アンチ悪役令嬢の私がなぜか異世界転生して変人王子に溺愛される話
#zen
第1話 悪役令嬢なんて大っ嫌い
この世の中に苦手なものは、誰にでもあると思うけど、よりにもよって真っ先に目に入るあんな場所にあるなんて、私はどうすれば良いのだろう。
「ランキングは悪役令嬢に婚約破棄ばっかじゃん! どうしてこのジャンルがいつまで経っても廃れないのよ! もっと面白い作品なんていくらでもあるでしょう!?」
湯船に浸かったままタブレットに向かって毒を吐いた私に、返ってきたのは静寂と虚しさだけだった。
私は
一人暮らしでOLをしている私は、いつか小説家になることを夢見てコツコツと執筆を続けてきたわけだけど、いっこうに芽が出ないまま、すでに八年が経過していた。
ちなみにラブコメや純愛を中心に執筆してきた私にも、苦手な分野があって——それが〝悪役令嬢〟と〝婚約破棄〟というジャンルだった。
現実主義な私にとって、異世界というだけでも敷居が高いのに、その上よくわからない乙女ゲーム? の舞台の話なんて、噂を聞くだけでも鳥肌が立った。
そう、私は友達の話でしか悪役令嬢の話を知らないし、読んだこともないのである。
けど、執筆サイトの上位を占めているのは、ほぼ〝悪役令嬢〟なわけで、自然と目に入るのが嫌でたまらなかった。
「テンプレだかなんだか知らないけど、どうせみんな似たような話書いているんでしょ? そんなものになんの意味があるっていうのよ」
今日も楽しく風呂場で毒を吐いていた私は、言いたいことだけ言い終えると、脱衣所でパジャマを身につける。
お風呂のあとは、やっぱりビールだけど、そこはぐっと我慢して、私は楽しい執筆作業を始めた。
いまだにプロット通りには書けない私だけど、それでもなんとかなるものよね。
————よし、今日は調子が良いし、あと二千文字くらいは書いちゃおう。
それからパソコンに向かって一時間半ほど作業を進めた私は、解放感いっぱいでベッドの上に寝転がった。
寝る前の楽しみといえば、友達とのチャットや電話だった。
「——で、
私が友達の
『それがさぁ、ちっとも進まないんだよね。やっぱり一人で書くのって辛いよね』
「でも公募って評価シートとかもらえるんでしょ? いいじゃん」
大学からの友人である南も、同じように執筆活動をしているけど、彼女は私と違って雑誌のコンテストに応募するのが主だった。
が、評価シートというワードを出すと、南はさらに憂鬱な息を吐いた。
『評価シートは、私が送り付けてる公募だと、三次通過しないともらえないんだよ』
「そうなんだ?」
『だからさ、二次落ち常連のあたしは、何がダメなのかさえわからないわけ。せめて、アドバイスしてくれるハイワナビな人が近くにいればいいんだけど……』
友人はまたもや深刻そうなため息を落とす。
そんなに評価が大事なのだろうか? ずっとネットで活動している私にはわからない感覚である。
南がそんなに困っているのなら、助けてあげたいけど、私もそれほど戦績があるわけでもないし……。
————って、そうだ!
