第13話 そして、ぜーったいに出ないからねっー! と叫ばれて、ちゅ、と、なった件。


 

 先生の話は続く。 




「職員室の中でも実は意見が分かれた。

 女性に順位を付けるようで教育的に良くないのではないか、と」




 なるほどと思う。確かに反対側の意見ももっともだ。




「だが結局開催されることになった。

 審査の対象が外見の美しさだけじゃなくて、

 女性の内面の美しさ、生き方の美しさも加味されることになったからだ」




 先生はご満悦だった。察するに賛成側の強力な意見があったのだろうな。




「でも外見以外でも判断なんてできるんですか?」




 権藤が挙手してそう尋ねた。




「それは選ぶ側のモラルだろうな」




 クラスが再び盛り上がった。




 俺は、今度は東雲を見た。

 すると東雲はにこにこしていた。自信でもあるんだろうか?




「なんかお祭りみたいで楽しみですねっ」




 どうやら違うようだ。

 こいつは自分がすでに有力候補になっているのにまったく気がついていないようなのだ。




「お前が選ばれたらどうするんだ?」




「選ばれる? なににですかっ?」




 これである。東雲は心底きょとんとして俺を見ている。




「お前がミスコンに選ばれる可能性だよ」




「わ、私がですかっ? ……うーん、ないですよお。きっと」




 謙遜しているかと思ったが本気で思っていないようだった。




 俺はそして反対側に座る五祝成子を見る。

 そして他人には聞こえないような小声で話しかけた。




「お前はどうなんだ?」




「どうって?」




 五祝成子が俺を見た。きれいな顔しているな、と思った。




「お前がミスコンに選ばれる可能性だよ」




「え? ……や、やだ。そ、そんな訳ないでしょ」




 どうしたんだろうか? 

 五祝成子はいきなりうろたえた。心なしか顔色が赤いようだ。




「だってお前、この情報を先に知ってたんだろう? 

