第5話 そして昼休み。屋上で五祝成子とシゲさんと。



 翌日。俺は早くに目を覚ました。

 夜中になんだか眠れずに何度も目を覚ました。

 

 

 

 もちろんシゲさんと五祝成子なるこのことが原因だ。

 二人の間にはなにがあるんだろう? ……もしかして親子とか? 

 そんなとりとめのないことを考えているとウトウトし、また目を覚ますことを繰り返してきたのだ。

 

 

 

「おはようございます」




 俺はちょっと勇気が必要だったがシゲさんに無事に朝のあいさつをすることができた。

 

 

 

「ああ。おはようございます」




 と、シゲさんもいつもと変わらぬ返事をしてくれる。

 だがお互いに昨夜のことは触れずに朝食を終えたのであった。

 

 

 

「シゲさん、念のため弁当のことを確認したいんですが……」




 俺は玄関先まで来ると見送りに来てくれたシゲさんに尋ねる。

 

 

 

「もちろん今日はできてますよ。私との約束を憶えてくれているんでしたら、今お渡しします」




「はい。五祝成子と弁当を屋上で食べることですよね? ちゃんと憶えています」




 俺はシゲさんから弁当を手渡された。そして朝練に向かうべく駅へと急いだのであった。

 そして電車に乗り学校へ到着したときだった。

 

 

 

「よお、おはよう」




 権藤だった。

 

 

 

「ああ、おはよう……」




 俺は返事をしながらも考えてしまう。

 俺はシゲさんとの約束がある。だがその五祝成子に片思いを寄せているのは権藤だ。

 今日の件を言うべきか言わないべきか迷ってしまったのだ。

 

 

 

「ん? どうしたんだ? なにか悩んでいる様子だな」




 流石は権藤だった。俺の心の悩みを瞬時に悟った様子だ。

 

 

 

「あ、いや、別に……」




 俺は苦し紛れに変な返事をしてしまう。

 なにか適切な話題を振らなければ、権藤は俺の心配事にどんどん触れてくるに違いない。

 

 

 

 そう思ったときだった。俺はふと、良い話題を思いついたのだ。

 

 

 

「例の転校生だが、いつから参加するんだ?」




「ああ、東雲しののめのことか?」




 我ながら上手いタイミングだと思った。権藤の意識は俺から東雲にすっかり移ったようだった。

 

 

  

「今日の朝練から来るのか?」




 俺は尋ねた。

 

 

 

「いや、夕方からだと聞いている」




「そうか」




「今日の朝練にみんなに言おうと思ってる。まだ知っているのはお前だけだからな」




「そうか」




 俺たちは部室に入る。すると下級生たちはすでに道着に着替えていた。

 

 

 

「おはようございます」




「おはよう」




 俺と権藤は返事をしながらそれぞれのロッカーへと向かった。そして着替えて道場へと向かったのだ。

 

 

 

「今日は大事な連絡がある」




 全員で素振りを繰り返し、準備運動を終えたときに主将の権藤がそう大きな声で言った。

 

 

 

「我が剣道部に女子部員が入部することになった」




 すると全員からええっ! とか、マジかよ、とか驚きの声が広がった。

 無理もない。俺も聞かされたときは同じ感想を持ったからだ。

 

 

 

「今日の夕方の部活から参加する。名前は東雲明香里あかり。三年生だ」




 そう権藤が宣言した。

 もちろん蜂の巣をつついたかのような騒ぎとなる。

 その中には東雲の名前を聞いて、頭を傾げる者もいる。




 ……陸上競技の新記録とテニス大会優勝者だと聞いているから、

 ひょっとしたら東雲を知っているのかもしれない。まあ、知ってる人は知っている有名人だろうしな。




 それからいつものメニューが始まった。

 だが下級生たちは隙を見つけては東雲の噂話や憶測を口にしているのでなんとなく締まりが悪い。

 

 

 

「てめえらっ! やる気あんのかっ!」




 珍しく権藤の怒声が道場に広がった。

 普段は温厚な権藤だが、やはり主将だけあってこういう場面では有無を言わせぬ貫禄を示す。

 途端に空気がピリリと引き締まった。

 

 

 

