10 帰宅及び第1次接触

 HSS本部を出た楓達は、昇降口から正門へ向かっていた。周りには同じように正門に向かっていく生徒や、校内の寮へ移動する生徒たちが歩いている。


4月なので17時でもまだ日は高く、夕暮れまでにはまだ間がある。


魔法が出現する前では、夕方はただ昼と夜の境目であって平和な時間だった。


しかし、現在では逢魔が時という形容が当てはまるように、危険な時間に突入する。


特にCゾーン以上の危険度の地域によっては、時空振動の増加やこの世界に定着してしまった来訪者の出現率があがる時間帯であり、実際に犠牲者が増える時間帯となる。


「そろそろ帰ろうか。美夏ねぇ、シェルターの情報は分かるか?」


「うん、自宅までのルート上のものはチェック済み。隣接地域はまだだけどね」


「さすが美夏ねぇだな」


そう楓が言うと、美夏は長い耳朶を上下に動かして得意げな表情をする。


「ほめてくれるなら、ご褒美欲しいなー」と軽く頭を下げつつ上目遣いに楓を見る。


「ああ…」と楓は慣れた手つきで美夏の頭を撫でる、変わらず心地のいいしなやかな手触りの美夏の髪の感触を楽しんでから手を放す。


「楓にぃ、美冬にも!“眼”の稼働でがんばっているの!」


美夏に負けないような感じで、美冬が楓の腕を抱えて訴える。


「ああ、美冬も偉いぞ」


相変わらず中学生としてはかなりボリュームのある膨らみの感触に少し動揺しつつ、美冬の頭も撫でる。


こちらは美夏と違って、少し硬めだがサラサラとしてまっすぐな髪質が気持ちいい、と思っている。


「美冬は家の近くのスーパーをチェック済み、特売品もまかせて」


楓の姉妹の二人は、美夏が主に戦闘に関連する事柄、美冬は生活に関するものについて調査をしており、いつ来訪者が来ても継戦能力を保つようにしている。


 楓は?と言えば前面に立っての戦闘そのものを担当している。


「あ、あたしはコロッケ食べたい。二人は何か食べたいものある?」


「俺も揚げ物の気分だな、今日は疲れたし惣菜を買って楽しないか?」


「さんせーい」


そのまま、3人は家の方向へと歩いていく徐々に住宅地に入り、歩行者などの密度が減っていく。


「それにしても、楓は思い切った事を言ったわね」


くっくっくと喉の奥で笑いながら美夏が話題を変える。


「あー。そうそう!もとかさんも目を丸くしていたじゃない?」


「HSSでの事か?まあ、まどろっこしいのは嫌だからな。聞くだけならタダだし」


「まあ、そうね。もとかさんからは『討伐するなら最低でもミノタウルス級を含む来訪者集団、ただし50体程度を壊滅させる事が最低条件』だっけ?結構、障害が高いわね」


「それくらいじゃないと、組織の統率を考えると厳しいんだろうな。勝手に武力集団が増えても大変なのはわかる」


「圧倒的な功績を持って、他の団員を黙らせるっていう事なのね。しょーがないかぁ」


嘆息する美冬、そしてちょっとふざけた調子のまま声を潜める。


「楓にぃ。徐々に包囲網が狭まってる、わかる?」


「…さんきゅ、そうみたいだな。入学式当日に仕掛けてくるとはな」


ベルトに差した刀の位置を確認しながら独り言ちる。


「美夏ねぇ。ボディカメラを起動よろしく」


「了解」


ぴこん、というボディカメラの起動音を聞きながら3人は道から外れて公園へと足を踏み入れる。


そのまま、公園を突っ切ろうとする3人の目の前に宝翔学園の制服に紋章が描かれた腕章を付けた少年2人、少女が1人現れる。


もちろん、3人とも武装をしている事が見て取れる。


「なにか用?」


機先を制して、鋭さを持った声色で美夏が話しかける。


「私達は聖典旅団という組織に所属しているものです。如月美夏さん、楓君、美冬さんですね」


「…まずは自分の名乗りをするのがマナーじゃない?」


「ですから、私達は聖典旅団の…」


「わからないの?個体名を言いなさいって事よ、組織の事なんかどうでもいいわ」