 俺はてっきり選ばれる自信があるのかと思ってたぞ」




「バ、バカ言わないで……」




「だって知ってたんだろう?」




「知ってたわよ。でもそれとこれとは別よ」




「んな訳ないだろう。お前ならきっと良いところまで行くぞ」




 すると五祝成子はキッときつい目になった。




「バカ言わないでっ!」




 驚いた。

 五祝成子はいきなり立ち上がると、プイッとそっぽを向いて廊下に出てしまったのだ。

 それに気がついた須藤先生が五祝成子に声をかけたが、やつは無言のままだった。




 そしてクラスの中は騒然となった。




「お前、いったいなに話したんだ?」




 権藤が近くまで来て俺に尋ねてきた。




「いや、別に。……五祝さんなら選ばれるんじゃないか? って訊いただけだ」




「……そりゃ選ばれるだろう? 少なくともエントリーされるだろうな」




「だろ? なのに怒って出て行ったって訳だ」




「ふーん。そりゃわからんな」




 俺はさっぱりわからなかったが、どうやら権藤も同じようだった。




「あのー。……五祝さんはきっと恥ずかしかったんだと思いますっ」




 東雲だった。




「恥ずかしい? なんで?」




「だって大勢の目の前ですよっ。乙女心的には恥ずかしいと思いますっ」




「そうなのか?」




 俺は腕組みしてしまう。




「行ってあげてくださいっ。きっと五祝さんは待ってますっ」




 東雲はそう言うと俺の手を掴んで立ち上がらせた。




「行くってどこだよ?」




 俺は戸惑ってしまう。

 五祝成子の行き先なんてわかるはずもないからだ。




「それはわかりませんっ。でも、探すという姿勢が大事なんですっ」




 東雲の顔は真剣だった。

 まるで今から竹刀を持って一試合するような感じだったのだ。




「わ、わかったよ。とにかく行ってくる!」




 俺は慌ただしく教室を後にした。

 後ろから須藤先生がなにか俺に言ったようだが、俺は気にも留めずにとにかく廊下に出た。




「……ってもな、いったいどこにいるんだか」




 俺は誰一人いない廊下をながめて途方に暮れた。

 とんだ災難だと思った。

 だけどそのきっかけを作ったのは俺には違いない訳で東雲じゃないが、俺に責任はある。




 俺は廊下の窓から見える中庭を見た。

 そこには大きな岩が枯山水のように配置されている。

 日当たりもいいので俺ならそこに行くだろうなと思う。




 だがそこには五祝成子の姿はおろか、誰一人いない。




「……ま、授業中だからな。当たり前か」




 俺は靴を履き替えて外に出るか、それともこのまま校舎の中を一回りするか思案した。




 ――そのときだった。




「あ、……屋上」




 俺は思い出したのだ。ヤツはなにかあると屋上に行くはずだ。




「……よし。行ってみるか」




 俺は駆けだした。そして階段を一段抜かしで走り登る。




「……いた」




 息を切らせて鉄の扉を開けたときだった。

 あのときのように風に吹かれてフェンスに身を預けている五祝成子の姿を見つけたのだ。




「いったいどうしたんだ? 俺がなんか悪いこと言ったか?」




「……別に」




 歩み寄って隣に立った俺に五祝成子が返事をする。

 こちらを見ずに横顔での回答だった。




「じゃあ、どうして教室を飛び出したんだ?」




「……じゃあ、君はどうして来たの?」




「俺か? 東雲が追っかけろって言うから……」




 瞬間、まずいと思った。五祝成子の顔つきがキッときつくなったからだ。




「ふーん。誰かに言われたから探しに来たんだ」




「あ、いや、……そういう意味じゃなくてだな」




 俺はあわてて弁解する。いや、誤魔化す。

 俺にだってちょっとくらいは、対人スキルはあるからだ。

 だが、そんな付け焼き刃は全然効果がなくて、氷のような表情が一層険しくなる。




「あの子に言われたから来たんだ? 

