第10話 そして席替えと折り鶴の件。
「おはよう」
俺は部室の前まで来たときに権藤の後ろ姿を見かけたので声をかけた。
「ああ、おはよう……、って、うわっ!」
権藤が振り返って驚きの声を上げた。
その答えは言われなくてもわかっている。俺の後ろに東雲の姿を認めたからだろう。
「……なんでお前ら、いっしょなんだ?」
権藤が俺の耳を引っ張りながらそう言う。
「痛てえな。……これには理由がある」
「そりゃ理由くらいあるだろう」
「家が近くなんだ。だからたまたまだ」
すると俺たちの会話が聞こえたようで東雲が背伸びするみたいに俺たちの間に割って入った。
「主将、おはようございます。
そうなんですっ。これには偶然と言うちゃんとした理由があるんですっ。
私が副将の家の近くで待っていたら、偶然に副将といっしょになったんですよっ」
全然説明になってない。って言うか
「……ま、まあいい」
権藤は納得したのかしないのか、複雑な表情を作り部室へと入って行った。
そして俺たちも部室の扉を開けたのであった。
「主将、副将、東雲先輩、おはようございます」
下級生たちはもうすでに来ていて、俺たちの姿を見つけてそう挨拶した。
「ああ、おはよう」
俺たちも挨拶を返す。
そして俺は制服を脱ぎ道着に着替えようとした。すると東雲がバッグを持って部室から去るのが見えた。
そう言えばあいつは柔道部の女子更衣室で着替えするんだったな。
そんなことを思いながら後ろ姿を見送っていたときだった。
「剣崎、……お前、ひょっとして二股を狙っているんじゃないだろうな」
いつの間にか俺の傍らに来ていた権藤が縁起でもないことを言った。
「お、俺が? ふ、二股? どういう訳だ?」
俺は驚いて尋ねる。
「……なんのかんのと言っても、お前は五祝さんとも仲が良いような感じだ。
それに明香里ちゃんともいっしょに登校してくるじゃないか」
見ると権藤の顔は真剣だった。
なにか本格的にこいつはやばい勘違いをしているに違いない。
「あのな、言って置くが俺は女嫌いなんだぞ」
俺は改めて権藤にそう告げた。
「それは知っている。
だが今までのお前と現在じゃ状況が変わっている。
お前は五祝さんとも会話ができる関係だし、明香里ちゃんにも好かれているようだ。
……忠告しておく。女はひとりに決めた方がいいぞ」
「ちょっと待て。そもそもお前は五祝成子が好きなんじゃないのか?」
「それは以前の話だ。俺は五祝さんに憧れていただけだ。
今は明香里ちゃんが実はちょっと好きだ。正直かわいいと思っている。
だからお前がうらやましいんだが、それ以上に今のお前の状態に危険な匂いがするんだ」
俺はちょっと黙ってしまった。権藤があまりにも真剣に忠告してくれたからだ。
権藤は自分の恋愛をそっちのけにして俺を心配してくれているのがわかったのだ。
「……よくはわからんのだが、気をつけることにする」
俺はそう答えた。すると権藤は深く頷いた。
そして朝練が始まった。
今日の朝練は面をつけての稽古じゃなくて道着のまま基礎的な練習だったので、
東雲と一戦交えることはなかった。
そして部活は終わり教室へ向かうことになる。
「副将、いっしょに行きましょうよっ」
気がつくと制服に着替えた東雲がいた。
確かに目的地は同じなのだからいっしょに行くことに疑問の余地はない。
「ちょっと待ってくれ。権藤を待とう」
部室のドアから姿を見せた権藤を見て俺が言う。
「あ、そういえばそうですね。わかりましたっ」
東雲はそう答えたが、見るとちょっと不満そうだった。
なにが不満なんだろうか?
