第14話 そして東雲のミスコン参戦と古都葉の帰国。


 

 それから俺はしばらくして教室に戻った。

 教室ではまだ授業そっちのけでホームルームが続いていた。

 俺は須藤先生に教室を抜け出した非礼をわびたが、先生は全然気にしていない様子だった。




 そして五祝成子である。

 やつはいつもの通り誰とも会話をしないが、心なしか機嫌は良い様子で、

 ときどき俺に話しかけては、こっそりと極上の笑顔を見せてくる。

 俺としてはなんとも複雑な心境だった。




 で、昼休み。

 俺は屋上で、ひとりで食事している五祝成子にサインをもらった。

 それはもちろんミスコンの出場届けだ。そして推薦人には当然俺の名前が入っている。




 そして俺はそれを持って職員室へ行った訳である。




「お。五祝が出る気になったか。珍しいこともあるもんだな」




 須藤先生はたぬきそばを食べる手を止めて、俺が提出した書類を見て満足げに頷いた。




「ミスコンの届け出は、どんな感じなんですか?」




 俺は訊いてみた。

 口では五祝成子は決勝まで行けると宣言してしまったが、ライバルは少ない方が都合はいい。




「お陰様で盛況だ。見ろ」




 そう言って先生は俺の背後に設置してある透明アクリルケースに入っている届け出を見せた。

 確かに盛況のようで、ざっと見ただけで百人は下らない感じだった。




「結構多いですね」




「まあ、祭だからな。こういうイベントは生徒たちも楽しんでいるんだろうな」




 そういう先生も十分エンジョイしている様子だった。




 そして放課後のことである。

 俺はいつもの通りに東雲と部室に向かった。

 権藤も誘おうと思ったのだが、やつはなぜかひとりで早めに向かってしまっていたのであった。




「な、なにしてんだ?」




 部室のドアをがらりと開けたときである。

 中から盛大な拍手と紙吹雪とクラッカーのパンッとした音が俺たちを迎えたからであった。




「ちょっと驚かそうと思ってな。一足早くやってきて準備をしてたんだ」




 権藤がそう言う。すると他の部員たちも同様に頷いている。




「だから、なにしてんだ?」




 俺は改めて尋ねた。

 すると権藤が目を丸くする。




「決まってんだろが。俺らの東雲明香里ちゃんがミスコンに出るお祝いだ」




「はあっ?」




 俺は驚いた。 

そして東雲を見る。すると東雲も目をきょとんとさせて俺を見返してきた。

まったくもって、なにも事情がわかっていないのは間違いない。




「お前、出るのか?」




「……は、初耳ですっ」




 だろうな。東雲は自信がないって言ってたからな。




「えーと、こほん。そういうことは本人の承諾が必要だろうが?」



 俺は確認のために権藤に問いかけた。




「そうか? 俺はてっきり出場するのかと思って用意してたんだけどな」




 そう言って権藤は紙切れをひらひらと振る。どうみても申請書類だ。




「あのなあ……」




「まあ、堅いこと言うな。なあ明香里ちゃん、いいだろう?」




「ふえっ。……えーっ、困りますうっ」




 東雲は心底困っているように見えた。自信がないってのは本当らしい。




「大丈夫だって、明香里ちゃんなら絶対に決勝まで行ける。俺は確信しているんだ」




 権藤がそう宣言する。

 ……どこかで聞いた台詞だな。俺はそんなことを思っていた。




「えーっ。イヤですよっ。私だって乙女ですっ。恥は書きたくないですっ」




 東雲がイヤイヤと首を振る。




「……ダメか? 部員全員が推薦するつもりになっているのにな」




 権藤が残念そうにそう言う。

 ……チョット待て。俺は賛成してないぞ。




「……そうなんですか。それでもヤダな。

 でも……なら、えーと、条件がありますっ」




 しばらく困惑顔だった東雲だったが、

 権藤以下、俺を除く部員全員が両手を合わせて拝み始めたのを見て、そう発言した。




「条件? なんだ? 俺に出来ることならなんでもするぞ」




 権藤が軽く請け負った。おい、いいのかよ?




「そうですかっ。

 なら、条件は書類に書く推薦人のいちばん最初に副将の名前を入れてくださいっ」




「な、なんだってっ!」




 俺は仰天した。




「わかった。容易いことだ」




 すると権藤がニヤリと笑って申請書類とボールペンを俺に突き出して来た。




「おい、どういう意味だ」




 俺は問う。




「簡単なことじゃないか。お前が最初にサインしろ」




「なんで俺が最初なんだ?」




「お前は明香里ちゃんの話を聞いていなかったのか? 