 じゃあ、あの子に言われなきゃ私を探しに来てはくれないんだ?」




「……う」




 俺はどうしていいのかわからなくなった。

 正直言えば、このまま手を振って、あばよと言って教室に戻りたかった。

 ……だが俺も男だ。自分が言ってしまった言葉の責任はとらなきゃならないだろう。




「しょ、正直に言う。

 俺はお前がなぜ出て行ったのかわからなかった。

 だから探さなきゃならないなんて気がつかなかった」




「……」




「だけど気がついた」




「……なにに?」




 五祝成子が俺に向き直った。

 吹く風にまかせたままの前髪が顔半分を隠している。……まるで般若だな。




 俺は瞬間そう思う。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。なんとかこの事態を打破しなきゃな。




「俺はお前を傷つけた。

 人前でミスコンに選ばれる自信はあるか? なんて訊いてしまったからな」




「……で?」




 五祝成子が首を傾げた。話の先を進めろと言う意味らしい。




「……俺はお前が事前にミスコンの情報を知っているのを知った。

 だからと言って、お前が自分が選ばれるのが当然だと思うような性格じゃないことを知っている」




「意味わかんないな」




「……えーと、要するにだな。お前は周りが見ている程、高慢ちきじゃないってことだ」




「なにそれ」




 五祝成子が再びきつい顔になる。

 失敗だったな。ちきしょう。やりにくい。




「お前は誰も寄せ付けない。いつも一人でいる」




「悪かったわね」




「そして誰かに話しかけられると冷たく対応する」




「ケンカ売ってんの?」




「……黙れよ」




 俺は五祝成子の言葉を遮った。

 すると五祝成子は不満そうに鼻を鳴らすが口を閉じた。




 そのとき風が強くなってきた。

 風は俺だけじゃなくて、五祝成子も包み込む。

 そして五祝成子の長い髪と短いスカートをもみくちゃにする。




「もとい、訂正だ。俺はお前がミスコンに出るのは当然だと思う」




「な、なにそれ」




 五祝成子が風に暴れる前髪を押さえる。




「当然だろう? お前はお前が考えるよりずっとミスコンに相応しいと思う」




「……や、止めてよ」




「いや、止めない。お前はきれいだと思う」




「う、嘘。嘘よ」




「嘘じゃない。本当にきれいだと思う」




「なにそれ、悪い冗談。気は確か?」




「確かだ」




 俺ははっきりと断言した。

 このことに関しては迷いはない。五祝成子は絶対的に圧倒的に美少女なのだ。




「……わ、私が? きれい? ミスコン?」




「そうだ」




「い、イヤよ。そんなの恥ずかしいじゃない」




「お前が出なきゃ、誰が出るんだっ!?」




 俺は叫んだ。

 すると五祝成子は弾かれたようにビクッと身体をこわばらせる。




「イヤよ。イヤーっ」




 突然、五祝成子は走り出す。

 俺の目の前を素通りして屋上の端まで全力で駆けていった。




 そして振り向いて両手をメガホンにして叫ぶ。




「私っ、ぜーったいに出ないからねっー!」




「お前が出なくても、俺がエントリーさせてやるっー!」




 俺も負けじと叫び返した。




 そして俺はゆっくりとした足取りで五祝成子に歩み寄って行った。




「逃げるなよ」




「なにから? ここから? それともミスコンから?」




 俺の左右を見て逃げ場を確認しながら五祝成子が質問する。




「その両方だ」




 俺は両手を広げて五祝成子を屋上の四隅に追いんだ。




「怖いよ。逃がしてよ」




「ダメだ。お前はいつもするりと逃げる。言葉でも行動でも。だから今は逃がさない」




 すると五祝成子はその切れ長な目に涙を浮かべたのだった。




「イヤよ。だって怖いもん」




「なにが怖いんだ?」




 俺は尋ねた。すると五祝成子が浮かんだ涙をハンカチで抑えた。




「全部よ。……私が本当のことを言ったら君の家から追い出されそうだし」




「俺がお前を追い出す? 俺はシゲさんの料理なしではこれから暮らせないぜ?」




「岩井シゲは本当の私じゃないし……」




 五祝成子はそう言うとうつむく。




「変装したってお前はお前だ。

 お前が料理作ってるんだろ? だから問題ないじゃないか」




「問題あるのっ。……君は全然わかってないっ」




 五祝成子はそう叫ぶ。

 そして走り出した。どうやら俺の両手をすり抜けてどこかに逃げようと思ったらしい。

 だが俺はそうさせなかった。




 今から考えても、なぜそのときそう思ったのかはわからない。

 だが俺は駆け抜けようとする五祝成子を両手で受け止めていた。




「……っ」




 五祝成子が俺の手の中に収まったとき、一瞬身体がびくっと震えたのを感じた。




「なに、するの……?」




 小さな声がそう尋ねた。