「だったらさ、こういうのはどう?」
『何が?』
「あんたも〝カクも美しく〟に投稿してみなよ」
『え? でもネットに投稿しても評価シートもらえるわけじゃないでしょ?』
「でもさ、レベルの高い人もたくさんいるし、そういう人たちにアドバイスしてもらえばいいんじゃない?」
『うーん……でも私、人見知りだし、よくわからないし』
「大丈夫、私がついてるから、なんでも教えてあげるよ」
『だったら……気晴らしってことで、やってみようかな?』
「うんうん、おいでよ」
その時の私は、同じようにネット投稿する友達がほしくて、軽い気持ちで誘ったわけだけど——それがまさかあんなことになるなんて思いもよらなかった。
————二日後。
友達の南が〝カクも美しく〟に投稿を始めたと聞いて、私はさっそくタブレットを開いて確認した。
けど、そこで見たのは、私にとってはありえない現実だった。
「確か、本名で書いてるって言ってたけど……サトハラミナミはどこだ……あ、見つけた——って、ええ!?」
友達の名前を見つけるのは簡単だった。だが、そこで見たのは、とんでもない評価の数の〝悪役令嬢〟作品だった。
〝カクも美しく〟では、面白い作品には評価ボタンを押すようになっているのだが、評価の数によってランキングが決まるのである。
投稿を始めたばかりにも拘らず一位に迫る勢いの南の作品を見て、私は思わずスマホを手に取る。
「ちょっと! どうなってるのよ南!」
『あ、景。ちょうど電話しようと思ってたところだよ』
「あの鬼のような評価数は何? いったい、何をやったの?」
『何を投稿していいのかわからなくて、とりあえず〝悪役令嬢〟が流行ってるから、それっぽいものを書いてみたんだ』
「よりにもよって〝悪役令嬢〟……」
『ちなみに話の内容は——』
「ごめん、ちょっと気分悪くなってきたから切るわ」
『え? 大丈夫——』
さよならも告げずに通話を切った私は、思わず机の前で脱力する。
今まで彼氏も作らず家と会社の往復しかしないで頑張ってきた私は、こんな形で友達に追い抜かれるなんて、思うはずもなかった。
私も決して評価がゼロだったわけではないし、八年間頑張ってきた甲斐もあって評価を入れてくれる読者もそれなりにはいた。
けど、一日二日で友達に追い抜かれるなんて、そんなことってある?
悔しい……けど、この悔しさをぶつけられる先なんてないし。南が悪いわけじゃない……んだけど、やっぱり悔しかった。
それから私は、気づくとふらふらとした足取りで自宅を出ていた。
とりあえず酒が飲める場所を探して、繁華街に
————いつも話を聞いてくれるマスターがいるお店はどこだったかな?
私は優しい老齢のマスターが手放しに褒めてくれるバーを探した。しばらく執筆が乗りに乗っていたから行ってなかったけど、きっとあのマスターなら私のことを覚えていてくれてるよね?
なんて、全くの赤の他人に褒めてもらおうと必死になってバーを探したもの、せっかく見つけたバーには、閉店の札がかかっていた。
「嘘でしょ……先月まではあったのに」
仕方なく私は、コンビニで酒をいくつか買って帰ることにした。褒めてくれる人がいないなら、自分で自分を褒めてあげようと思う。なんたって、今日は〝カクも美しく〟に登録した記念日なんだから。
私はまだ大丈夫だと自分に言い聞かせながら繁華街を抜けようと道路を渡った。
その時だった。
やけにうるさいエンジン音が遠くから迫っていた。
私は咄嗟に道の端へと移動する。
するとシルバーのセダン車が、繁華街のあちこちに突っ込みながら走ってくる。
「なんなの? あの車——」
そう思って、店の軒先に入った私の目に、煌々と光らせたフロントライトが飛び込んでくる。
しかも
————ガシャンと、ガラスが爆ぜる音がする。
「——な……に……なんなの?」
軒下に突っ込んできた車の下敷きになった私は、自分の運命を嘆く暇もなく意識を落とした。
***
「ケイラ・エノール・ジェルドノラ、お前との婚約をここで破棄させてもらう!」
————はい。いったいなんのことでしょうか。
私——
しかも美しいドレスや燕尾服を