権藤との合流後、俺たちは三人で教室へ到着した。
俺の視線は自然と五祝成子に向いてしまう。
今日の五祝成子はいつもと同じで文庫本を広げて一人で読書をしていた。
「おはよう」
俺が声をかけると五祝成子が視線を上げる。
「おはよう」
自然に返事が返ってきた。
考えてみれば俺は朝、自宅で朝の挨拶を済ませているのだが、
それは学校では内緒のことなので改めて声をかけてみたのである。
ところが、気がつくと教室の中が静まりかえっていた。
……しまった。
「……お前、さっきの忠告はちゃんと伝わっているんだろうな?」
権藤が俺に小声で話しかけてきた。
そうだったのである。
俺と五祝成子がふつうに会話ができることは、
学校では秘密にしなければならなかったことを忘れていたのだ。
「わ、わかっている。つい、声をかけてしまっただけだ」
俺はしくじったと思ったが後の祭りだ。それで仕方なく席に着いたのであった。
それからホームルームが始まった。
今日もナイスガイの須藤先生だったが今日はひと味ちがった。いきなり席替えを提案してきたからだ。
「一部の生徒から転校生も来たことだし、席替えしたいと提案があった。
ここんとこ席替えをしてなかったのでちょうどいい機会だと先生も思ったので、
これから席替えのくじ引きをする」
クラスの中はどよめきで満たされた。
席替えはクラスの一大行事だ。
隣に誰が来るかで楽しみも喜びも変わってくるし、なによりも新鮮な思いをするからだ。
俺はひそかに権藤を見た。するとやつはドヤ顔で俺を見た。
どうやら張本人はヤツらしい。
きっと東雲の隣になれるチャンスを狙ってのことに違いない。
そしてくじ引きがクラス委員の公正な監視の下で行われた。
「……どういう罰ゲームだよ」
俺は自分の左右を見て、思わず声を漏らした。
驚いたことに俺の右側は五祝成子で左側が東雲明香里だったからだ。
「罰ゲームってなんですかっ?」
左側から楽しげな声が聞こえてきた。もちろん東雲だ。
「あ、いや別に」
俺は東雲を見てそう答えた。
「……ふん」
すると背後、つまり俺の右側の席から威圧感のある声が俺の耳に届く。
もちろん五祝成子だ。
「……両手に花じゃないか。お前……」
ちょっと離れた席から呪うようなセリフが聞こえた。権藤だ。
「単なるくじの結果だろ。偶然だ」
俺はそう答えるのが精一杯だった。
そしてホームルームは終わり、そのまま須藤先生の社会科の授業が始まった。
今日は東雲の手元には教科書が届いたので、席をくっ付けることはなかった。
俺は授業に集中できなかった。
なんだが俺の一挙手一投足が両側から見張られているような気がしてならないのだ。
……ま、気のせいだろう。
そうは言い聞かせるのだがちらりと視線を動かすと左側からはニコニコ視線、
右側からは氷の視線でなぜか心が痛い。
そしてようやく訪れた休み時間。
俺はふらふらと立ち上がると権藤の肩を叩いて廊下へと導いた。
「いったいどうした? なんだか顔色が悪いぞ」
権藤が俺にそう言った。
「替わってもらえるなら席を替わってもらいたい」
「なんだ、そりゃ? あんな美人たちに囲まれて言うセリフか?」
「俺は女嫌いなんだ。……それにあれは拷問だ」
俺は絶えず見張られているような気分になることを権藤に伝えた。
するとやつは腕組みをしてしばらく考え込んでいた。
「俺の予想だが、おそらく五祝さんと東雲は互いを意識しているな」
「あの二人がか? まだ会話らしい会話すらしていないだろう?」
「会話がないからこそだろ?
五祝さんは間違いなく学年一番の美少女だ。これは今でも間違いないだろう。
だがそこにライバルが現れた」
「それが東雲なのか?」
「だろう? 見てわからないか?」
俺はそう言われて考える。五祝成子は確かに美人だ。年齢よりも大人っぽく見える。
だがそれに対して東雲は小柄でかわいらしい。はっきり言って
例えていえば、キレイとカワイイの違いだ。
「お前が考えていることくらいわかる。五祝さんと明香里ちゃんはタイプが違うって言いたいんだろ?