 それとも書きたくない理由でもあるのか?」




「うぐっ……」




 俺は唸ってしまった。

 ……俺は悩んでいた。もちろんサインするのは簡単だ。

 ただ自分の名前をサラサラッと書けばいいのだ。




 だけど俺はさっき五祝成子を推薦すると書いたばかりなのだ。

 いくらなんでも節操ってものがなさ過ぎるだろう。




 見ると東雲が恥じらい気味のうるうる目で俺を見上げている。




「ふ、副将……」




 東雲の目は潤み、声は震えていた。

 こうなると俺はめっぽう弱い。決断を迫られているのがわかった。




「……お、俺が書くのか?」




 躊躇している俺は、まだボールペンを受け取っていない。

 そんな俺に権藤はこれ見よがしに、ホレホレと押しつけてくる。




「お願いしますっ」




 今度は東雲が俺を拝み始めた。いったいなんなんだ?




「わ、わかった。書くよ。書けばいいんだろうが」




 俺は正直、書いて良いのだろうか? 

 と、頭によぎったが一度宣言した以上、書かねばならないだろう。




 そして書いた。書いてしまった。




「わあっ。ありがとうございますっ。これ、一生の記念にしますっ」




 そう言うと東雲は申請書を胸に押し抱く。




「ちょっと待て。それじゃ申請できないだろうが」




「は? あ、そうですよねっ」




 真っ赤になった東雲が権藤に申請用紙を渡した。

 そして残りの空欄に自分の名前を書き込んだ。そして次々と部員も推薦人の名前を書いたのであった。




「善は急げだ。俺はひとっ走り職員室に行ってくる」




 そう言うと権藤は本当に走って去ってしまったのであった。




「……ったく」




「いいじゃないですかっ。

 私、主将のああいうノリの良さ、好きですよっ」




「……本人に言ってやれ。そうじゃなくても失恋したばかりで落ち込んでいるんだからな」




「ふえっ。主将は誰に振られたんですかっ。

 あんないい人を振るなんて人として信じられませんっ」




 俺はお前が原因だと言ってやりたかったが、なんだか話がこじれそうなので黙ることにした。




 そして部活が始まった。

 部活は試合形式で行われ、当然のように俺や権藤、そして東雲が勝ち星を重ねていく。




「副将、お相手願えませんかっ」




 真っ白な防具を外して、さわやかな汗を浮かべた東雲がそう俺に誘いをかけてくる。




「また今度な」




「卑怯ですよっ」




 東雲はプウとふくれる。




「なんとでも言え。お前とは当分試合をしたくないんだ」




 俺は東雲にしか聞こえない声でそう答える。




「あ。それって私とデートしたくないからじゃないですかっ?」




「……なんとでも言え。

 それよりもお前はミスコンに出るんだから、俺とデートしているのを目撃されたらまずいだろうが」




「うー。……それは確かにそうですね」




 なんとか上手くごまかせたようだ。




 そんなこんなで部活は終わる。

 そして帰宅時間になった。日はすっかり暮れていて街灯に明かりが灯っているのが見える。




「なんだ? いっしょに帰るんじゃないのか?」




 俺は距離を置いて歩き始めた東雲に声をかけた。




「……だってえ。

 ふ、副将と二人で歩いているところを誰かに見られたら、面倒なことになっちゃいますっ」




 なんだか小声でそう返答する。




「俺だけじゃないだろ? 権藤もいるじゃないか」




 俺は隣にいる権藤を指さす。




「……俺は付属品だからな。いてもいなくても同じなんだろ」




 がっかり感たっぷりな口調で権藤がそう答える。




「そ、そんなこと全然ないですっ。主将だって男じゃないですかっ」




 なんだか取って付けた感がありありだが、いちおう弁明にはなっている。

 その証拠に権藤はなんだかうきうきした顔つきだった。




「まあ、確かに俺も男だ。明香里ちゃんと二人っきりになったらまずいだろうな」




 権藤はそう言う。

 だがそれはない。なぜならば権藤はもう間もなく家に到着するので、お別れになるからだ。




 そして俺たちはしばらく歩くと権藤を別れた。




「本当に離れて歩くんだな」




 俺は後方十メートルばかりに位置する東雲に声をかける。




「ホントは副将とデートみたいにいっしょに歩きたいですっ。……でも」




 かなり気にしているようだった。




「なら、いっそ別々に帰ればいいだろう? 

