第2話 転生者

 


 長槍で押さえつけられ、地面に身を伏している私に手を差し伸べたのは、とんでもなく美しい顔をした王子様ルックだった。


 なんだろう。この夢、王子様ルックが流行っているのだろうか。いや、夢だから流行るも何もないと思うけど、それにしても王子様ルックって誰でも着るようなものじゃないよね。


 なんてことを考えていると、新しい王子様ルックは、私を見下ろしながら告げる。


「ジェルドノラ侯爵令嬢、よければうちに——我が国に来ませんか?」


「へ?」


 うちに来ませんか? なんて、今まで男の人に言われたことがあっただろうか。


 よほど私を憐れに思ったのか。そのわりに、王子様ルックは好奇心いっぱいの目をしていて、なんだか珍獣でも見ているような顔をしていた。


 ————怪しい。


 こういう時、普通に綺麗なお姫様なら、喜んで助けられるかもしれないけど、私は彼の言葉を心の底から信用する気にはなれなかった。


「……えっと、ごめんなさい。せっかくのお誘いですけど、お断りします」


 すると、私が断った瞬間、周囲がざわついた。


「さすが侯爵令嬢だ。ここで他国の手をとれば王室に反旗を翻すことと取られても仕方ない。賢い選択だろう」


「ああ。あのような才女を国外追放するなど、王太子殿下も血迷ったか」


 コソコソと聞こえてくる周囲の言葉に、私の欲しい情報は一つもなかった。

 

 結局、私はなんでこんな状況になってるわけ?


 などと思っていると、私をこんな風にした元祖王子様ルック——ロナルド王子が声を荒げた。


「不敬だぞ! 次期国王の面前にしてそのような戯言を! 諸侯諸君は恥ずかしくはないのか!? 今回の件は侯爵令嬢の立派な反逆行為であり、私は責をもってこの者を処罰する! 異論は受け付けぬぞ!」

 

 なんだかよくわからないけど、ロナルド王子の怒りっぷりは尋常ではなかった。

 

 私はよほど嫌われているらしい。このままここにいれば、きっとロナルド王子に殺されるに違いない。それならまだ、国外追放のほうがよほどマシではないだろうか?

 

 なら、私が選べる道は一つしかない。


「国外追放でもなんでもしてください! 王子様の目の入る場所にはもう二度と現れませんから、私を放っておいてください!」


 夢の中で言えることは、それが精一杯だった。


 なんで自分の夢なのに、自由にできないんだろう。もっと私に都合の良い世界でも良くない? ていうか、なんで床が冷たくて、痛いのよ。こんなリアルな夢、初めて見るわよ。


 私が自分から負けて出ると、どういうわけかロナルド王子はあっけに取られた顔をしていた。そしてもう一人の王子様ルックが吹き出した。


「いやはや、どうせ追放されるなら、我が国に来てくださいよ、侯爵令嬢」


「いやだって言ってるじゃん。しつこい男は嫌われるわよ」


「その物言い。ぞくぞくします」


「なんなの、あんたMなの?」


 私が思わずツッコミを入れていると、そばにいた初老の男性が私を睨みつけた。


「これ、ジンテール殿下に向かってなんという口の利き方をするか!」


「知らないわよ! 国外追放するなら、早く解放して追放しなさいよ! でないと、舌噛んで死んでやるわよ!」


 とうとう切れた私がめちゃくちゃなことを言って騒ぎ立てると、ロナルド王子が慌てて兵士たちを下がらせた。


 ようやく解放された私は、その場で安堵の息を放つ。そして、そんな私の元に色素……じゃなくて、メラニンと呼ばれた聖女がやってくる。


「少し怪我をしてますね? 回復します」


「メラニン! そんなやつ放っておけ」


「王太子殿下。わたくしは生者を平等に扱う聖女として、侯爵令嬢の怪我を見過ごせません」


「なんて優しい人だ……やはり君こそ次の王妃にふさわしい」


 ロナルド王子がうっとりした顔で言うと、メラニンとかいう女の子はやれやれといった感じでため息を吐いた。


 そして私の耳にそっと吹き込む。


「今回の件はわたくしの取り巻きがやったこと。本当に面目ありませんわ。ですが、いつか必ずわたくしが迎えに行きますから、それまで待っていてください。それに、わたくしたちはじきに行動を起こしますわ」


 そう言ってメラニンは私の頬に手を当てた。するとメラニンの手から暖かい光が溢れて、なんだかホッとした。

 

 それから私は、兵士に連れられて、馬車に詰め込まれると、あっという間に舞踏会を追い出されたのだった。






 ***






「それにしても長い夢よね」


 まだ陽が高い頃。お昼くらいだろうか?