「「「……すみません」」」




 下級生たちは一同頭を下げた。

 すると権藤はいつもの面倒見の良い先輩になって、打撃の指導などを行ったのだった。

 

 

 

「さてそろそろ終わりにしよう」




 権藤が時計を見てそう告げた。そろそろ切り上げないと遅刻しそうな時間だった。 

 そして朝練が終わり俺たちは部室で着替えていた。

 

 

 

「……どうすんかな」




 俺はひとり言をつぶやいていた。それは今日の昼飯のことだ。

 シゲさんとの約束で俺は五祝成子と屋上で食事することになっているのを思い出したのだ。 

 俺はいつも権藤と昼飯を食べる。だからなにか言い訳を考えなくてはならないのだ。

 

 

 

 ……それに五祝成子にも事前に話を付けないといけない。

 やつにしたっていきなり俺が昼休みに屋上に行ったら警戒するに違いないからだ。

 

 

 

 俺はちらりと権藤を見る。

 権藤は笑顔でテンポ良く着替えを済ませている。

 おそらくたぶん同じクラスの俺を待っているに違いない。

 

 

 

「待たせたな」




 やっと着替え終わった俺が声をかけると椅子に腰掛けていた権藤が立ち上がる。

 やっぱり待っていたのだ。

 

 

 

「しかしなんのかんのと言っても、いざ入部が今日となると興味がわくよな」




 権藤が先に歩き出しながら俺に言う。

 

 

 

「東雲のことか?」




「ああ。スポーツの天才って言うからには案外、剣道も飲み込みが早いかも知れない。

 女子と言ってもそれなりに期待してるんだ」

 

 

 

「なるほど」




 権藤の頭の中は東雲のことでいっぱいな様子だった。

 まあ、五祝成子の話題が出ないのは俺にとって良しとすべきなんだろうな。

 

 

 

 で、結局俺は昼食の件は言い出せないまま教室へ到着してしまったのだった。

 

 

 

「お、麗しの姫君は今日もお一人でいらっしゃるか」




 権藤が席に着きながら五祝成子を見て言う。

 やつは確かに今日もひとりでぽつんと座り文庫本を広げている。

 クラスの中がホームルーム前と言うことでまだ騒然としているので、そこだけ異世界のようだ。

 

 

 

 今が話しかけるチャンスに思えた。誰も五祝成子に注目していないからだ。

 だが権藤の目を欺いての行動は無理だ。

 

 

 

 ……困ったな。

 今を逃せば後は休み時間しか機会がない。

 今日は体育や美術と言った教室を移動しての授業ばかりなので、

 話しかけるチャンスはそうそうなさそうだ。

 

 

 

 そのときだった。

 

 

 

「俺、ちょっと便所行ってくる」




 そう言って権藤が立ち上がったのだ。

 

 

 

「ああ」




 俺はそう返事して廊下に出て行く権藤の背中を見送った。

 

 

 

 チャンス到来。そう思った。

 机の中からノートを引っ張り出すと空白のページの隅をちぎった。

 

 

 そしてそれに手早くメッセージを書き込む。

 内容はもちろん今日の弁当を屋上でいっしょに食べようと言った内容だ。



 

「……おはよ」




 俺は足早に五祝成子に近寄るとやつの机の上に四つ折りにしたメモを置いた。

 すると五祝成子は俺をちらりと見ると手早くメモを受け取ってくれた。

 

 

 

 俺は周りを見る。どうやら誰も今の一連の出来事を見ていたやつはいないようだ。

 まずは一安心と言ったところだった。

 

 

 

 それからホームルームが始まった。ナイスガイの須藤先生が入って来たのだ。

 

 

 

「知ってるヤツはすでに知っていると思うが、今日、転校生がウチのクラスに来る」




 須藤先生はそう告げた。

 早速ウオーッとどよめきが起こるのであった。

 転校生とはもちろん東雲明香里のことに間違いないはずだ。

 

 

 

 ……よりによってウチのクラスに来るのかよ。

 

 

 

「先生、転校生はいないんですか?」




 クラスメートのひとりがそう質問する。

 俺たちは教室の入り口ドアの方に視線を送るがそこには誰もいない。

 

 

 

「今日は午後に急遽ホームルームをやるので、そのとき紹介する。

 なんでも引っ越しの手続きの関係で朝には間に合わないようだ」

 