 それならまったく気にしなくていいいじゃないか」




「それはそれでイヤなんですっ」




 ずいぶんときっぱりとした口調で宣言した。




 ……俺は思う。

 これはやっぱり俺は東雲に好かれているだろうか? 




 それもただ気の合う異性の友人としてじゃなくて、男と女の関係としてなのだろうか?

 ……わからん。俺にはさっぱりわからなかった。




 そして俺たちは電車に乗った。

 電車は夕方のラッシュになっていて、通学帰りや通勤帰りの客で混み合っていた。




「……こ、これは不可抗力ですよねっ?」




 他の客に押されて俺と密着した東雲が俺を見上げてそう言う。




「ああ。たぶんな」




「えへへ。不可抗力、不可抗力。うれしいなっ」




 俺は東雲を見下ろした。

 するとヤツは目を閉じて俺の胸元に顔をつけている。なんだか安心しきった小犬に見えた。




 そして俺たちは駅に着き、しばらく歩き、やがて別々の方角へと向かうことになった。




「副将。また明日ですっ」




 東雲は大きく手を振って自分の家の方向へと小走りに去って行った。




 

 そして俺は自宅へと到着した。




「ただいま」




 俺は玄関を開けた。するとシゲさんがいた。




「なんだ? なぜそんな格好なんだ?」




 今日は来客の予定はない。なのに五祝成子は岩井シゲさんになっていたのだ。




「宅配便が来たのよ」




「宅配便? 珍しいな。どこから?」




 俺がそう尋ねるとシゲさんは廊下の隅に置かれた段ボール箱を指さした。




「海外からよ」




「海外? 親父か?」




「違うみたいね」




 俺は靴を脱いで荷物の所まで歩いて行った。




「……古都葉ことは?」




 その荷物の差出人は妹の古都葉だった。




「古都葉ちゃん、なにを送ってきたんだろう?」




 シゲさんの格好をほどきながら五祝成子がそう言った。




「お前、古都葉を知っているのか?」




 俺は五祝成子の物言いから、そう訊いてみた。

 なんだか知っているような口調だからだ。




 すると五祝成子は俺を見て、ちょっと首を傾げた。




「そりゃ知ってるわよ。

 私が……、岩井シゲがこの家の家政婦になることを決めたのは古都葉ちゃんなんだから」




「あ、そうだった」




 すっかり忘れていた。確かに古都葉がシゲさんを選んだのは間違いない。




「……それだけじゃないわ。それ以外にも、ちょっとね」




「なんだそりゃ?」




 俺は気になって尋ねた。




「いいじゃない。プライベートな問題よ」




 そう言うと五祝成子はダイニングに行ってしまう。




「左様ですか」




 俺は仕方なく荷物を持って後に続いた。




「……なんだこりゃ? ハチミツとかビーフジャーキーばっかりだ。

 こんなのばっかり食えってことか?」




「向こうのお土産品でしょ? オーストラリアじゃ有名よ」




「そうなのか?」




 俺は素直に感心した。オーストラリアの名物なんて関心なかったからだ。




「ん? ……なんか入ってるぞ? 手紙だ」




 俺は封筒に入った手紙を箱の中から取りだした。

 するとそれは二通あったようで、俺の手から一通がこぼれ落ちた。




「たぶん一通が君。そしてもう一通は私ね」




 そう言った五祝成子が落ちた手紙に手を伸ばす。




「ほらね? やっぱり」




 見ると確かに古都葉の筆跡で様と書かれてあった。




「……ふーん。古都葉ちゃん、帰ってくるんだ」




 手紙を開封し、中身を読んだ五祝成子がそうつぶやいた。




「なんだって?」




 驚いて聞き返す。




「気になることがあるから、一度帰ってくるつもりだって」




「気になること? なんだ?」




「知らないわよ。そこまで書いていないもの」




 俺は自分宛の手紙の封を破った。

 そして文面を確認するが、古都葉の帰国には少しも触れていない。

 書かれているのは、親父やお袋の暮らしぶりのことだけだった。




「むう。実の兄にも知らせないとは……」




「怒ってるの?」




「いや、別にそんな訳じゃないけどな」




 俺はちょっとがっかり感があった。

 口では強がったが、兄として妹には愛情たっぷりと注いでいるつもりだったからだ。

 俺には知らせなくて家政婦のシゲさんにだけ知らせたことに、驚き以外のものを感じたのだ。




「女の子にはね、秘密があるのよ」




 そう言う五祝成子は遠くを見つめるように視線を上げていた。




 そして翌朝のことだった。

 俺が朝練のために早起きすると、いつものように五祝成子はもう起きているのがわかった。

 階下から話し声が聞こえて来たからだ。




「……ん? 話し声?」




 俺はおかしいことに気がついた。

 五祝成子が起きているのは不思議じゃないが、話し声がすると言うことは誰かがいるということだ。




「誰がいるんだ?」




 時刻は朝の六時前である。こんなに早く宅配便が来るってこともないだろう。

 俺は着替えを済ませて階段を降りた。

 



