第5話 王子にざまぁしてラブメテオな悪役令嬢♡
「ちょっと! 見て見て、この子すごいわ〜」
大地でバスケットボールのように弾んで跳ぶ巨大なカエル。その背中に乗った私は、遠くに立つジンテール王子に手を振った。
え? カエルに乗って落ちないかって? それは大丈夫!
しっかりと首にくくりつけた巨大バンダナに埋もれるようにして捕まっているから、放り出されるようなことはなかった。
ちなみにバンダナは王城で使われている花刺繍のカーテンを改造したものだった。
「珍獣がカエルの背中に乗るなんて、なかなか面白い状況だ」
しゃがんだカエルの背から滑り降りると、ジンテール王子が私の元にやってくる。
ジンテール王子のペットである巨大カエルの暴走でどうなることかと思ったけど、私の破壊的な歌声で大人しくなったカエルに、すっかり懐かれてしまったのである。
最初はちょっと怖かったりもしたけど、よく見ると可愛い顔してるのよね。
それにヌメヌメしてそうだと思った体皮は、意外にもプニプニしてて柔らかくって触り心地も良かった。
ジンテール王子から逃げる時の足代わりにもなるかもしれないし、手懐けておくに越したことはないだろう。
そう思って、カエルと友好を深めてみたわけだけど、これが案外楽しかった。
この悪役令嬢の夢の中で楽しいと思ったのは初めてかもしれない。
私はカエルの背から降りると、いかに楽しかったかをジンテール王子に報告した。だって、他に言える相手もいなかったし。どうせならゴォフが良かったけど、ゴォフは城の手伝いをするとか言って、ついて来てくれなかったのよね。
そんな感じで、なんだかんだジンテール王子にもこの状況にも慣れ始めていた私だけど、一つだけ引っかかることがあった。
「そういえば、誰がカエルに矢を放ったりしたんだろう? 普通、王子のペットにそんなことできる?」
私が呟くように言うと、ジンテール王子はカエルの膝を撫でながら答える。
「おそらく、グクイエのやつだろう」
「グクイエ……殿下って、私の部屋に来た——じゃなくて、回廊で会った弟王子さん?」
「部屋に来た?」
「いえ、こっちの話です。それより、どうしてグクイエ殿下がジンテール殿下のカエルに矢なんて? 証拠はあるんですか?」
「さきほどカエルから取り除いた矢に、グクイエの印がついていたんだ」
「グクイエ殿下の?」
ジンテール王子が差し出した一本の矢。それを見ようと近づくと、ジンテール王子から甘い香りがして、くらりときてしまった。けど、そんなことは悟らせないように、しっかりとした口調で告げる。
「これが、グクイエ殿下の印なんですか?」
「ああ、俺たち王子にはそれぞれ所有物に印がつけてあるんだ。花弁が五枚ついたこの花は、アクアラという花だ。グクイエで間違いないだろう」
「……この印、どこかで見たことあるような」
「どういうことだ?」
「いえ、きっと見間違いかもしれません」
「……とにかく、グクイエにはあとでしっかり叱りつけておかなくては。第二王子が第一王子の所有物に傷をつけるということは、王位争いにもつながりかねない」
「王位争い? そっか、宣戦布告みたいに見えますもんね。第二王子が第一王子に喧嘩を売るってことは、王位を略奪したい意志の主張になるのかな?」
「そういうことだ」
ジンテール王子が私の頭を優しく撫でた。
その行動にぎょっとする私だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。まるでお父さんに撫でられてるみたいな——そんな感じ。
ていうか、こんなことで絆されてたらダメよね。
私はなんとしてでもここから逃げなくては……!!
