異世界Web小説家の苦悩

西野ゆう

True Colors

「いやいや、俺の世界ではね、シンディーってトップシンガーも歌っていたわけよ。『あなたの本当の個性を見せるのは勇気が必要だけど、私には見える。それがあなたの本当の色だからあなたの個性は美しい』ってね!」

「アキトよお『ってね!』じゃねえんだわ。個性って何だよ。それって美味いんか?」

「そういうんだよ、そういうの。リッジが今言ったそういうとこ、俺が気に食わないのは」

「どこ?」

「その『それって美味しいの?』だとか『推し』『構文』『クソデカ』『わかりみ』ああ! 上げだしたらキリがない! 作家ってもんは普通そんな言葉使いたがらない生き物なんだよ!」

 俺はそう叫んでテーブルを叩きつけたが、テーブルの上の皿もグラスも微動だにしない。全く、この世界のものは何でも固定されがちだ。

「使わないでどうやって小説書くんだよ? この世にある単語は限られてるぜ」

「それは俺の世界でも一緒さ。その限られた単語でいかに個性を出して書くか。それが作家の存在意義って奴だろ? 自分にしか書けない物語を描くのが作家の仕事なんだ」

 言いながら俺は酷く疲れてきた。当然この異世界では通じないが、暖簾に腕押し、糠に釘。そんな言葉が頭をよぎらせる表情を「作家仲間」のリッジがテーブルの向こうで見せているからだ。

 元の世界ではベストセラー作家とまではいかなかったが、何とか原稿料と印税だけで生活できるだけの仕事と読者はあった。だが、うっかり開いたメールのリンク先に飲み込まれやってきたこの世界のWeb小説という娯楽の中で、俺は全く注目されずにいる。

「リッジが今週公開した『異世界に転生したら巻き爪が最強武器になった件』の新章導入部分、読んでみろよ」

 個性がいかに大事か。そんなこと主張しても仕方がないのはこれまでの経験で立証済みだが、どうしてもリッジに、いやこの世界に言いたいことがあった。

「最初の部分ね、まあ、読んでもいいけど」

 リッジは元の世界にあったスマホによく似た端末を手に持つと、自身の作品を読み始めた。悔しいかな、リッジの読者は俺の読者の数千倍は居る。

「夢から醒めると、オレ様の腹の上に跨って美少女が見下ろしていた。ゆるくカールしたシルバーの髪に、意志の強そうな赤い瞳」

「はい、ストップ!」

「なに?」

 俺はイラつきでテーブルを五本の指先で連打した。

「目が覚めてすぐというシチュエーション、美少女と安易に紹介される新しい登場人物、髪型から入る容姿説明、極め付けはなんだ? 意志の強そうな瞳? 百万回見てきたけど、一回も理解できたことのない比喩だわ!」

「うん、わからん。こっちは、これでアキトが怒ってる理由が理解できん」

 口を尖らせて言うリッジに俺は立ち上がってトドメを刺しにいった。

「次読んでみろ、次。地獄を見せてやる」

「はいはい、次ね」

 リッジは軽く咳払いをして、さっき俺がテーブルを叩いた時には微動だにしなかったグラスをごく普通に持ち上げ、妙な色の飲み物で喉を潤した。

「『おっとこれはまだ夢なのかな? こんな美少女がオレ様の上に跨っているはずがない』夢だと確信したオレ様は、下から見上げると美少女の顎のラインを隠してしまうほどの標高を持ったふたつの丘に手を伸ばした。その刹那」

「ストップ! ストーップ!」

「今度はなに?」

「え、なに、この世界って仏教あんの? リッジって仏教徒なの? 刹那って仏教用語だろ?」

 トドメを刺すつもりで放ったその言葉。

 その言葉を発した瞬間、その世界から全ての色が消えた。光も消え、同時に闇さえも消えた。

「垢BAN、されちまったかな」

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