「なに、してんだろうな……」




 俺は抱きしめてしまった五祝成子の髪から漂う甘い香りを感じていた。

 たぶんシャンプーかなにかだろう。




「逃げられないようにするため?」




「かもな。俺はお前を逃がしたくないんだ」




「……」




 俺の背に五祝成子の手が回った。

 風が強く吹いた。俺たちはそれから身を守るように、じっと抱き合っていた。




「……離して」




「逃げるのか?」




「……逃げない。でも教室帰らなくちゃ」




「そうだな」




 俺は五祝成子を離した。すると五祝成子も手を離す。

 そして俺たちは自然と見つめ合う形になっていた。




「ミスコン。本当にするの?」




「お前をエントリーすることか?」




「そう」




 ミスコンに自薦はない。必ず他の誰かの推薦が必要なのだった。

 そして条件はそれだけじゃない。推薦される女性の同意も取り付けなくてはならない。




「俺はお前をエントリーさせる」




 俺は断言した。




「わかったわ」




「いやに素直だな」




「責任を取らせるつもりだから」




 五祝成子はニヤリと笑顔を見せた。




「責任? なんのことだ?」




「だってもし一次予選で落ちたらどうするの?」




 俺はポカンとしてしまった。

 ……五祝成子が一次落ち? あり得ん。




「……んな訳ないだろ? なんでお前が一次落ちするんだ?」




 すると五祝成子は少しだけうつむいた。




「そ、そんなのわからないよ。……自信ないし」




 声が小さくなる。

 なんだか今までとは違う展開だ。ちょっと俺はいい気になってきた。




「お前なら予選どころか決勝まで行けるぞ」




「う、嘘よ」




 俺は言葉に力を入れる。




「んなことない。お前はきれいだ」




「……や、止めてよ」




 五祝成子の顔がさっと赤くなった。




「だ、だってもてる女の子っていっぱいいるわよ。私なんか全然……」




「それはお前の性格の問題だろ? お前が性格を直せば大丈夫な話じゃないか」




 すると五祝成子の顔つきが変わった。……俺は瞬間に失言したと思った。

 まったく俺ってやつは空気が読めんヤツだな。




「悪かったわね。性悪女でっ!」




 思った通りの最悪の展開だ。

 五祝成子は急に大股になって俺の横を素通りしようとした。




「あ、ちょっと待て」




 俺は五祝成子の腕を掴んでいた。




「離してよっ。あんたにまで性格の悪さが伝染するわよっ」




「そう言う意味じゃないんだ」




「な、ならどういう意味よ?」




 行き過ぎようとした五祝成子が立ち止まって振り返る。どうやらなんとかなりそうだ。

 俺は必死で頭を巡らした。なんとか知恵が浮かんでくる。




「言い方が悪かった。お前は性格が悪いんじゃなくて、誤解されやすいだけなんじゃないのか?」




「……誤解?」




「ああ、お前は、ホントは他人を傷つけたくないから他人とは深い関係を持たないんじゃないのか?」




「……」




「つまり臆病になっているだけじゃないのか? って言いたいんだ」




「私が臆病?」




「違うのか?」




 すると五祝成子は小首を傾げた顔で俺を直視した。

 その距離は息がかかるくらいの近くだった。




「どうだか? ……ま、いいわ」




「な、なにがいいんだ?」




「許してあげる」




 そういうと五祝成子は笑みを浮かべた。

 それは素晴らしい笑顔で俺は一瞬で心を奪われる。……あ、こいつ、こんな顔も出来るんだ。




 俺はそのときポカンとしていたと思う。

 だから、……やつの更なる接近に対応が遅れてしまったのだ。




 ――ちゅ。




 そんな音がした気がした。

 間近に五祝成子の顔があって、そして俺のほっぺたに冷たいけど柔らかい感触があったのだ。




「……へ、ふえ?」




 俺はマヌケな声を出してしまう。




「お礼よ。……探しに来てくれたことと、褒めてくれたこと」




 そして素晴らしい駆け足で五祝成子は俺に背を見せたのであった。




「な、なんなんだ……?」




 俺は今起きた出来事が信じられなかった。

 た、確かに五祝成子は、俺の頬にキスをした……。




「嘘だろ?」




 俺は小さくなって行く背中を見ながら、頬の感触を手で確かめた。




「……いったい、なにがどうなった?」




 俺は頭の中がパンクしそうだった。

 今までこういうシチュエーションは俺の人生の中でなかった。

 理解できない。意味不明、判断不能。そんな言葉がぐるぐると回る。




「……は、ははは」




 俺はがっくりと膝をついた。

 そしてそのままごろりと屋上の床に横になり、大空を仰ぎ見る。

 なんだか見事に一本取られた気分だったのだ。



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