 

 

 教室内にがっかり感のため息が漏れた。みんないきなり降ってわいたイベントに期待していたらしい。

 

 

 

「先生、転校生って男子ですか? 女子ですか?」




 そんな質問も出た。




 だが俺はもちろんそれが女子であり、

 剣道部に入部が決まっている東雲明香里だとわかっていたが口にはしなかった。

 情報通ってことで自慢したい訳じゃないしな。

 

 

 

 俺はふと五祝成子を見る。

 五祝成子は転校生の話題にはちっとも感心がないようで、窓の外を頬杖をついて見ていた。

 

 

 

 そんなこんなでホームルームは終了した。

 そして始まる体育。今日はバスケットボールだった。

 だが俺はなんだか集中できなかった。つまらない凡ミスを繰り返してしまう。

 

 

 

「今日はどうしたんだ?」




 権藤が見かねて俺に尋ねてくるが集中できない原因が権藤に関わることなので、

 俺はなんでもないとごまかしていた。

 隣のコートでは女子がバレーボールをしていた。

 

 

 

 ふと気がつくと俺は五祝成子に視線を送っていた。

 孤独を友とする五祝成子だが、

 さすがに授業はちゃんと受けるようで、

 ポニーテールに縛った髪の尻尾を揺らしてプレーしている姿が見えた。

 

 

 

 そして次は美術だった。

 みんなで美術室に移動しての授業で、今日は人物画のデッサンだった。

 

 

 

「……それ、俺と似てないぞ」




 権藤が俺の作品を覗き込んでそう言った。

 互いに二人向かい合って相手を描くのだが、確かに俺のは権藤に似ていない。

 なんだか権藤の顔がまともに見られなくて、どうやら俺は違う誰かを描いてしまっているらしい。

 

 

 

「……あ」




 俺はふと気がついて、あわてて消しゴムでデッサン画を消した。

 俺が描いていたのは横顔を見せている長い髪だったからだ。

 それはここから遠くに見える五祝成子に似ていた。

 

 

 

 ……今日の俺はなにやってんだ? 俺は消しクズを画用紙から払いながら長いため息をつく。

 

 

 

 オカシイ……。

 

 

 

 俺は今朝からことあるごとに五祝成子を意識してしまっている。

 シゲさんから頼まれたことでメモを渡して、それからずっと頭から離れないのだ。

 

 

 

 俺にとって単なるクラスメート。大した会話もしたことのない女子。

 五祝成子はそれだけの存在だったはずだ。

 だが昨日と今日、弁当を巡ることで一応会話らしいものをした。

 

 

 

 それからなにかが変わっている……。

 

 

 

 ……五祝成子は妖術使い。そんな言葉を思い出す。

 

 

 

 これはやつの妖術なのか? 権藤の告白を事前に知って先回りしてメールを出した五祝成子。

 そして俺のスマホのナンバーをいつの間にか突き止めて、

 更に俺のスマホにメモリー登録をしている五祝成子。これじゃホントに妖術使いじゃないか……。

 

 

 

 いかん。冷静になれ。

 俺はくだらん考えが浮かび再び首を振るのであった。

 

 

 

 それから三時間目が過ぎて四時間目に突入した。

 四時間目は数学の授業だが俺はちっとも頭に入らなかった。

 気になるのは残り時間と五祝成子の姿だった。

 

 

 

 五祝成子は平然としていた。

 俺からのメモには目を通したはずなのに、それ以来ちらりとも目を合わせようとしない。

 

 

 

 ふだんやつは男子はおろか女子ともほとんど会話しない。

 そんな女が男に昼休みにいっしょに弁当を食べて話をしようという内容の手紙をもらって、

 まったく平気なのだろうか?

 

 

 

 俺はやっぱり五祝成子と言う女がわからない。

 俺のことなんぞ、やっぱりそこらに転がる河原の石塊のひとつくらいにしか思っていないんだろうか?