 そして見た。




「うわっ。古都葉ことは? どうしたんだお前?」




 妹の古都葉だった。古都葉がスーツケースを引きずって廊下を歩いていたのだ。




「あ、お兄ちゃん。おはよう」




「おはようって、お前……」




 俺は言葉を失った。

 確かに昨夜の手紙では一度日本に帰ってくるとは言っていた。

 だが今朝に到着するとは聞いていない。




「古都葉ちゃん。昨夜に日本に着いたんだって」




 五祝成子がそう言った。まだ起きたばかりなのか寝間着代わりのスウェット姿だ。




「そうなのか? じゃあ昨夜はどうしたんだ?」




「空港の近くのホテルに泊まったのよ。そしてさっきタクシーで帰ってきたの」




 古都葉がそう返事をする。




「むう。そうか……」




 ホテルにタクシー。なんとも贅沢な話である。

 ……もっとも宝くじのお陰なのは言うまでもないが、

 俺の生活は以前と変わらぬのに親父やお袋、そして古都葉はすっかりリッチ気分満喫なようだ。




「お腹すいちゃった。先輩、なにか食べるものありますか?」




 古都葉はリビングに到着すると、そう五祝成子に話しかけた。




「ちょっと待ってね。もう仕込みはしてるからすぐにできるわよ」




 そう答えた五祝成子はさっそくキッチンに立った。




 そこで俺は気がついた。




「……おい、ちょっと待て。どうしてその格好なんだ?」




「格好? 私、変な格好してる?」




 ワンピースにジャケットを羽織っている古都葉が自分の服装を見下ろしながらそう言った。




「いや、古都葉じゃない。……五祝に言っている」




「え? 私」




 五祝成子が振り返る。




「そうだ。……いや、ちょっと待て? ……え? ……え?」




 俺は五祝成子と古都葉を見る。




「も、もしかして、古都葉。……お前、シゲさんの正体を知っていたのか?」




 そうなのだ。さっき気がついたのだが、五祝成子はシゲさんの格好をしていない。

 それなのに古都葉は全然驚いていないのだ。




 すると古都葉は、いきなりプッと吹き出した。




「いやね。お兄ちゃん、当たり前じゃないの?」




「あ、当たり前?」




 俺は混乱した。なにがどうしてこうなった?




「お、おまえら、何者だ? ……俺がおかしいのか?」




 そんな俺には構わずに古都葉が親しげに会話を重ねていた。




「先輩、なにを作ってくれるんです?」




「そうね。

 今朝はアジの開きがおかずだったんだけど、古都葉ちゃんが好きな目玉焼きを追加してあげるわ」




「ホントですか?」




 古都葉は本当に嬉しそうだった。

 確かに古都葉は目玉焼きが好物だ。それも黄身が溶けそうなレアな焼き方が好きなのである。




 ……って、場合じゃないな。




「コホン。……あのな? 俺の質問はどうなった?」




「質問? ゴメン。ちょっと今、手が離せないのよ」




 五祝成子は冷蔵庫から卵を取り出している。




「ちょっとお兄ちゃん。せっかく帰ってきたんだから、私の話が先でしょ? 質問は後にして」




 古都葉は古都葉で、上着を脱いで椅子にくつろぎ始めた。




 ……むう。




 俺はそこで黙る。

 だが思考は止まっていない。俺は二人がどうして知り合ったか考えているのだ。




 ……五祝成子と古都葉は学年が違うから同じクラスはあり得ない。

 そして部活も違う。五祝成子も古都葉も部活に入っていない。

 ……委員会ってのはどうだ? いや、違うな。古都葉はどこにも属していない。




「わからん」




 俺は白旗を揚げたくなった。




「……うわあ、先輩、相変わらず上手ですね?」




「そう? 毎日料理しているから、いつの間にかじゃないかしら?」




「ええっ? 先輩はクラブでも上手かったじゃないですか? 