だが、どちらも俺たち男子にとっては高嶺の花だ。これが二人の共通項なんだ」
「ほお」
俺は感心した。剣道以外でまともなことを権藤が言うとは思わなかったからだ。
「だが男受けするのは明香里ちゃんの方だろうな。なんていっても愛嬌がある」
俺は権藤の言葉に頷いた。それだけは間違いないだろう。
「ま、せっかく席が二人の間なんだ。お前が取り持って二人を仲良くしてやればいい。
そうすれば五祝さんの性格も変わるかもしれない」
「冗談じゃない」
俺は断固拒否した。そんなことが可能なはずがないからだ。
そのときだった。教室の中がなんだが騒々しいことに気がついたのだ。
「なにやってんだ?」
俺と権藤は教室に入ると近くにいたやつに声をかけた。すると無言で指を差す。
「……あいつは、なにやってんだ?」
俺は同じ言葉を繰り返してしまった。そして目の前で行われているものに目を見張る。
――そこには、五祝成子と東雲明香里がいた。
五祝成子は席に静かに座っている。
そして東雲明香里は両手を五祝成子の机に置き、身を乗り出すように顔を近づけているのだ。
「にらめっこでもしてるのか?」
互いに無言のまま見つめ合っている二人を見て、俺は近くのやつに話しかける。
「違うんだ。最初は東雲さんが五祝さんに話しかけたんだ――」
「――それに五祝成子が答えなかった」
俺がそう言葉を先読みして答えた。
「そうなんだ。そしてそれから二人は無言であのままだ」
なるほど、と思った。
東雲のことだから五祝成子ともお近づきになりたいと話しかけたのだろう。
あいつの性格を考えると誰とでも仲良くなりたいと考えて、話しかけるのは十分にあり得るからだ。
だが相手が良くなかった。
今までいっしょだったクラスメートでさえ、ほとんど口をきかない五祝成子が、
転校生の東雲と会話などする訳がない。
それにこれは俺と五祝成子しか知らない事情だが、昨夜に五祝成子は東雲に会っている。
もちろんシゲさんとしてだが、やつとしてはもう十分に挨拶したつもりになっているのだろう。
そこに改めて話しかけられても口をきく気にはならないのは考えられる話だ。
「……五祝さん。私のこと明香里ちゃんって呼んでくださいっ」
東雲が話しかけた。
すると五祝成子は、大きなため息をついた。
「あのね、私、誰とでも仲良くなれる性格じゃないの。
それに自分の呼び名のことを他人に指定するって、ちょっとなんだかなぁ、って思っちゃうわよ」
「明香里は自分の名前が気に入ってるんですっ。五祝さんは違うんですか?」
すると五祝成子はそれには答えず、机の中からノートを取り出した。
なにをするんだろう?
俺は、……いや俺だけじゃなくてクラス中のやつらが五祝成子の手元に注目していた。
するとやつはノートを一枚ちぎって正方形に切るとなにやら折り始めたのだ。
「……あ、折り鶴ですねっ」
東雲がそう言う。確かに五祝成子が折っているのは折り紙の鶴だった。
五祝成子は手先がとても器用で、定規で当てたように形良く鶴を折り終えた。
「はい、これあげるから」
「ありがとう。これって仲良しの鶴ってことだよねっ?」
なにごともポジティブな考えを持つ東雲はそれが五祝成子の好意と受け取ったようだ。
俺にはどう見てもきかん坊のガキにおもちゃを与えた感じにしか見えなかったが……。
「私、折り紙大好きなんですっ」
そう言った東雲は自分のバッグからなにやら取り出した。す
るとそれは驚いたことに折り紙セットだった。
「私も鶴をいっぱい折りますねっ」
そう宣言した東雲は自分の席に戻ると本当に鶴を折り始めた。
赤い鶴や青い鶴が見る見るうちにできあがっていく。
それを五祝成子が不思議そうな目で見て、やがて俺と視線を合わせた。
「……」
俺は無言で首を横に振った。
思わぬ展開になったが、今はなにも言わない方がいいんじゃないか、の意味だったのだが、
それが五祝成子には通じたようで、ため息を漏らすと読みかけの文庫本を開くのであった。
やがて授業が始まった。
これで五祝成子と東雲明香里の件もとりあえずは一段落付くだろうと思った。
……ところが違った。
五祝成子は相変わらず、もくもくと無言で授業を受けているのだが、
東雲は教科書を立てて自分の手元を隠し、ずっと折り紙を折り続けているのだ。もちろん鶴である。
「……お前、ずっと作り続けるのか?」
思わず俺が東雲に問う。するとやつは例のまんまる目で俺を見る。
「はいっ。だって五祝さんの好意ですよ。何倍にもしてお返ししないと」
そう言うのだ。俺はあきれ顔になってしまい、それ以上何も言えなかった。
やがて授業がすべて終わり放課後になった。
