元すぎる。


 カードキーで文字盤に触れた後、55階まで。

 すると、途中で誰かが乗ってきた。


 めちゃくちゃ美人。

 え、これ確かVチューバーの人じゃないか? 見たことあるぞ……。


 目標の階で降りると、絨毯の敷かれた廊下が目に飛び込んでくる。


「すげえ……相沢ってもしかして、若くして起業家なのか?」

「なにそれ。おもしろいね」

「いや真面目に……」

「パパがお金持ちなだけ。海外にるから、いい家を借りて勝手にどうぞってことだよ」

「そのパパって……どっちのパパ?」

「ぶっ飛ばしていい?」

「すいません」


 軽い冗談を言えるようになったのは、俺たちがフブキとミチルだとわかったからだ。

 扉の前で足をとめるも、少しだけ待ってと言われた。


 片付けをしているのだろうか。

 少し待っていると、扉を開けてくれた。


「はい、どうぞ」

「え? あ、いや充電だけしてもらえるか? たまったら電話するから。ここでいい」

「……そんな失礼なことするわけないでしょ。いいからほら」


 とにかく強引に中に入れられる。

 まず驚いたのは玄関の広さ。

 凄い良い香りもする。


「扉は自動で閉まるから。カギはかけなくていいよ」

「し、失礼します」

「なんで敬語?」

「なんとなく」


 中はとてつもない広さだった。

 左右に扉がいくつもある。真っ直ぐ進んだリビングは二十畳ほどはありそうだ。

 豪華なソファに大型テレビ、冷蔵庫も当然デカい。


 後、よくわからない高そうな絵画もある。


「スマホの充電、そこにあるから差していいよ。悪いけど、着替えてきていいかな?」

「ありがとう。ああ、もちろんだ」


 ソファを乗り越えながらケーブルをみつけ、無事にクエストを成功させる。

 一息ついていると、なかなか未知留が現れない。


 何だか水の音がする……?


 やがて現れたのは、とんでもなく短いショートパンツとシャツに着替えた未知留だった。

 いやそれより――。


「風呂入ってたのか!?」

「シャワーだけね。ごめん、脱いだらついでにと思って」


 とんでもなくスタイルが良くて驚いた。

 タオルで髪を乾かしながら冷蔵庫に向かってお茶を飲む。

 脚、長いな……。


「高速充電だからすぐだとおもう。対応してるよね?」

「だと思う。ていうか……広いなこの家、羨ましい」


 俺の部屋は狭い。それも妹がよく入り浸っているので、余計に狭い。


「……別にいいことないよ。広いだけで」


 そう返答した未知留は、悲し気だった。


 ずっと座ってるのもなんかそわそわしたので立ち上がると、「なにしてんの?」と笑われた。

 そのまま「お茶飲む?」と言われたので「飲む」と答える。


 未知留はソファに座ったので、じゃあ勝手に飲んでと言われた。

 自由だなと思いつつ喉がカラカラだったので冷蔵庫を開けると、食材がたっぷりだ。


「自炊してるのか?」

「そうだね。大体自分で作るよ」


 直後、彩鮮やかなお弁当を思い出す。

 え、まさか――。


「もしかしていつも美味しそうな弁当、未知留が作ってるのか?」

「いつも美味しそうって……え、ええ? 何で知ってるの?」

「あ、いやその……隣だからな」

「……そうだけど」

「凄いなマジで。俺なんて卵かけご飯しか作れないぜ」

「ふふふ、それ作ったうちに入るの?」

「卵割るからな」


 人は見かけによらずともいうが、俺の知っている相沢ってのは、随分勝手なイメージだなと反省した。

 金髪で普段は気だるそうだが、本当はゲーム大好きで、料理好きで、同級生とはいえ、困っていたら手を差し伸べてくれる。


 ……いい奴だな。

 それだけに、クラスメイトが誤解しているのが嫌だと思った。


 もっと、もっとわかってほしいい。

 ミチルはゲーム内でもいいやつなんだ。ほんとうに。


「充電、そろそろできてるんじゃないかな?」

「そうだな」


 未知留の言う通り電源をつけると、もう電話はできるみたいだ。

 断りを入れてから母にかけるが、父に賭けても、妹にかけても、出ない。


 ……そうだった。うちの家の奴ら、マジで寝ると起きないんだ。

 全員のあだ名、カビゴンだったもんな。


「……どうするか」

「んー、だったら始発で帰ったら?」

「え? 始発って?」

「泊まってってもいいよ。どうせ朝まで五時間ぐらいだろうし」

「……いやでも……それは流石に悪いだろ。外に出てどこかで時間を潰してくるよ」


 俺と未知留は親友だ。だが、それでもクラスメイトで、男女だ。


「こんな夜にほっぽりだすなんてしたくない。それに、私は吹雪だから家に来ていいって言ったの。泊まっていいっていうのも、吹雪だから。普通、こんなこと言わないから」


 すると、未知留はそういってくれた。

 いつもゲーム内で本音をつぶけてくれる。


 ……俺も逆ならそうするが。


「……本当にいいのか?」

「何回も聞かない。んーそうだね。その代わり、クエスト手伝ってよ。スマホ充電しながらでいいし、いいでしょ?」

「その提案、乗った」

「ふふふ、やりぃ」


 そして俺たちはゲームにログインした。

 チャットでは今日のオフ会の事がいっぱい書かれていた。


 シズク団長 ”ミチル、あんたちゃんと家着いた!? 誰かに襲われたり、連れ込まれたりしてないよね!?”

 ミチル   ”大丈夫。ありがとう団長!”


 にへへーと笑いながらチャットを打つミチル。

 こんな感じでしてたんだな。


 だが途中で、「あ」と声を上げた。


「ごめんごめん。吹雪も先にシャワー浴びてきたら」

「……え?」

「それ制服じゃん。ダル着で良ければ貸してあげるし」

「いやさすがに――」

「ほらほら脱いで」


 言われるがまま、されるがまま風呂場へ行き、制服を脱ぐ。

 遠くから、その洗濯機に入れといてーと声がした。


 他人の家にきて裸になる体験は初めてだ。

 それも女子、クラスメイトで、親友未知留の。


 洗濯機に入れると、俺は固まってしまった。

 見慣れた女子制服との上に、黒い上下の下着があったからだ。


 ……。


「……見なかったことにしよう」


 無我の境地を達成した後は、浴室に入ってシャワーを浴びる。

 中も白くて広くて綺麗だ。


 シャンプーとリンスもめっちゃ高そう。


「ここ、おいとくねー」

「悪いな、ありがとう」

「ごゆっくりー」


 身体を洗って外に出ると、グレーのジャージが置かれていた。

 ちょっと小さいが、確かに楽だ。


 スウェットに着替えた俺は、未知留の元に舞い戻る。

 彼女は、ソファで長い足を組んでいた。


「おかえり、シャワー大丈夫だった?」

「気持ちよかった。ありがとな」

「お礼はこれから返してもらうからいいよ。じゃあ、やろっか! 朝まで!」

「はっ、相変わらずだな。まあでも明日は休みだし、それでもいいか」

「団長に笑われるかな。オフ会終わったあとなのに」

「いや、団長ならきっとやってるだろ」

「そうかも」


 最後の声は、俺の知ってる、いつも愉快な未知留だった。


 つうか……このジャージ、めちゃくちゃいい匂いするんだが。

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