 私は馬車に揺られながら、怪訝な顔で考え込む。


 外を見ればひたすら木しかないし、どう見ても田舎だった。こんな森がある田舎ってどの地方だろう。私は関東生まれの関東育ちだけど、こんな森の中なんて初めてだった。


 そして私の向かいにはスーツを着た男性が座っていた。やや四角い顔にマッシュショートの頭。なんだかもっさい青年だけど、どうやら私の召使いらしい。青年はさっきから何やら私のことをじっと見ていた。


「何よ。何見てるのよ」 


 しまった。夢だからって、あまりにもひどい言い方だっただろうか? でもずっと見つめられると気持ち悪くて仕方なかった。


 すると、青年は何かピンと来たような顔をしてニヤリと笑みを浮かべた。


従僕フットマンのゴォフです、お嬢様」


「ゴォフさんはどうして私と一緒に馬車に乗っているの?」


「私が同乗しているのは、お嬢様の世話係だからですよ……ですが、やはりそうでしたか」


 ゴォフさんはブツブツと独り言を呟いて、一人で頷いていた。


 やばい、この人変な人かもしれない。そう思っていると、ゴォフさんは淡々と告げる。


「もしやあなたは、転生者なのではありませんか?」


「は?」


 いや、この場合、「は?」としか言いようがないよね。〝テンセイシャ〟ってなんだろう。


 そういえば、異世界ものの小説にそういうジャンルがあったような気がするけど、詳しいことはよくわからなかった。なぜなら私は、現代ものしか書かない執筆者だからである。


 すると、ゴォフさんはおかしそうに笑った。


「やはりそうなんですね。これまでの言動から行動まで拝見させていただきましたが、あなたはどう見てもケイラ様ではありません」


「ケイラ?」


「あなた様のお名前です」


「私、夢の中ではケイラというの?」


「残念ながら、夢ではありませんが」


「またまたぁ、夢じゃなければなんなのよ、この状況。おかしすぎるでしょ?」

 

「ああ、目に見えても信じないタイプの人間なのですね」


「どういうことよ」


「さきほども申し上げましたが、これは夢ではありません」


「じゃあ、なんなのよ」


「あなたは小説の世界に転生した〝悪役令嬢〟なのです」


「ぶっ……ちょっと〝悪役令嬢〟とか言わないでよ! 私には今それ禁句なんだから」


 私が友達のみなみのことを思い出してめそめそしていると、ゴォフさんは勝手に続けた。


「禁句だろうが、なんだろうが、あなたは悪役令嬢なんです。その証拠に、王子様に婚約破棄されて国外追放されたでしょう? よくあるパターンですよね」


「よくあるパターンとか言われても知らないわよ。悪役令嬢なんてそもそもどういうものか知らないし」


「あなたは、あまり小説を読まないタイプの方ですか?」


「読むわよ。悪役令嬢以外は」


「……はあ」


 なぜか盛大なため息を吐くゴォフさんに、私はムッとした顔をする。悪役令嬢を読まないことがそれほど悪いことだろうか? 誰にだって好みはあるものだし、読む読まないは私の勝手である。


 それに、その悪役令嬢が私だなんて、意味がわからないんだけど。


 ゴォフさんも最初はニコニコしていたけど、そのうちなんだか諦めたような顔をして告げる。


「悪役令嬢がどうしてあなたなのでしょうか」


「それはこっちが聞きたいわよ! 悪役令嬢ってなんなのよ」


「だから、悪役令嬢とは、物語で悪役を担う存在のことですよ。あなたが王子に婚約破棄を言い渡された時、同席していた聖女がいたでしょう? あっちがヒロインなのです」


「あっちがヒロイン? 私がこの夢のヒロインじゃなくて?」


「ええ。ヒロインは別にいて、あなたは悪役の御令嬢なのです」


「じゃあ、私は主人公じゃないの?」


「主人公ですよ。ここは悪役令嬢を主人公とした物語の世界ですから」


「は?」


「つまり、主人公がメインのヒロインではなく、悪役令嬢にスポットが当たっている世界なのです」


「よくわかんないけど、この物語の主人公は私ってことでOK?」


「ええ、そうです。本来なら婚約破棄の時点で〝ざまあ〟展開があったはずなので、本当に追放されるとは思いませんでしたが」


「なるほど、私は悪役だけど主人公……そういう設定なのね。悪役令嬢を少し理解したわ」


「わかっていただけて良かったです」


「それで、あなたはどうしてそんなことを知っているの?」


「ああ、それは私も転生者だからですよ。しかもこの小説の読者でした」


「転生者とは?」


「現代日本で生まれた私は、一度死んでこの世界に転生したのです」


「現代日本? ここ、日本じゃないの?」


「見たらわかるでしょう? 日本であんな舞踏会やると思いますか?」


「だって夢だし」


「まだ夢だと思っているのですか?」


「当たり前でしょ。私は車に轢かれて……きっと意識不明の重体なんだわ」


「でしたら、夢だと思ってくださってもかまいませんが、そのうち嫌でも現実だとわかりますよ」


「なんで?」


 その時ふと、馬車が止まって、御者ぎょしゃから悲鳴があがった。


 窓の外を見ると、剣を手にした男たちが馬車を囲んでいた。その数、十数名。


 驚きに見開く中、ゴォフさんが頭を抱えた。


「やれやれ、どうやら山賊が出たみたいですね」


「山賊!? どうすればいいのよ、ゴォフさん」


従僕フットマンの僕にさんづけは入りません。頑張って逃げるしかないですね」


「逃げる!? どうやって?」


「知りませんよ」


「仕方ないわね」


「お嬢様?」


「これでも私、歌には自信があるのよ」


「歌、ですか?」


「そうよ。見てらっしゃい! 泣く子もさらに泣く私の歌声を聞くがいいわ!」


 どうせ夢なんだから、スカッとする方がいいじゃない? なんて、私は自分の手で運命を切り拓くべく、馬車を降りたのだった。








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