「はいっ、これプレゼントですっ」
教室からクラスメートたちがちらほら帰り支度をしているときだった。
東雲が五祝成子に両手一杯になった折り鶴を差し出したのだ。
「千羽鶴です。……でもホントは千羽いないです。やっぱり半日じゃ無理でした」
俺は驚いた。
確かに千羽はいないかもしれないが、それでも二百、いや三百はいるだろう。
それだけの鶴が糸でつながれて房になってぶらさがっているのだ。
「……これを私に?」
両手いっぱい差しのばして東雲明香里は五祝成子に鶴を差し出した。
流石の五祝成子もびっくりしている様子だった。
「あ、ありがと……」
そう答えた五祝成子を見て、東雲は満面の笑みを作ったのであった。
「さあ、副将。部活行きましょ」
そして俺の手を引っ張るようにして教室から連れ出したのであった。
扉から出るとき俺は五祝成子を振り返った。
するとやつは嬉しいような困ったような複雑な表情を浮かべていた。
そして折り鶴の束をバッグにしまうのが見えたのであった。
そして俺と東雲は部室に着いた。
「なにやってたんだよ。遅いぞ」
先に着いていた権藤はすでに道着に着替えていた。
「悪い。野暮用があってな」
「はい。五祝さんとコミュニケーションしてたんですっ」
相変わらず東雲は隠し事ができない性格だった。
「へ? 五祝さんと? マジか?」
権藤は驚いた様子だった。
あれがコミュニケーションと言えるかどうかわからないが、
鉄面皮の五祝成子を自分のペースに引き込んだ東雲は確かに驚きに値する。
「鶴の折り紙をいっぱいあげたんですっ」
「鶴? ああ、休み時間に作ってたやつか?」
権藤はあのとき教室にいたので流石に話の半分はわかっていたようだったが、
東雲が両手いっぱいに折り鶴を作った話を聞くと流石にびっくりしていたのであった。
「……俺も千羽鶴、作ろうかな?」
東雲が柔道部の女子更衣室に姿を消したとき、権藤が俺にそう言ってきた。
「それでハートを掴もうってのか? 止めとけ。あれはもらった方が迷惑だ」
俺は五祝成子が複雑な表情をしていたのを思い出した。
好意はうれしかったのだろうが、実際扱いには困ったに違いないと思ったのだ。
その日の部活はいつもと異なる稽古になった。
顧問が高等部の先輩たちを呼んだので、先輩たちに稽古をつけてもらう形になったのだ。
「強いな……」
「ああ」
権藤の言葉に俺は頷いた。
先輩たちはみな高校二年生、三年生たちで高等部のレギュラーだったからだ。
体格の差は仕方ないとしても、それ以上に竹刀さばきや身体の運び方に力があり、
まるで歯が立たなかったのである。
それでも俺と権藤、そして東雲は勝負には勝てなかったが、それでも一本だけは取ることができた。
「ちょっと話がある」
俺が防具を外して一息ついていると高等部二年生の先輩が声をかけてきた。
確か
「はい、なんでしょうか」
俺は手招きされるがままに先輩に近寄った。
「お前と権藤と、女子の東雲は見所がある。ウチの部活に来たらもっと伸びるぞ」
「はあ、ありがとうございます」
俺は答えるが、正直声に元気がなかった。
権藤も東雲も高校に行ってもたぶん剣道を続けるだろう。
そして俺ももちろん続けるのだが、俺はこの学園の高等部に進路希望を出していない。
それは英語を中心として学力が足りないからで、進路担当の教師も担任の須藤先生もそれは認めている。
「せっかくですが……」
俺は正直に学力が足りないことを告げた。
すると小川先輩はしばらく腕組みをして天井をにらんでいた。
「夏の大会までは仕方ないから、それは仕方ない。だがそれ以降は勉学に励むんだな。俺は待ってるぞ」
そう言ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
俺は答えるが、自信はなかった。
「なあに、勉強なんて死ぬ気でやればなんとかなるもんさ。
実は俺もウチの高等部には進学できないって言われた口なんだ。それなのにちゃんと高等部に行っている。
お前もなんとかしろ」
ありがたい言葉だった。
俺はそのとき少しばかり本気で勉強しようと思い始めた。
それは目の前の小川先輩が自分の過去話をしてくれたこともあるが、
それ以上に待っていると言ってくれたのが嬉しかったからだ。
そして今日の部活はお終いになった。
俺たちは高等部の先輩にお礼を言い、部室へと戻ったのであった。
「小川先輩になにを言われたんだ?」
権藤が尋ねてきた。
「高等部へ来いって言われた」
「そうか。……でもお前は成績の問題があるからな」
「ああ、だが本気でやればなんとかなるかも知れないって気がしてきた」