 

 

 

「……わからん」




 俺は誰にも聞こえないようにひとり言をつぶやいていた。

 やがて教師が黒板を消し始めた。そして教卓の上で持参した教科書類の束をとんとんと整える。

 それがこの先生の授業終了の合図だった。

 

 

 

 そして鳴るチャイム。

 途端にクラスの中が騒然となる。みんなめいめいに机を並べ直して弁当の準備を始めたのだ。

 

 

 

 俺はなるべく自然を装って五祝成子を見た。

 すると初めて視線があった。

 その整った顔に少しだけ微笑を浮かべたかと思うと、すっと立ち上がりいつものように席を立ったのだ。

 

 

 

「剣崎、弁当食べようぜ」




 権藤が俺に話しかけてきた。見ると机の向きを変えている。

 

 

 

「ああ、……うん」




 俺はなんとか言い訳を考えようと焦る。……どうする? 俺は瞬時に迷う。

 だが、ここはやはり約束が大事だ。そう俺は覚悟すると権藤を真っ直ぐに見た。

 

 

 

「悪い。今日は先約があるんだ」




「先約? なんのことだ?」




「いっしょに弁当を食べる約束をしちまった。だから、すまん」




 俺はそれだけ言うと弁当をバッグから取り出して逃げ出すように廊下に出た。

 廊下にはすでに五祝成子の姿はなかった。俺は駆け足で昇降口へと向かい階段を登り始めたのであった。

 

 

 

「……いた」




 鉄製の重い扉を開けるとフェンスを背にして五祝成子が座っているのが見えた。

 俺は扉を閉めるとゆっくりと歩き出す。辺りを見ると他に誰もいなかった。

 やっぱり五祝成子はたったひとりでいつも弁当を食べていたのだ。

 

 

 

「……ま、待ったか?」




 俺は五祝成子の真横三メートルの距離を取り、同じように座った。

 

 

 

「別に待ってないわ。でも本当に来るとは思わなかった」




 まともな返事が返ってきた。俺はそれに驚く。

 こいつもふつうに話ができることにびっくりしたのだ。

 

 

 

「弁当、とにかく食おうか」




 俺はナフキンをほどいて弁当箱をあらわにする。

 そして開く。すると今日もシゲさん特製のお弁当が詰まっていた。

 

 

 

「赤飯か」




 中身はお赤飯だった。赤飯の上に塩ゴマが振ってあり、隅にはたくあんが三枚入っている。

 一瞬質素に感じたがきっとシゲさんのことだから味は間違いないだろう。

 

 

 

 ……でもなぜ赤飯? 

 

 

 

 俺は若干の疑問を感じながらも箸を手にしたのだった。

 

 

 

「うまいっ」




 思わず声が漏れた。赤飯の堅さが絶妙でそれに塩味が効いていて咬めば咬むほど味が出る。

 俺は夢中で食べ続けて気がつくと半分ほど食してしまっていた。

 

 

 

 そこでふと我に返る。ただ、飯を黙々と食うためだけに屋上に来た訳じゃない。

 俺はいったん箸を止め頭上に広がる青空を見上げた。

 

 

 

「シゲさんから話をするように言われたんだ」




 俺は距離三メートルを保ったまま横に座る五祝成子に話しかけた。

 

 

 

「念のため訊くけど、なんのことかしら?」




 返事が返ってきた。俺はちらりと五祝成子を見る。

 やつも箸を止めて俺を見ていたのでまともに視線がぶつかってしまう。俺は思わずそっぽを向く。

 今はなぜかやつの顔を直視できなかったのだ。

 

 

 

「……お前とシゲさんの関係のこと」




「またお前って言ったわね」




「……あ、ごめん」




「いいわ。……まずなにから話そうかしら」




「おま、……えーと、五祝さんとシゲさんはどういう関係なんだ? 

 弁当を毎日頼まれたし、歌ってた鼻歌も同じだったし」

 

 

 

 すると五祝成子はしばらく無言になった。

 俺は回答を待つ。ちぎれ雲が風に流されて形を変えていくのが見えた。

 

 

 

「……気がついたのはそれだけ? もっと私、ポカやったのにな」




「ポカ?」




「そうよ。……あのね、もっとそばに来てくれる?」




 俺はドキリとした。確かに俺たちは距離を保って話している。

 他に誰もいないから三メートル離れていても会話に支障がないからだ。

 

 

 

「来ればわかるから」




「あ、ああ」




 俺はよいしょと立ち上がると距離を一メートルほどに近づけた。そして腰を降ろす。

 