衆目の関心は、どうやら私にあるらしい。
そしてひときわ美しい男の人にビシッと指を差されている私。
誰か、この状況を説明してくれる人はいないだろうか。
仕方なく私は、自分で訊ねることにした。
「あの、すみません。あなたはどなたで、これはどういう状況なのでしょうか?」
私が真っ向から訊ねると、王子様みたいな風貌の青年は、ちょっとひるんだ。
けど、すぐに鋭い目を私に向けて告げる。
「知らないふりをして通すつもりか! やはりお前のような女は王妃に相応しくない!」
「……はあ」
気の抜けた返事をすると、王子様ルックの青年は激昂した。
「お前は王室を侮辱するつもりか!」
「王室? ということは、やっぱりあなたは王子様の類ですか?」
「私に向かってその口の利き方……侯爵家の面汚しだな。知らないふりをしたところで、お前が今までに行った悪逆非道の数々はなかったことにはできないんだぞ!」
「悪逆非道、と申しますと?」
「お前は我が国が誇る聖女、メラニンを侮辱した挙句、虐待したのだろう!」
「メラニン? それは色素ですか?」
「聖女だと言っておろうが!」
「……はあ」
なかなかファンタジックな夢である。色素という名の聖女がいる世界で、どうやら私は何かをやらかしたらしい。
悪逆非道というなら、ここは乗ってあげた方がいいのだろうか? それとも涙した方がいいのだろうか? どちらか迷っていると、そのうち豊満な体つきの少女が王子様の元にやってくる。
ウエディングドレスみたいに真っ白な衣装を着た少女は、自称王子様に涙ながらに訴えた。
「おやめください、ロナルド殿下」
「どうしてだ、メラニン」
「侯爵家の令嬢を国外追放するなど、国内の力関係がどうなることか……火を見るよりも明らかですわ」
「ああ、聡い聖女よ。国の未来を憂いてくれるのだな。だが、たとえ内乱が起きようとも、この女だけは許せないんだ」
「王太子殿下!」
聖女メラニンはものすごく青い顔をしているけど、王子様が譲る様子はなかった。
なるほど。私はよほど力のある貴族——という設定なんだ?
よく見れば、誰よりも派手なドレスを着ているし、お金持っていそうな雰囲気はあるよね。
私が一人納得する中、ロナルド王子は私に向かって告げる。
「お前が国外追放なのはもう決定事項だ! さあ、衛兵たちよ、この者を国の外につまみだせ!」
「あ、ちょっと痛い! 何するのよ!」
腕や髪を引っ張られ、思わず声を上げる私を、周囲は黙って見ていた。
ただでさえ傷心なのに、こんな悲しい夢を見るなんてあんまりじゃないだろうか。
自分の人生に嫌気がさした私は、思わず私を捕まえた衛兵の足を踏んづけて思いっきりひっぱたいてやった。
すると、衛兵は私に長槍をつきつける。
けど、どうせこれは夢だろうし、長槍なんて怖くもなかった。
「女性に向かってなんてことするのよ!」
いや、待てよ。女性に向かってというのはこの場合、男女差別にあたるだろうか? なんて考えていると、私は衛兵たちに押さえつけられ、地面に身を伏す形になる。
夢なのに床は冷たいし、痛いし、どうなっているのだろう。
そんな中、ロナルド王子が冷徹な言葉をくだした。
「あまりに暴れるようなら、少々痛い目を見せてやればいい」
その悪役としか思えないセリフに私はさすがに青ざめる。
いくら夢でも、痛い目を見るのは嫌だし、このまま殺される可能性だってあるよね? ていうか、私さっき、車に轢かれて死んだんじゃなかったっけ? だったらこれは、死後の世界ってこと?
ロナルド王子の発言のせいでパニックになった私は、その場で噛み付かんばかりに暴れるけど、衛兵たちの力が強いせいで、ビクともしなかった。
けど、そんな時だった。
「まて、国外に追放するなら、私が貰い受ける」
よく通る声がして、私は動けないながらも視線だけで周囲を確認する。
すると、これまた美しい別の王子様ルックの青年が、こちらに向かってやってくると——私に向かって手を差し伸べたのだった。
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