俺は小川先輩のエピソードを話した。すると権藤は笑顔で俺の肩を叩く。
「なら、大丈夫だな。先輩がいい見本だ。これを機にお前は剣道以外も本腰に取り組んだ方がいい」
「ああ、そうするよ」
そして俺たちは部室を後にした。すると今日も先に着替えた東雲明香里がいた。
「途中までいっしょに帰りませんかっ?」
俺はうなずいた。
女は苦手だが東雲はどこか憎めないところがあるし、
なによりもわざわざ待っていてくれたのに断るのも悪い気がしたからだ。
それで俺は東雲と二人で帰ることになる。
「今日は話があるんです」
校門を出て住宅街を歩いていると、いきなり東雲が立ち止まり俺に話しかけてきた。
「お願いしますっ。笑わないで真剣に答えてくれませんかっ?」
東雲は真剣なまなざしで俺にそう告げた。
「ま、まあ……。じゃあ笑わないようにするけど、いったい話ってなんだ?」
俺が問い返すと東雲はすぐ近くの公園へと入って行った。
俺はそれに着いて行く。
すると誰もいないベンチがあり、そこに東雲が座った。
「副将も座ってくれませんか?」
俺が立ちっぱなしだったので、東雲は空いているベンチの横を指さした。
俺は仕方なくそこに座ることにする。
「話ってなんだ?」
俺は再び問い返した。
すると東雲はしばらく空を見ていた。
俺は空になにかが見えるのかと思って見上げたが、
夕焼けの雲が浮かんでいる以外に見えそうなものはない。
「……実は、五祝さんのことなんですっ」
「五祝成子のことか?」
「はいっ。……副将って好きな人、いるんですかっ?」
俺はいきなりの言葉にむせた。
「げほげほ。……い、いきなりなんだ?」
「真面目に答えてくださいっ」
東雲は俺を見上げて真っ直ぐに見つめていた。
俺は視線をそらしたい気持ちにかられたが、
そらすとマジギレされそうなのでそのまま東雲の大きな瞳に映る俺の姿を見ていた。
「俺、女嫌いなんだ」
「主将から聞いてます。でもそれは
「ど、どういうことだ?」
すると東雲はいきなり視線を足元に移した。
そして革靴の先で地面の土にグルグルと線を引いている。
「はっきりいいます。――五祝さんって副将のことが好きなんじゃないですかっ?」
「ぶはっ……!」
今度もまたむせた。
「な、何言ってんだっ? 相手はあの五祝成子だぞ。
お前は転校したてで知らないかもしれないが、やつは男はもちろん女相手でも接点を持ちたがらないんだぞ」
「それ、ホントでしょうかっ? それって
「はあ?」
東雲は立ち上がった。
そしてスカートの裾を風にひらひらさせながら小走りにブランコに向かったり、
滑り台に向かって走ったりしていた。
俺はなにをしているんだろうと思ったが、そのままその理解できない行動を取る姿を見ていた。
やがて東雲は戻ってきた。
「決心がつきました。正直に言います。私、絶対に五祝さんは副将が好きだと思ってますっ」
「な、なにが根拠だ? 俺はやつに怒られてばかりだぞ」
「それ、絶対に照れ隠しですっ。この世に実在した幻のツンデレなんですっ」
「……そ、そうなのか?」
俺は驚いた。
仮に東雲が言うことが本当だとしても、誰が好意を持つ相手に悪意で接する必要があるんだ?
だが、俺は同時に気がついてもいた。それは自宅での会話だ。
やつは自宅でシゲさんとして振る舞っていないとき、俺によく話しかける。
そして俺もそれに自然に答えている。つまり会話が成立しているのだ。
……だとすると教室の中でだけ、五祝成子は俺に対してつっけんどんな態度を取っているのか?
うーん、わからん。
「今日、教室で私、見たんです」
しばらく無言でいたら東雲がそう口にした。
「なにを見たんだ?」
俺が問うと東雲は少しうつむき加減になった。
「五祝さんが、隙あらば、ずっと副将を見つめていたんですっ」
「そ、そうか? ……いや、あれじゃないか?
俺を見ていたんじゃなくて、俺の向こうに座っている東雲を見ていたんじゃないのか?
なんたって転校生だからな。気になるんだろう」
「違いますっ」
強い言葉だった。
「私なんか見ていません。第一、私を見ていたんなら私と目線が合うはずですっ。
……でもそんなこと、ちっともなかったんです……」
「……そうか」
俺はなんて言ったらいいのかわからなかった。
仮に五祝成子が俺を見ていたとしても、だからどうなのかわからないのだ。
そしてしばらく東雲は無言になった。
俺もなにを言ったらいいのかまったく見当がつかなかったのでしばらく口をつぐんでいたのだった。
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