クッキング・クイーンの二つ名は伊達じゃないですよお」




 そこで俺は気がついた。




「それだっ!」




 ――クラブだ。




 俺の通う中学校では部活以外にクラブ活動がある。

 これは授業の一貫で毎週一時間各自が好きなクラブ活動に参加しているのだ。



 ちなみに俺は権藤と同じ読書クラブを選んでいる。

 理由は本が好きというわけじゃなくて、単に昼寝ができるからだ。




 ……脱線したな。



 五祝成子と古都葉。そこで二人は知り合っているに違いない。

 確か古都葉は料理クラブに属していたはずだ。




「お前ら、料理クラブだろ?」




 俺は確信を込めて言った。すると五祝成子と古都葉が同時に振り返る。




「そうよ?」

「なに? お兄ちゃん、今頃気がついたの?」




 こともなげに二人は答えた。

 俺はなんだか拍子抜けした。

 俺としては会心の一撃のつもりだったのだが、二人にとってそれは全然秘密でもなんでもないらしい。




 そして朝の食卓が始まった。

 もちろんレア焼きの目玉焼きも並んでいる。薄い膜の中身はトロトロなのは見た目でわかる。




 俺と古都葉は並んで座り、その正面に五祝成子が腰掛けた。




「さあ、召し上がれ」




「いただきますっ」




 古都葉は本当に腹が減っているようだった。箸を持つとぱくぱくと食べ始めている。




「……君は食べないの?」




 五祝成子は俺に尋ねてきた。




「あ、ああ。食べるけど……」




「気になるんだ?」




 言われたので俺は頷いた。

 すると五祝成子と古都葉が互いに顔を見合わせる。




「どこから話す? 正直、困っちゃうわね」




「ええっ? ってことは、先輩はお兄ちゃんになにも話していないんですか?」




 すると五祝成子は首をすくめる。




「そうね。……話したのは岩井シゲさんのことくらいかしら?」




「あ、あの家政婦さんね?」




 俺にもそれはわかる。

 以前、五祝成子の家に務めていた家政婦だ。

 ある日突然にかつらや衣装を残して去ってしまったらしいが……。




「で、結局その家政婦さんって何者だったんですか?」




 古都葉が五祝成子に尋ねる。




「さあ、私も正体は知らないわ。

 ただ年齢を偽って働いてた。かつらを被っていたから実はかなり若かったんじゃないかしら?」




「わかんないですね。なんで年齢を偽るんでしょうか?」




 すると五祝成子は少し考え顔になる。




「家政婦の場合、あんまり若いと信用されないのよ。家事とか下手だと思われるんでしょうね」




「ああ、なんとなくわかります」




 古都葉が頷いた。俺にもその理論はわかる気がする。




「でも姿を消したのはなんでですか? なにか悪いことでもしたんでしょうか?」




「それが不明なのよ。お金とかもなくなっていなかったし」




「ふーん、そうなんですか」




 俺はそこでコホンと咳払いをした。

 完全に無視されているのは、やはりおもしろくない。




「で、お前はそのシゲさんを引き継いだ。

 あちこちの家に年齢を偽って働いていた。そうだろう?」




「そうよ。で、その延長線上にやって来たのがこの家ってことね」




「なるほど。じゃあなんでこの家に来たんだ? 以前尋ねたら、はぐらかしたろ?」




 すると五祝成子がいきなり唇を噛みしめた。




「……ちょっとお兄ちゃん、ダイレクト過ぎ」




「は……?」




 俺は古都葉にそうたしなめられた。だが理由がさっぱりわからない。




「先輩にも事情があるんだから、もっとソフトに訊かなきゃ」




「だから俺はその事情を知りたいんだ」




 すると古都葉と五祝成子が互いに顔を見合わせた。

 そしてなにか俺にはわからないような連帯感を確かめたようで、

 二人していきなりもくもくと食事を食べ始めたのだ。




「おい」




 俺は尋ねるが二人ともまったく口をきかない。




「……ったく」




 俺はなんのことかさっぱり理解できないが、

 部活に行く時間は刻々と迫っているので仕方なく食事を再開した。

 そして家を出るときだった。




「お兄ちゃん。今日、夕方の部活休める?」




 俺が靴を履いていると古都葉が声をかけてきた。




「ん? ……まあ、休めないってことはないが」




「なら、休んで。……先輩もその方がいいでしょ?」




 すると無言で見送りに来ていた五祝成子がこくりと頷いた。




 俺はまたもやなんのことかさっぱりだが、なにか事情があるんだろうと納得することにした。




 そして学校に向かったのであった。




 部室について朝練を始めても俺はなんだか上の空だった。




「副将。今朝、……変ですよっ?」




 東雲にそう質問されるが、正直な理由を言える訳がない。

 俺はのらりくらりと答えをごまかしどうにか部活を終えたのであった。



 

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