 

 

「来たぞ」




「……もっとそばに来て。ひょっとして照れてるのかしら?」




「て、照れてなんかない。わかったよ」




 俺は再び立ち上がると今度は真横に座った。

 途端に五祝成子の息づかいと体温が感じられるような気がした。俺は急に居心地が悪くなる。

 

 

 

「あのさ、私ってそんなに怖い?」




「怖い? 怖い訳じゃない。……っていうか怖いとまでは思わないけど、近寄りがたいって感じ」




「あなたもみんなと同じなのね」




 なんだかな、って感じの言われようだった。

 俺は自分が臆病者と宣言されたように思えたので、意地になり真横の五祝成子の顔を直視した。

 

 

 

 ……途端に息づかいが実感できた。

 

 

 

 俺は急にそわそわした気分になる。この息苦しさはなんだ?

 

 

 

「ホントになんにも気がつかなかったの?」




 きれいな顔がそう告げた。

 俺は頭ン中がぼおっとしてしまって、なにを言われたのかすぐには理解できなかった。

 

 

 

「これ」




 五祝成子は急にそう言って自分の弁当箱を俺に差し出した。

 

 

 

「……え?」




 俺は一瞬、口ごもった。そこには俺の弁当を同じ赤飯が入っていたからだ。

 

 

 

「わかった?」




「……お、お前もシゲさんに作ってもらっていたのか?」




「またお前って言ったわね」




「……あ、ごめん」




「いいわ。それよりわかったでしょ?」




「俺の弁当は赤飯。そして五祝さんの弁当も赤飯。……今日はなにかめでたいのか?」




 すると五祝成子はいきなりきつい顔になった。

 

 

 

「あなたってホントにバカ、マヌケ、どアホっ!」




 こんな風に屋上中に聞こえるような大声で叫んだのだ。

 

 

 

「な、なんなんだよ。いきなり大声だして……」




 五祝成子は俺に向き直った。

 

 

 

「だってそうでしょっ! これだけヒントを出して、まだ全然気がついていないんだもの。

 ……それより演技しているのかしら?」

 

 

 

 口調がいつもの五祝成子に戻った。寄らば切ると言った他人を寄せ付けぬ空気をまとっている。

 俺は思わず腰を上げかけた。だが、そんな俺の手を五祝成子が掴んだ。

 ひんやりとした柔らかい手だった。

 

 

 

「こら、逃げるなっ。ちゃんと考えてっ」




 ……んなこと言われてもな。

 

 

 

「……お、親子とか?」




「このお弁当のどこが親子丼なのっ? あなた気は確かっ?」




「い、いや、弁当のことじゃなくて、五祝さんとシゲさんが親子って意味」




「違うわよっ。……もう、いいっ。あのねっ! あなたのお弁当も私のお弁当も毎日私が作ってたのよっ」




「はいっ?」




 衝撃的だった。だが俺にはまだ今ひとつピンと来ない。

 

 

 

「う、嘘だろ。俺をからかってんのか?」




 すると五祝成子はハンカチを取り出して目を覆った。

 

 

 

「おかしいよ。なんで信じてくれないのかな?」




 驚いた。五祝成子は涙を浮かべていたのだ。俺は動揺してしまう。

 

 

 

「り、理由がわからない。なんでお前が自分の弁当と俺の弁当を作ってんだ?」




「……今日は私の秘密がばれる記念日だからお祝いにお赤飯にしたのよ」




「ひ、秘密?」




 いったいなに言ってんだ? 俺は更に混乱してしまう。

 

 

 

「……ちょっと向こうを向いててくれるかしら?」




「え、なんで?」




「いいからっ」




 強い口調だった。俺は仕方なく向こうを向く。

 すると五祝成子は自分のバッグをごそごそをさぐっている音が聞こえた。

 

 

 

「こっち見て」




 いきなり聞き慣れた声が聞こえた。シゲさんの声だった。

 

 

 

「ぬおおおおっ!」




 のけぞった。




 そこには……。

 白髪交じりのザンバラ髪、分厚い眼鏡でマスク、そして服装だけは我が校の女子の夏服姿というミスマッチな服装のシゲさんが座っていたのだった。



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