美夏の耳が水平に近い位置に傾いている、これは機嫌をかなり損ねている様子だという事を楓は知っている。


「聖典旅団をどうでもいいと?」


「興味ないって言っているわよね、だったらあなたたちの事はA男、B男、C子って呼ぶわよ」


嘲ってはいないが、挑発するような事を鋭い口調で叩きつける美夏。


今朝、まず最初に自己紹介をしてきたもとかとは違い過ぎる無礼な態度に美夏は腹を立てつつあった。


「・・・・・・わかりました、私は高等部3年の小暮雄介、こちらは司祭従卒の三上圭、同じく佐々木美穂、です」


若干不服な感情を載せて紹介をする小暮。


「それはどうもありがとう、私達は急いでいるんだけど。なんの用?」


スイッチが入りつつある美夏にこの場は任せようと思った楓は、周囲に気を配る。


美冬はというと、美夏と同じように聖典旅団の3人に鋭い視線を送っている。


「単刀直入にいうと、貴方たちをスカウトしに来たんです」


「スカウトねぇ…」


「私達、聖典旅団は宝翔学園の中でも2位の勢力を持つ戦闘集団です。その中に加わっていただいて、共に神の復活のために来訪者の命を捧げましょう」


そう行って、聖典旅団にシンボルと言われる本に蛇が絡みついた聖印を見せる小暮、見ると従卒と言われた二人はその紋章に向けて祈るような仕草をしている。


「特に妹さんの魔法技能は私達にとても貢献するものと思っています、是非力になってもらいたい」


「どうして妹が役に立つと思うの?姉の私が言うのもなんだけど、ブレイカーランクは低いわよ」


「いえいえ、私達は知っているんですよ。妹さんはランクとは違ってとてもレアな魔技能を持っていると」


「へぇ、何を知っているの?」


「ははは、胡麻化さなくてもいいのです。あなた方が妹さんと一緒に旅団に加わっていただければ、必ず神の栄光を得られる事でしょう」


徐々に自己陶酔の色を見せつつある小暮の様子に、美夏は心が冷え冷えとしたものを感じ始めていた。


「話はそれだけですか先輩。興味がないので俺達は失礼します、美夏、美冬行こう」


バッサリと楓がその周囲に漂いつつあった、宗教的な熱を切り裂くようにはっきりと言う。


「…は?」


陶酔を一気に覚まされた小暮が奇妙な声を上げる。


「俺達は旅団には加わらない、そう言ったんですよ」


「そ、それは君だけの意見だろう、妹さんたちの意見は…」


「私達の意見も一緒、妹の何を知っているかわからないけどあんたたちには協力する気は全くないわ」


美夏の答えに美冬もはっきりと頷いて同意する。


「我々についてくれば、栄光が得られる。それでも興味がないと?」


「ええ、同じことを言わせないで下さい」


そのまま、楓は3人を押しのけるようにして美夏と美冬を伴って歩み去っていく。


「私達に加わらなかった事は、神の降臨する時に後悔するだろう」


小暮が恨みがましく聞こえる声でその背にその言葉をかけると、楓だけが首だけで振り返って一言。


「神がいるんだったら、なんで今、あんた達を助けに来ないんだ?」


「それは、このような些事に神が出てくるわけないだろう」


「へぇ。お前達の神は信じている者を選別するんだな。俺達は選別されるんじゃない、未来や行動は選別する主義なんだよ。だから、意見が合わないな」


そのままひらひらと手を振って公園から楓達が姿を消す。


「失敗、しましたね。どうしますか?」


その姿を呆然と見送った小暮は、遠慮がちに声を掛けてきた三上をキッとにらみつける。


「旅団としては、あの美冬という妹だけは手に入れろという命令が出ているっ。なんとしても引き入れるぞ」


「プランB?」と佐々木。


「ああ作戦を変えよう、旅団長からは多少強引でも構わないと言われている」


その瞳に宗教的な情念をたたえながら小暮は3人がいなくなった方角を睨みつけたのだった。

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