でもここから逃げたところで、私には行く場所もないんだけど。
だったらいっそイケメン王子のペットとして生涯を送ったほうが幸せなのかな? どうせ夢の中だし。
私が色々と考えていると、そのうちジンテール王子が私の額を指で弾く。
デコピンというやつだ。
「ちょっと何するんですか!」
「お前は何を考えているんだ?」
「もちろん、ここから逃げる方法ですよ」
「逃げてどうする? 王宮にいれば、俺がお前を守ってやれるぞ」
私の髪の毛をすくって口元に寄せる王子様。
なにその行動! 誤解されるようなことをするのはやめてほしい。好かれていると勘違いしてしまうじゃないの。
私は慌てて王子の手を振り払う。
「カエルに名前はあるんですか?」
照れ隠しで思わずそんなことを言ってしまった私に、ジンテール王子は綺麗な顔で破顔する。
もう、この王子様は! 見た目だけは良いんだから。
「カエルはカエルだ。他に名前など必要か?」
「それなら、あなたにも人間以外の呼び方は必要ないということですか?」
「やはり面白いな、ケイラは——だったら、お前が名前をつけてくれないか?」
「私が?」
「ああ。カエルも私以上にお前に懐いているようだ」
「そうですね。だったら、カエルのルーちゃんでどうでしょう?」
「ルー?」
「安直でしょうか? この世界の国の名前は、フルーツでできているでしょう? カレーのルーにはフルーツが合うじゃないですか」
「お前の理屈は全くわからないが、お前が良いと言うのなら、そうしよう」
「ありがとうございます、殿下」
「ルー、お前の名前は今日からルーだ。わかったか?」
ジンテール王子がカエルの膝を撫でながら告げると、ルーがゲコっと鳴いた。
***
「俺は兄さんの所有物に矢なんて射ってないよ」
ジンテール王子より幾分可愛い顔をした王子の部屋にやってきた私とジンテール王子。
けど、グクイエ王子はルーに矢なんて射っていないと否定した。
「だが、ルーにお前の印のついた矢が刺さっていたんだ」
「ルー?」
「巨大カエルの名前だ」
「でも、俺は王座なんて興味ないし……そのことは兄さんも知ってるだろ?」
「お前にその気がなくても、お前の側近が俺の廃嫡を望んでいるのかもしれないな」
「やめてよ。俺は王座なんてどうだっていいのに……側近全員をクビにしてやろうかな」
「そんなことをすれば、父上の怒りを買うだけだぞ」
「でも」
「まあいい。お前が故意にルーを傷つけたわけじゃないなら、いいんだ」
「俺は狩りだって嫌いなのに……動物相手に、無闇に害を与えるようなことはしないよ。それに巨大カエルに怪我を負わせるなんて、もし城を壊滅させるようなことがあったらどうするの? そもそも、巨大カエルがよく暴走しなかったね」
「暴走はしたさ」
「え? どうやって止めたの?」
「ケイラの歌だ」
「ケイラ嬢の歌? もしかして、彼女は聖女なの?」
「違う。そうじゃない。ケイラの歌声がひどすぎて、たいていの生き物は気絶するんだ」
「そうなんだ。面白いね」
「お前にケイラはやらないぞ」
「はいはい。それで、カエルに危害を加えたやつだけど——探すなら、俺も手伝おうか?」
「ああ。そうしてくれ」
「わかったよ。それでもし犯人が見つかったらどうするの?」
「もちろん、火刑だ」
「か、火刑?」
黙って話を聞いていた私だけど、その不穏な言葉にぎょっとして思わず聞き返す。
カエルに危害を加えたのは確かに悪いことだけど、火炙りにするなんて、発想が恐ろしすぎる。私もジンテール王子に何かしたら、火炙りにされてしまうのだろうか?
これまでの非礼を思い出して青ざめていると、ジンテール王子とグクイエ王子は顔を見合わせて笑った。
「ハハッ、そんなわけないよ。いくらなんでも、そんな簡単に殺したりしないよ」
フォローするグクイエ王子に、ジンテール王子も笑って告げる。
「そうだ。せめて拷問して事情を聞いてからだな」
「こらこら、兄さん。ケイラ嬢がすっかり怯えているよ。仮にもレディの前でそんな話をするのはやめよう」
「こいつはレディじゃない。面白い生き物だ」
真面目くさった顔で言うジンテール王子に、グクイエ王子は苦笑していた。
***
「……はあ、今日も変な夢だった」
夜になり、天蓋付きのベッドにダイブした私は、大きなため息を吐く。
夢の中なのに眠るなんて不思議な感じだけど、とても疲れが溜まる夢なので、夢の中でも眠くなるのかもしれない。
自分でもよくわからない理屈だけど、そう思うことにした。
「そういえば、ゴォフ! どこにいるの?」
私が起き上がって
「お呼びですか。お嬢様」
「ねぇ、ゴォフ。私、もっとこの世界についてのことが聞きたいんだけど」
「この世界について、ですか?」
「ええ。悪役令嬢について、まだよくわからないから。私はこれからどうなるの?」
「私の知識では、『王子にざまぁしてラブメテオな悪役令嬢♡』のケイラ様は、王子に婚約破棄を言い渡されても、大どんでん返しをして国に留まっていたので、今のケイラ様の現状とは違っています。ですからケイラ様がこの後どうなるのかもわかりません」
「ざまぁ? ラブメテオ?」
「この世界——小説のタイトルです。あなたは悪役令嬢の世界にいるといったでしょう」
「それって……じゃあ、ジンテール王子の話は出て来なかったってこと?」
「ジンテール王子も、隣国の王子という知識程度にしかありません。本編は本国のキウイ王国で進んでいるはずですが……」
「キウイ王国って、舞踏会をしてた国のことよね?」
「さようにございます」
「じゃあ、私が今いるこのグレープ王国のことは、本編に出てこないの?」
「ええ。本編では、聖女が魔王を討つところかと」
「魔王?」
「そうです。王子が魔王に乗っ取られ、国を我が物と化すのです。そこで聖女は魔王を倒し、王子を元に戻します。悪役令嬢はその手助けをするはずだったのですが……」
「へー」
「それで聖女は確固たる地位を築き悪役令嬢とともに、国のトップとなる予定でした」
「本当にあなた、この世界のことに詳しいわね」
「転生前に読んでいた小説なもので」
「じゃあ、あなたも私と同じ世界から来たということよね?」
私が訊ねると、ゴォフは苦笑する。その笑顔の意味を、その時の私はよくわかっていなかった。
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